0530:魔導書の効果。
2022.10.24投稿 1/2回目
イクスプロードさまが魔導書を使って発動させた魔術の威力は目を見張るものがあった。一発撃てば随分と魔力が減ってしまうほどの威力を放ったというのに、平然と立っている。
「おお!」
周囲からどよめきの声が上がった。先ほどイクスプロードさまに向けていた厳しい視線はどこへやら。魔術の威力に意識が囚われて、そんな感情は霧散したようだ。
魔導書を手にして、副団長さまの指示に従い魔術を放った張本人は呆然としている。大丈夫か心配だし、副団長さまのようにトリガーハッピー状態にならないよね……。魔術を放って快感を覚えるような人にはなって欲しくないなあ。
「どうですか、魔術は素晴らしいでしょう。自身の力のみでの発動より威力が上がっていませんか?」
副団長さまは細い目を更に細めて、イクスプロードさまに語りかけた。
「はい! こんな威力を放ったことはありませんし、見たこともありません!!」
「それは良かった。貴女さまの魔力が豊富なことと、魔導書との相性が良かったのでしょうね。余裕があるのであれば、貴女さまに適切な魔導書を見つけてくださいね」
にっこりと微笑む副団長さま。悪魔の囁きに聞こえてしまうのは、彼に失礼だろうか。
「こうして道具を使えば、威力を跳ね上げ術者としての質を上げることができますから、皆さん覚えていてくださいね」
自身の身を守る手段でも良いし、魔術師として働くならば良い相棒なのだとか。自身の苦手な所をカバーするように運用したり、長所をさらに伸ばしたりと。
魔術杖を使って魔術発動の補助とかもできるけれど、お値段が張る上に製作に長けている職人さんや自前で作れる魔術師が少ないので、持ってない人が多いからなあ。魔導書に気に入られて主従契約している人もいて、そういう人は各国で重宝されるのだとか。
副団長さまの説明が終わると、イクスプロードさまはフィーネさまの下に軽い足取りで戻っていく。凄い凄いとはしゃいでいるイクスプロードさまを、苦笑いを浮かべながら迎え入れているフィーネさま。
同じ年齢なのに、イクスプロードさまが妹みたいで可愛らしいなあ。私にはリンが居るから問題ないけれど、方向性の違う妹だからああいう子が居ても可愛かっただろう。私が甘える立場になるのは想像付かないし、想像すると気持ち悪いから。
「次に使いたい方はいらっしゃいますか?」
「副団長殿、質問だ」
副団長さまの言葉に、ギド殿下が片手を軽く上げ真っ直ぐに彼を見据える。
「殿下、如何なさいましたか?」
「魔術が使えない者は、魔導書を頼ることは出来ないのだろうか?」
全ての人には魔力が宿っているから、魔導書を行使できる魔力量が備わっていれば理屈上は魔導書を使える。
「使えますが、相性というものがありますからね。魔導書に拒否をされれば、放出型の方でも全く使えないですし、魔導書との相性や性能で循環型の方でも魔術を放てる例もあります」
放出型というのは、魔術を行使して魔力を具現化させて放てる人のこと。ようするに魔術を使える人。
循環型というのは、魔力を外に放出できず体内で循環させ肉体強化に当てている人のことだ。
ようするに騎士や軍人タイプで特出した力を持っている人たちが循環型に当てはまる。ジークとリンが循環型の典型的な例かな。私の祝福を受けているので自身の魔力と私の祝福の効果で、二つ名を得ているのだから。おそらくギド殿下も魔力循環型。ジークとリンの手助けを得ていたとはいえ、強化したオークを倒しただけの実力はある。マルクスさまもこのタイプだろう。
「――そういうことですので殿下の質問は、時と場合によって使えるというのが答えでしょうか。循環型の魔力を奪って術を発動させる魔導書がほとんどですがねえ」
もう少しスマートに魔術を発動できる魔導書があれば良いのですが、と副団長さまが微妙な顔になりながら言葉をつけ足した。彼は魔力を勝手に奪って術を発動させる魔導書に好感を持っていないようだ。
「教室で言っていた魔力を勝手に吸い取り術を発動させるというものを体験したかったのだが……無理だろうか?」
ギド殿下の言葉に騎士系の男性たちがうんうんと頷いている。魔術を発動させるのは一種のステータスだから、憧れでもあるのかな。ちょっと残念そうな声になっていたから、何か思うことがあるのかもしれない。
「相性がありますので確約は出来ませんが、挑戦は出来ましょう。如何なさいますか?」
「! ――人生で一度は経験してみたかったのだ。手ほどき願えるだろうか?」
その為の授業だからもちろんですと副団長さまが答えて、ギド殿下が彼の下へと歩いていく。そうして一冊の魔導書を手渡し、中を開いて欲しいと指示する。
表紙を開くと、紙がパラパラと勝手に捲れとある場所で止まった。副団長さまが的を意識してギド殿下にアドバイスをすると、魔導書が淡く光を放ちギド殿下の足元に魔術陣が浮かび上がる。訓練場の片隅に設置されていた的に、魔力の塊が当たって壊れた。威力は普通かな。訓練を積んだ魔力持ちの人ならば、誰でも放てるくらい。でもギド殿下は循環型なので、普段は魔術を使えないはず。
「!!!」
凄く喜色にあふれる顔を浮かべたギド殿下。今にも飛び上がりそうな勢いだけれど、リーム王国の第三王子殿下として我慢しているらしい。
副団長さまの今回の目的は、魔導書を使用した方たちをトリガーハッピーに陥らせることなのだろうか。魔術仲間が増えれば、魔術の開発が進むだろうし、彼にとって良い事尽くめである。魔術に対する情熱が妙な方向に進んでいないかなあと心配になるけれど、魔術師団副団長としての彼ならばマトモ。凄く不思議で仕方ないけれど。彼が野良魔術師として各国をウロウロしていたら、各地で問題を引き起こしていそうだなあ。そんなIFを考えても意味がないが。
「さて、次の方は?」
循環型のギド殿下が魔術を放つことができたので、騎士系の男性陣がハイハイと手を勢い良く上げている。魔導書を使って魔術を放てた人、放てなかった人。放てなかった人には副団長さまが、魔力の循環効率を上げる魔導書を紹介して、フォローしていた。
最後に残っていたフィーネさまとソフィーアさまにセレスティアさまも、物凄い威力の魔術を放ったけれど平然と立っている。彼女たちから話を聞くと、本来ならば大量に消費される魔力が魔導書の介助を得て、少量の魔力消費で済んだそうだ。
「最後は黒髪の聖女さまですが――」
副団長さまが私の二つ名で呼んだ。特進科二年生は聖女の称号持ちが増えたので、判断しやすいようにそう呼んだのだろう。
にっこりと笑った副団長さまは、今回持参した魔導書は私の魔力に耐えうるものではないのだとか。私の馬鹿魔力で魔導書を失うと魔術師団のみんなからお叱りを受け始末書を書かされるので、今度特別な魔導書を見つけた時に試してみようという話になる。
私の魔力量っていったいどれほど備わっているのだろうと首を傾げると、竜の方々より多く備わっていますよ、と副団長さまが嬉しくない言葉をくれた。
竜の方より多く備わっているってどれだけーと叫びたくなったが、そういえばアガレス帝国で竜の皆さまに私の魔力を配り渡ったのだった。満足していたからそれなりだとは思っていたけれど、竜を超える魔力量って……。あれ、でもそうでなければご意見番さまの浄化儀式なんて執り行えなかったし、良い事なのだろうか。
この時、副団長さまの言葉に顔を引きつらせている子が居たなんて、知る由もなかったのである。