0535:魔力を注ごう。
2022.10.26投稿 2/2回目
王太子就任式と筆頭聖女さまと直接お会いしてから数日後。
アルバトロスの筆頭聖女さまである、マリアさまが公式の場に姿を現した理由を聞けなかったなあと、自室のベッドの上に寝転がって考える。クロが私の顔を覗き込んで、スリスリと顔を擦り付けている。手を伸ばして頭を撫でると、目を細めながらじっとしたまま受け入れてくれている。
ロゼさんも子爵邸なので影の中ではなく、ベッドの足元で本を読んでいた。ヴァナルは床で体を丸くして寝ている。偶に体をぴくっとさせているけれど、大丈夫だろうか。犬とかも偶にああしているから心配は必要ないはずだ。病気なら魔術を施せばどうにかなるので、問題はないだろうけれど。
機会があれば筆頭聖女さま、マリアさまが私に接触した理由を公爵さまにでも聞いてみようと、ベッドから勢いをつけて起き上がった。
『うわ!』
「あ、ごめん、クロ。大丈夫?」
私の顔にすりすりしていたクロが、急に起き上がってしまったので驚いて翼を広げながら、二、三歩後ろに下がった。床の上に落ちなくて良かったと安堵しつつ、クロに謝る。顔を見上げたクロは困ったような顔をして、私の膝の上にちょこんと乗った。
『急に動くから驚いたよ』
「ごめんって。考え事してて、ちょっと意識が散漫だったから」
クロが近くにいたことを綺麗さっぱり忘れていたなんて言えずに誤魔化した。
『考え事って?』
膝の上に乗って、私を見上げながら首を傾げるクロ。あざといなあと、今度は手を伸ばして体を撫でるとジッとしている。
「どうして今まで表舞台に立たなかった筆頭聖女さまが、就任式の夜会に参加していたのかなって」
『単純にナイに会いたかったんじゃないの?』
理由の一つかもしれないけれど、それだけじゃ弱い気がする。まあ、王太子殿下に挨拶やら顔見せの意味もあっただろうし、陛下とも話をしただろう。
長期間筆頭聖女さまを務めている方なので、顔が広いだろうし、彼女と縁を持ちたいお貴族さまも沢山いるだろうに。聖女の代表として陛下と一緒に外遊することだってあるというのに。表舞台から遠ざかっているから、暇だったのだろうか。
「まさか。立場がある人だし、私に会うことだけが目的なんて思えないけれど」
夜会だから貴族としても立ち振舞わなければならないし、他のお貴族さまに囲まれることだってあるだろう。そんな中わざわざ私に声を掛けた理由。最後にアルバトロスをよろしくと言われたので、国に尽くせというのは理解できる。でも、貴族としてなのか聖女としてなのか、はたまた両方。
『そうかなあ……?』
クロは私の顔を見上げたまま目を細め、膝から肩の上に飛び移った。就任式を終えたから、次は建国祭でちょろっと聖女として参加すれば、今年度の催し物は終えたようなものだ。
大きいイベントが建国祭くらいだから楽で良い。戴冠式や就任式はそう何度も執り行われるものではないのだし。王族の皆さまの誕生会とかあるけれど、参加することはないだろうなあ。そもそも招待状が送られてこないだろうから。
建国祭ももう直ぐで、仕上げとなる最後の工程で私も魔力を注ぐ手筈となっている。
――で。
また数日が過ぎ、お隣の領事館にある転移魔術陣を借りて、亜人連合国へ向かいドワーフ職人さんの集落へと向かう。
陛下へ向けての贈り物は、リーム王や王太子殿下と一緒という訳にはいかないし、公爵さまやソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンには竜の素材を使って贈り物をしている訳で。刀身の素材は竜の方の鱗を使い鍛えてもらう。魔力を注ぐと鍛える時間が短くなる上に仕上がりも良くなるのだとか。
ドワーフの職人さんが集う家屋に足を踏み入れると、とあるドワーフさんが出迎えてくれた。
「頼まれていた包丁も仕上がっているぞ。確認してくれ」
なんの前置きもなく部屋の中へと案内されて、机の上に並べられた包丁を見る。二十本ほど打ってもらったけれど、どれも良く切れそうだった。
私が包丁を握ることはほぼないので、子爵邸で働く料理長さんを始めとした、料理人の方々に使ってもらう。材質は鉄だから質は竜の鱗より劣るから、ドワーフさんたちは残念がっていたけれど。私も竜の素材を見てしまった所為で、価値観が随分とズレてしまったので気を付けないと。
「ありがとうございます。邸の料理人も喜びましょう」
