0531:前日の打ち合わせ。
2022.10/24投稿 2/2回目
リーム王国の戴冠式が終わって一ヶ月も経たないうちに、明日、アルバトロス王国第一王子殿下であるゲルハルト・アルバトロスさまの王太子就任式が執り行われる。
アルバトロス王国の貴族一員として、私にも招待状が届いており出席しないと駄目だよねということになってしまい、使者の方に参加する旨を伝えたのが新学期が始まる頃の二ヶ月前だった。春先は気候が良いからこうして、大きい催し物が開かれることが多いのだとか。
「うーん。良いのかな?」
子爵邸の地下室。厳重管理された第一王子殿下に贈る品物を前にして、腕を組んで唸る。私の価値観のズレから、ドワーフ職人さんに鍛えて貰った長剣とエルフの方から買い付けた反物は西大陸では超貴重品だということが判明した。
「渡す腹積もりだったんだ。いいんじゃないか?」
「ナイがせっかく気持ちを込めたのに、受け取らないなんてあり得ない」
ジークとリンが私の後ろで贈り物が入っている化粧箱をしげしげと見つめて、割と豪快な台詞を吐いた。
ちなみにクレイグとサフィールにコレを見せると、恐れおののいていた。高価な物を触るなんて以ての外だと言って、部屋から逃げて行ったんだよね。通常の反応ってクレイグとサフィールが正しいのかな。ソフィーアさまとセレスティアさまは割と平然としていたし、公爵さまに渡した時は喜んで受け取ってくれたから、贈って良かったと安堵したのだけれど。
「贈るって決めて用意したし、邸に置いてても管理が面倒だもんね」
王太子殿下に贈るものだから、装飾は豪華にしてある。辺境伯さまにお礼として頂いた貴金属を使ったから、色とりどりの宝石が散りばめられている。
ドワーフの職人さんに色彩センスはないから、エルフの方に配色と配置を考えて貰ったそうだ。ドワーフの職人さんが頑張ったのは彫り物の部分だとか。刀身の素材はリーム王に贈ったものと同じ鉄製だけれど、自分が所属している国の王族に渡すのだから質を上げて貰ってる。もちろん、その分値段も上がっていた。
「良いか。お渡しして気に入らなきゃ返品されるだろうしね」
気に入らなきゃ投げ捨てられるだけだ。せっかくドワーフの職人さんにお願いして造って貰ったけれど、贈った相手が気に入らなきゃそうなるか、押し入れに仕舞い込むかだろうし。本当は普段使いして欲しいけれど、それは無茶なお願いだとソフィーアさまとセレスティアさまが仰っていた。どうやら宝物庫で大切に保管するのが普通なんだって。
私の価値観は世間一般とはズレているようだ。確かに亜人連合国に赴いた時、ドワーフの職人さんやエルフの方々から頂いた物に頭を抱えて、どうしようかと悩んでいた。慣れって怖いなあと、自身を取り巻く環境の変化というか、私の意識が変わっていることに驚いた。亜人連合国に赴いて一年経っていないというのに、この価値観の変化はなんだろう。
「……」
「?」
ジークが返品される訳がないだろうという顔を無言で浮かべ、リンは頭の上に疑問符を浮かべていた。クロは私の顔をスリスリしているし、相変わらずである。ロゼさんも子爵邸では私の足元に居るし、ヴァナルはちょこんとお座りをしていて首を傾げながらこちらを見ている。
お猫さまは子爵邸のサロンで日向ぼっこをしているし、エルとジョセはちょっとお出かけしますと、珍しく子爵邸を留守にしていた。
少し前、どこかの誰かさんに『新しい家族を迎えないのですか?』と問われたことがあるが、これ以上は勘弁して欲しい。
子爵邸で働く方たちの中で幻獣見守り隊のようなものが組まれているようだし、期待の眼差しを私に向けられても困るだけだ。その内、多頭飼育崩壊した家庭やブリーダーのようになる可能性も捨てきれないので、無責任なことは言うべきではないし、するべきものでもない。
