0526:リーム王国の聖樹の妖精さんの下。
2022.10.23投稿 1/4回目
以前、歩いたこの道が随分と懐かしい。リーム王国王都から馬車で移動して聖樹の妖精さんが居る森へと辿り着き、道なき道を歩いている最中だ。
アルバトロスからは子爵邸の面々と護衛の騎士さま、ロザリンデさまとアリアさまに教会の統括官。リーム王国からは案内役としてギド殿下と近衛騎士さまたち。以前とは違い、護衛の人数は減っている。あまり大所帯で移動しても騒ぎになるだろうと、少数精鋭で件の場所まで赴こうと話が決まっていた。
「草木が凄い……」
前に歩いた時よりも、森が元気と表現すべきだろうか。地面には青々とした草が生え、木々からは枝が生い茂っている。先行する騎士さまの手によって、足元が均されているからまだマシだ。先頭を行く騎士さまの体力は半端ないなあと感心してしまった。
「前より生い茂っていないか?」
「ええ。騎士の方が道を作ってくださらなければ、移動が難しいでしょうね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが森を見上げながら呟いた。私以外にも実感している方が居るようなので、気の所為ではないはず。一体どうしたことだろうと考えるが、原因はなんとなーく予想が付いている。それを確かめに聖樹の妖精さんの下へと行く訳だが、妖精さんは無事に暮らしているだろうか。
『ヴァナル、凄い。魔物が逃げていく!』
ロゼさんがヴァナルの頭の上で喜んでいる。お出かけする時のロゼさんとヴァナルは、私の影の中でゆっくりしているのが基本だけれど、森に辿り着くと影の中から出て来た。リームの森に興味があるというよりも単純に暇だったこと、ロゼさんが森の中には魔物が居るからヴァナルが外に出ていると魔物除けの効果が多少あると教えてくれた。
魔物より魔獣は格上になるから、弱い魔物は逃げてくれるのだとか。ヴァナルとロゼさんが私の影から飛び出した時、リームの近衛騎士さまたちが驚きつつもギド殿下を守ろうと盾になったのは流石だ。ギド殿下の説明で事なきを得て、最後に腰を抜かした騎士さまが居たけれど仕方ない。何故かヴァナル本来の大きさで登場しちゃったから、凄く大きかったものねえ。魔獣は人に益を齎すか、害を齎すか……見た目だけじゃ分からないから警戒は当然だった。
ロゼさんはヴァナルの頭の上でレーダー替わりを務めてくれている。危ないから監視するとロゼさんがない胸を張って、主張したのだ。可愛いし、安全が守れるなら良い事だとお願いした次第。
狼の三倍サイズに小さくなったヴァナルは私の横にくっついて歩いているのだけれど、足元が荒れている時は『キヲツケテ』と教えてくれる。ヴァナルを恐れない魔物がいると、大きな木の上に昇って遠吠えして追い払ってくれたりもする。
まだ言葉数は少ないけれど、ちょっとずつ増えているので成長が伺えて嬉しい限り。クロともお喋りしているし、ロゼさんとの会話はもっと多い。犬と猫は仲良くなれないというけれど、子爵邸のお猫さまと一緒に居ることがある。お猫さまは寒さ対策でヴァナルの横に寄り添い、ヴァナルは静かにお猫さまを受け入れていた。
ヴァナルは時折、お猫さまが産んだ仔猫を気にして『アノ子タチ、ゲンキ?』と聞かれることがある。
ソフィーアさまとセレスティアさまのお母さまから届く手紙で仔猫たちの様子は知っているので、元気だよと伝えるとヴァナルは目を細めながら私の膝に顔を置いた。お猫さまには一度も問われたことがないのだけれど、気まぐれな猫だからなあ。ヴァナルの父性が全開なので、ヴァナルの子供が産まれたらデレデレのお父さんになりそうな気配がある。
『ろぜモ、スゴイ』
スライムさんとフェンリルがお互いに褒め合っていた。仲良きことは美しきかなと横目で見ていると、私の肩に乗っているクロが顔にスリスリしてきた。
はいはい、クロのことも忘れていませんよと手を伸ばして、腕の中に移動させた。クロはぽすんと体を預けて、私の指に尻尾を器用に絡ませたので完全に気を抜いているようだ。危険があればクロも警戒態勢となるので、森の中に脅威は忍んでいないようだ。
「…………」
リーム勢がもの凄い顔でこちらを見たけれど、気にしちゃいけない。これで驚いているなら、ディアンさまとダリア姉さんとアイリス姉さんにお婆さまが加わった時はどうするつもりなのだろうか。アルバトロスと友好国ならば横の繋がりで亜人連合国とも関係を持つだろうし、いちいち驚いていたら身が持たないと思うけど。
「そろそろだな」
ギド殿下が前を見据えて、妖精さんの居場所はもう直ぐだと教えてくれた。昨日贈ったドワーフ職人さんが鍛えた長剣を腰に下げてくれている。魔物はヴァナルの気配を感じ取って逃げてしまっているのが、ちょっと残念。切れ味を確かめて頂き感想を聞いて、ドワーフさんたちに伝えたかったのだけれど、また次の機会だなあ。
「え?」
スルスルと蔦がどこからともなく伸びて私の手や足に絡みつき、上へと持ち上げられて地面から足が浮く。手足の自由が奪われて抱き上げていたクロを離す形となってしまった。クロは咄嗟の事に驚いて、翼を広げて空を飛び私を見ている。
「ナイ!」
「ナイ!?」
後ろで護衛を務めているジークとリンの声が上がると、すぐさま彼らは抜刀して蔦が切られた。切られた蔦から離れたということは空中から地面へと落ちる訳だけど。尻餅を付く覚悟を決めると、視界の横で何かが動く。
『マスター! ――ぐふっ』
ロゼさんが機転を利かせて、ヴァナルの頭から飛び降りて私の下に滑り込み、柔らかいスライムさんの身体で受け止めてくれた。凄い妙な声が漏れ出て大丈夫だろうかと、尻餅を付いた私は直ぐさま立ち上がる。
「ロゼさん、大丈夫!?」
まん丸なスライムさんの身体がペションとしゃげている。大丈夫だろうかとロゼさんを抱き上げた。怪我はないようだけれど、ロゼさんの核となっている魔石に問題はないだろうか。魔石に異常が起こればロゼさんの身が危ないと、副団長さまから聞いているから心配だ。
『大丈夫。マスターは平気?』
「ロゼさんが助けてくれたから怪我もないよ。ありがとう」
ロゼさんの言葉を聞いて安堵しながら、簡単な治癒魔術を施しておく。そしてうねうね動いている蔦を見上げれば、ジークとリンは最大限の警戒態勢を取り、ソフィーアさまとセレスティアさまも周囲を警戒しながら、魔力を練っている。ギド殿下もリームの騎士さまたちも、険しい顔を浮かべて私たちの周りに。
『驚かせた。すまない、こちらへ』
聞き覚えのある声が森の奥から響く。この声は確か……。
「聖樹の精霊殿か!」
一体どうしてこんなことをしたのかという疑問と同時、ギド殿下の大きな声が森の中に響くのだった。