とはいえ、使っていれば刃を研ぎ擦り減っていくだろうから、月日が過ぎればまた依頼を出さないと。美味しい物を作るには、料理人さんたちの腕だけではなく、食材や調理器具も大事だろうから。包丁を受け取って大事に大事に布に包み込む。ドワーフさん謹製の品は特別品らしいので、驚かれるかもしれないが、美味しい物を作って頂く為に受け取って頂けると良いのだけれど。
「嬢ちゃん、行くぞ」
「はい」
こっちだと手で合図されたので、ドワーフさんに付いて行く。後ろにはジークとリンが一緒に歩いている。
二人はこの場所に何度か顔を出している所為か、ちょっとずつ慣れているようだ。職人さんたちとも言葉少なめだけれど、会話を交わしている所を見る。まあ、もっぱら鍛えた剣の使い心地の話をしているようだけれど。どんな話題であれ、交友が広がるなら良いことだ。
「職人連中が気になって気になってしょうがねぇみたいでな。少々騒がしいが許してくれ」
ドワーフさんたちは私が魔力を込めることを期待しているようで、鍛冶の現場に職人さんたちが多く集まっているのだとか。
「私は魔力を注ぎ込むだけなので。職人さんたちの邪魔にならないかが心配です」
「そんな心配はいらん。上等なモノに仕上げる為に集中してくれりゃそれで良いんだよ。あとは俺たち職人が気張るだけだからな」
ドワーフさんと会話を交わしながら、鍛冶をしている部屋へと辿り着く。一歩足を踏み入れると室温がぐっと上がった。暖かいを通り越してちょっと暑いかも。鉄か何かを鍛える甲高い音が規則的に響いて、耳に心地いい。
「嬢ちゃんに魔力を注ぎ込んで貰うのはコレだ」
ドワーフさんが顎をしゃくって、とある場所を指した。そこには剣が一本立て掛けられていて、随分と存在感のあるものだった。
竜の鱗をある程度鍛えており、両刃の剣の形になっていた。ただ鍛えている途中の所為か、まだ厚みがある気がする。クロはジークとリンと一緒に居る。危ないし、何が起こるか分からないので二人の側なら安心だ。
「もう一度熱を掛けて、魔力を注ぎ込んで貰いながら俺たち鍛冶師が打つからな。頼んだぜ、嬢ちゃん」
私が立つ場所や魔力を注ぎ込むタイミングをざっくりと聞き、さっそく剣に火を入れる。熱でどんどん赤くなっていき、ドワーフさんが私をみて頷く。魔力を剣に注ぎ込めという合図だった。
ドワーフさんたちから注ぎ込む量は好きなだけつぎ込めば良いと言われていた。ただ私の場合は魔力が強大なので、竜よりは抑えないと素材が耐えられないのだとか。なので、五節分の魔術を使う時と同じくらいが適当かなあと、魔力を練る。炉から放たれる熱気と私の放つ魔力がせめぎ合って、小さな渦巻を作っていた。
「凄いな……よし、気合入れて仕上げるぞ!」
「おう!」
「ああ!」
ドワーフさんたちの威勢のいい声が部屋に響くと、剣を打つ音も同時に響き始めた。ドワーフさん三名でタイミングよく鉄鎚を下ろして、形を整えている。何度も、何度も打ち下ろして刃の強度と切れ味を上げていく。凄いなと感心しつつ、一定量の魔力を継続的に注ぎ込むことが大事と言われているので集中しないと。
いつもより真剣に魔力を練る。魔力操作が下手糞なので、凄く気を使う作業だ。シスター・リズや副団長さまみたいに魔力操作に長けていれば朝飯前なのだろうけれど。
あ、考え事をすると雑になる。せっかく陛下に贈るのだから真面目に取り組まないと。頭の中で考え事をするのを止めて、目の前の作業に集中する。
「もういいぞ! あとは俺たちに任せろ!」
ドワーフさんの呼び声にはっとして、気付く。随分と時間が経っていたようで、剣の形が変わっていた。
「綺麗……」
なんとなくだけれど、刀身が淡く光っているのは気の所為なのだろうか。ドワーフさんたちの手が止まり、汗を拭う皆さま。
こりゃ凄いと集まった他のドワーフさんたちが喜色の笑みを浮かべて、鍛えあがった刀身をまじまじと見ている。あとは柄や鞘をあつらえれば出来上がりなのだそう。鍛えるのとは別作業となるので、もう少し時間が必要なのだとか。建国祭までには仕上がるから、問題はない。
「ナイ、お疲れ」
「汗、凄いよ」
ジークがこちらにやってくると、彼の頭の上に乗っていたクロが私の肩に移動して『お疲れさま』と告げて、顔をすりすりとしている。汗を掻いているのだけれどクロは気にならないらしい。リンから布を受け取って、クロに断りを入れてから顔を拭く。
「ありがとな嬢ちゃん。こりゃすげーもんになるぞ!」
呵々と笑うドワーフさんに私もお礼を告げる。陛下、喜んでくれるかなあ。公爵さまは私が贈った杖をいたく気に入っているから、陛下にも気に入られると良いのだけれど。ドワーフさんと私の合作みたいなものだし、建国祭がちょっと楽しみになってきたなあと、ドワーフさんたちの下を後にしたのだった。






