0533:夜会の軽食は美味しい。
2022.10.25投稿 2/2回目
――凄いなあ。
夜。アルバトロス王国の王城で第一王子殿下が王太子に就任したことを祝う夜会が盛大に行われていた。アルバトロス王家から参加して欲しいと願われていたので、貴族としてではなく聖女としての参加でも構わないかとお伺いを立てると許可が下りたので足を運ぶことに。
こういうお貴族さま的催しは公爵さまの誕生祝い以来だった。ソフィーアさまとセレスティアさまは、今日は私の側に控えていない。ソフィーアさまは良い人を見つけなければだし、セレスティアさまはマルクスさまと一緒に出席しなきゃ恰好が付かないから。今、黒薔薇を身に着けているのはジークとリンだけ。
ドレスに付けていて貰っても全然大丈夫なのだけれど、子爵邸の仕事ではないし個人で参加しているからケジメみたいなものだとお二人は苦笑いしていた。就任式は終わったし、夜会はオマケみたいなものなので気楽に参加している。
壁の花を務めていればいいし、妙な人が声を掛けてきたら無下にしても不問だと王家からお墨付きを頂いている。主催者さまに挨拶を終え――形だけだけれど――てから会場の隅っこに移動して、人の流れをジークとリンと私で眺めていた。
公爵さまは陛下方の傍で歓談しているし、辺境伯さまも社交に勤しむようでホールの中で数名の方に囲まれている。なんだか大変そうだなあと目を細めていると、クロがすりすりと顔を寄せる。ロゼさんとヴァナルは影の中で待機中だ。
変な輩がきたらロゼさんが撃退すると気合をいれていたけれど、大問題になっちゃうから身の危険があった時だけお願いしますと伝えておいた。流石に祝いの席で滅多なことをする愚かな方は居ないと信じたい。気を付けるに越したことはないけれど、リスクが大きすぎるし。
「ミナーヴァ子爵、うちの息子を婿に迎えないか?」
「若い者が駄目ならば、私は如何かね?」
「逆も用意できるぞ。五歳の息子が居るからどうだ?」
そそくさと陣取った軽食コーナーの側に立っていると、ぞろぞろと中年男性数人がやってくる。ジークとリンの目で殺すと言わんばかりの視線を掻い潜って、私に近づいた猛者が次々に声を掛けてきたのだった。
「――ご提案ありがとうございます。ですがわたくしは聖女としての役目を果たさなければなりません。今しばらく身を固める気はありませんので……」
王家から無下にしても良いと確約して頂いているので、遠慮なく断っている。息子が無理なら、ソフィーアさまとセレスティアさまの座を狙おうとする人もいれば、ジークとリンの座を狙う人もいた。
子爵邸で息子や娘を働かせたいと願い出る人もいるが、人手は足りていると詮無く断る。ただこれが後で響いてこないかと心配になる。あまり無下にしていると、反感を買いそうなんだよね。とはいえ、将来の旦那さまは募集していないし、子爵邸で働く人たちも足りているから。
ただ次に雇う人が居れば、公爵さまや辺境伯さまの息が掛かっていない人の方が良いのかな。身辺調査は必須だし、裏がないのかどうかを調べてからだろうけれど。その辺りは家宰さまの判断だろう。お貴族さまの世界を知らない素人より、家宰さまやソフィーアさまとセレスティアさまにお任せした方が安心。
亜人連合国との繋がりを持ちたい方もいるようで、どうにか繋げてくれないかと請われるし、アガレス帝国に販路を広げたい方もいるようだ。忙しいことでと、軽食コーナーで黙々と食べ物を口に運んでいたら、ダンスが始まったようだ。本日の主役である第一王子殿下、もとい王太子殿下とツェツィーリアさまがファーストダンスを踊っていた。
演奏されている曲はワルツかなあ。たしか三拍子の曲がワルツだった気がするから、多分そう。ファーストダンスを終えると、他のお貴族さまたちもダンスの輪に加わって、一気に華やかになる。
素人が見ても王太子殿下とツェツィーリアさまのダンスはぴっしりと決まっていて綺麗だった。背格好も高いし、カップルバランスも良い感じだから見栄えが良いんだよね。私はチビだから、背の高い男性が多いから組むとちぐはぐなペアになるだろうな。踊る気は全くないので、関係ないけれども。
「美味いか?」
私にアタックしてきた人たちは撃沈して、消沈しながら人ごみの中へと戻っていっていた。一心地着いたのでジークが苦笑いを浮かべながら問いかけてきたので、顔を見上げてにっと笑う。
「うん。美味しいよ」
ジークとリンは護衛なので食べることはない。私だけ食べて申し訳ないけれど、食べなきゃ食べないで二人はもの凄く心配する。
「沢山食べないとね」
リンが皿の上を覗き込みながら、私の好物が別の場所にあったよと教えてくれた。どうにも二人は私がちんまいのを気にしているから、食べられる時は食べておけという考えらしい。
ジークとリンは平均身長を余裕で超えているから、私の小ささを余計に気にしているのだろう。子供時代、同じ食事事情だったのに如実に差がついてしまったから。膨大な魔力の所為だと分かっても、二人は私に食べろと言うからなあ。肩の上に乗っているクロも、私の好物があると教えてくれる始末だし。
食べても太らないので、有難いことだ。食べる端から魔力に変換されているようで、太り辛い体質と聞いた時はなんだそれと思ったけれど諦める他ない。不意に差した人影に、顔を上げるとそこには見知った顔が。
「ナイ、少し良いか?」
ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けて、いつもよりぴっちりとしている礼儀服を着た公爵さまが現れた。手には私がドワーフ職人さんに依頼して贈った杖を突いて、私の少し前に立つ。
その横には公爵さまの奥方さま、ようするにハイゼンベルグ公爵夫人も一緒だった。公爵邸で何度か顔を合わせているし、公爵さまの奥さまを務められるお方なので女傑なのだろうと踏んでいる。柔和に笑っているけれど、絶対に常人では醸し出せない雰囲気を抱えているんだもの。それに公爵邸を取り仕切れるお方なのだから、凡人ではあるまい。
「閣下、夫人。如何致しました……――っ!」
公爵さまと夫人が現れたので、テーブルにお皿を置いて頭を下げようとしたその時、あり得ない人を捉えて目を見開いてしまった。
「そう驚くものでもなかろう。だが、会うのは初めてだったかな?」
驚いた私を見て目を細めながら面白そうに笑う公爵さまと奥方さま。奥方さまの隣にいらっしゃるお方は、筆頭聖女さまだ。彼女もまた私と同様に聖女の衣装に身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべて立っている。
彼女の異能『先見』で黒髪黒目を見つけ出し、貧民街に兵士を向かわせた張本人。五年以上聖女として勤めているのに、こうして直接会うのは初めてだ。高齢を理由に表舞台に立つことは滅多にないのに何故、このタイミングで接触を図ったのだろうと訝しみつつ、改めてお三方に聖女の礼を執る私と、騎士の礼をジークとリンは執るのだった。