家庭菜園の畑の妖精さんは、亜人連合国の土をおっかなびっくり手にして何か考える素振りを見せていた。土が合うのかどうか、土着の精霊さんみたいな存在だから向こうに引っ越しをしても命を長らえるのか。
数が増えているので、これ以上は子爵邸の家庭菜園では畑の妖精さんたちを賄いきれないから急がなければ。託児所の子供たちが見たらトラウマを背負ってしまうから、子爵邸の家庭菜園畑を凄惨な殺人現場にしてはならないのだ。
あれ、これも多頭飼育崩壊の一種になるのかと首を傾げるが、多頭飼育崩壊の概念を理解できる人が、メンガーさまとフィーネさまくらいだなあ。お二人はお醤油さんとお味噌さんの製作レポートを纏めてくれているようだ。今度、学院のサロンで進捗状況を報告してくれるって。
成功するかどうかは神のみぞ知るというくらいのものらしい。大豆は用意できるけれど、お醤油さんを作る際に大事な要となる麹菌の発見と維持管理が難関なのだそうな。麹菌は高温多湿の場所に放置して、偶然が重なればもしかすればというくらいのもの。
道のりは果てしなく遠いけれど、挑戦しなきゃ成功も失敗もしないのだから、やるっきゃないよね。私の欲の為にお二人を巻き込んで申し訳ないと思いつつも、食べたいしなあ。もしお醤油さん生産計画を抜けたいというならば、情報とアドバイスだけお願いするつもり。
「ナイ、明日の時間確認だ。といってもリームの戴冠式とそう変わらんから、覚えるのも容易いだろうがな」
地下室にソフィーアさまが顔を出した。彼女の言葉に返事をして地下室を施錠、四人で執務室へ移動する。執務室には家宰さまとセレスティアさまが居て、私たちを出迎えてくれた。自国の王位継承権第一位の方がその座に就くということで、アルバトロスはお祭り騒ぎとなるそうな。
滅多に振舞われない牛が捌かれて、お祝いと称して無料で配られるんだって。串焼きとか食べたいなあと、牛肉さんに思いを馳せていると、料理長さんにお願いして、明日はお肉を増やして貰えば良いだろうって。
ちょっと違うんだなあ。屋台で食べる串焼きが美味しい訳で……。お肉の質や料理の腕は、もちろん料理長さんたちに軍配があがるけれど、あのジャンクな食べ物が良いんだよねえ。塩コショウが効きすぎていたり、薄かったり。
そういう楽しみ方があるのだけれどなあ。あ、明日人数分の串焼きを頂いてきてもらおうかと考えが過るけれど、お貴族さまが……と顰蹙を買うなあ。別の機会に王都の屋台かお店から買ってきてもらおう。クレイグかサフィールにお願いすれば、問題は少ないだろうし。
「明日の朝から準備ですね」
子爵邸の侍女さんたちにしこたま磨かれるみたいだ。今回は王城でお世話になる訳にはいかない。城勤めの方たちは準備でてんてこ舞いしていることだろう。ジークとリンも侍女さんたちのお世話になるみたい。
また髪や身嗜みを整えられることに微妙な顔を二人が浮かべると、家宰さまがこれからも頻繁にあるだろうから今の内に慣れておけと苦笑い。そこからお昼前にお城に登城して、十二時丁度に式が始まるんだって。確かにリーム王国の戴冠式とスケジュールが変わらない。
夜には王城のホールで、アルバトロス王国内のお貴族さまを一堂に集めた夜会が開催される。公爵さまに参加して欲しいと願われたので、陛下と第一王子殿下に聖女の衣装で参加する許可を頂いている。前回のように追い落としを掛ける訳ではなく、単純に第一王子殿下の足場固めの為なのだとか。
夜会参加なんて気乗りしないし、ドレスで参加した日にはお貴族さまたちに囲まれるのが目に見えているから、それの対策だ。お仕事で参加していますよーというアピールです。公爵さまもそれで構わないと許可をくれたので、全く問題はなくなった。
明日も早いから、なるべく早く寝るんだぞ、とソフィーアさまから告げられて、執務室を後にするのだった。