0521:戴冠式の朝。
2022.10.20投稿 2/2回目
亜人連合国から戻って、買い付けた反物をロザリンデさまとアリアさまにお土産だといって渡すと、凄く恐縮されてしまった。
何故と首を傾げていると、エルフの反物なんて手に入らないのが普通。それをポンポンと渡すべきではないと、諭されたのだけれど……売ってくれる物だし質は普通って教えて貰っている。普通に手に入る物だし遠慮なく受け取って欲しいといって押し付けたのが数日前。そして日が過ぎて。
――リーム王国戴冠式当日。
その日は朝から大忙しだった。普段は子爵邸の侍女さんたちに身支度をお願いするのだけれど、今日はアルバトロス王家で働く侍女さんたちが、私の体の隅々を磨き上げて着付けをしてくれた。
ジークとリンも教会騎士服に身を包んで、ばっちりと着こなしている。私が着替えている間に、二人も侍女さんたちの手によって髪のセットをして頂いたようだ。ジークは短い髪を後ろに撫で付けているし、リンも長い赤髪が複雑な編み込みになってる。ソフィーアさまとセレスティアさまもかっちりとした礼服姿だ。
「ジーク、リン。髪、似合ってるよ」
お城の一室で、準備を終えたミナーヴァ子爵家の面々が集まっていた。もう暫くすると、転移魔術陣へ移動してアルバトロスからリーム王国へ移動となる。
「そうか。俺は疲れた」
「私も疲れた……」
ちょっとげっそりしている二人に苦笑いを浮かべる。二人は誰かにやってもらう機会が少ないから、気疲れしてしまったらしい。お貴族さまになる前まではジークは自分で、リンは私が髪を結っていたけれど。
出世したものだなあと、ジークとリンから視線の向きを変えて、ソフィーアさまとセレスティアさまを見た。
「ソフィーアさま、セレスティアさまも素敵です」
ドレス姿ではないけれど、ぴっちりとした礼服は目の保養になる。お二人とも確りとした顔立ちだし、スタイルも良く羨ましい限りだ。私はいつもの聖女の服だ。戴冠式に出席するということで、新調してちょっとアレンジが入っているけれど。
「ありがとう。ナイも似合っているぞ」
「ありがとうございますわ。聖女の衣装、少し変わりましたか?」
ソフィーアさまがふっと笑いながら私の服を直してくれ、セレスティアさまは目を細めながら鉄扇で口元を隠しながら、いつもの聖女の服ではないと気が付いたようだ。
「はい。金刺繍をアクセントで入れたと……」
極上反物を使って、新しい聖女の衣装を仕立てて貰ったのは良かったのだけれど、教会とアルバトロス王家が仕立て屋さんに密かにお願いしていたらしい。
ミナーヴァ子爵家の家紋と袖口に金刺繍が入っているんだよね。小さくて分かり辛いし、派手にならない程度。聖女の衣装に入っていても良いのか分からないけれど、教会と王家が許可したのだから私はなにも言えないし、今回の仕立て代は教会と王家持ちだった。
「白だけじゃあ物足りないし、いい具合じゃないか?」
「ええ。嫌味にならない程度ですし、曲がりなりにも王家御用達の仕立て屋に頼んだのですから」
うん、確かに腕の立つ人が仕立てたのだろうけれど、目立ちたくないんだよなあ。黒髪黒目の時点で目立つ上に聖女の衣装って白がベース。教会騎士服も白が基調なので、三人固まると割と目立つんだよね。諦めた方が早いんだろうけれど、戴冠式では隅っこで小さくなりながら、こっそりと参加したいんだけれど。
「無理だろう……」
「……無理ですわね」
え、ソフィーアさまとセレスティアさまにまで心の中を読まれるようになってる……。なんで人の心が読めるんですかと抗議したい。というか読まないでください。
「顔に出ているからな」
「ナイは分かりやすいですから」
くつくつとお二人は小さく笑いながら答えてくれた。まあ、私の心の中を読んだところで、得るものもないから良いけれど。
「腑に落ちない。――あ、そうだ」
少し前にお願いしたことを実行しようと口を開く。セレスティアさまだけは私の目的を知っているから、苦笑いを浮かべていた。部屋付きの侍女さんにお願いすると、ひとつ頷いて部屋を出て行く。暫く待っていると花束を持って部屋へ戻ってきた。
「お待たせいたしました、聖女さま」
「ありがとうございます、お手間を取らせて申し訳ありません」
侍女さんは花束を私に手渡ししてくれたあと、壁際へと控えた。花束は黒薔薇である。少し前に株分けして貰って子爵邸の庭の一角で育て始めたのだけれど、流石に今回は間に合わなかったから辺境伯領で咲いている分を頂いた。
人数分の本数だけお願いしていたのだけれど、気を使って多めに作ってくれたようだ。せっかく綺麗に束ねて貰っているけれど、解いてバラす。状態保存の魔術を掛けて、一本一本の根本には水をしみ込ませた布で包み油紙で上から覆う。
「ジーク、しゃがんで」
「?」
私の言葉を疑問に思いつつも、ジークは背を屈めてくれた。ジークは一番背が高く、私が一番低いのでちょっと大変そうだけれど。胸ポケットに黒薔薇を一輪差した。胸ポケットに入れるハンカチを以前渡しているけれど、辺境伯邸で偶然目にした黒薔薇が気になっていた。
「ん、いいよ。リンもしゃがんで」
「ん」
リンも背が高い……というかみんな背が高いんだよ。私がチビなだけともいうけれど。黒薔薇を一輪手に取って、リンの胸ポケットに差し込む。
「ナイ、ありがとう」
「どういたしまして?」
へへへ、と嬉しそうに笑っているリン。私も彼女と同じように照れ隠ししながら笑う。改めてこうするのってなんだか照れ臭いよね。
ジークはあまり感情を表に出さなかったから、普通に終わったけれどリンは嬉しそうに笑うのだから。ソフィーアさまとセレスティアさまはどうしよう。仲良くなったとはいえ、ジークとリンのような距離の近さじゃない。
「私たちにはないのか?」
どうしようか迷っているとソフィーアさまが声を掛けてくれた。愉快そうに笑っているので、私の心の中は見透かされているのだろう。セレスティアさまもソフィーアさまと同じような顔を浮かべて私を見てる。まあ彼女は黒薔薇を株分けして欲しいとお願いした時に、なにか感じるものがあったのかもしれないが。
「いいのですか……?」
「良いもなにも、私はお前の従者だ。従者としてまだ足りない部分はあるだろうがな」
「わたくしも、ナイの従者ですわ。その証をくださいませ」
そういわれてしまうと断れないし、そもそもお願いするつもりだったけど。丁度良い機会かなあと先ずはソフィーアさまの傍へと歩く。
「ソフィーアさま、セレスティアさま。いつもありがとうございます。まだまだ当主として足りない所が沢山ありますが、これからもよろしくお願いします」
そう言って二人の胸ポケットに黒薔薇を差した。あともう一つ伝えたいことがあった。
「改めて伝えるのは、少し恥ずかしいですが……友人でもありたいと願っています」
「!」
「!?」
ソフィーアさまとセレスティアさまは目を丸くしたのち、柔らかく笑って。
「ああ、これからもよろしく」
「ええ。よろしくお願いいたします」
少し顔が熱くなるのを感じながら、それでも口にしたことは良かった。真正面から伝える機会なんて滅多にないんだし。短い付き合いだけれどお二人は従者として私を支えてくれている。でもそれだけじゃ足りないから。今よりも仲良くなれると良いなあと願わずにはいられなかった。