0519:【⑥】催しが続く予定。
ドワーフさんたちの集落からエルフの皆さんが住んでいる町へと移動して、反物を選んでいるのだけれど……さっぱり良さが分からない。
私は聖女なので未染色の白を選べば問題ないのだけれど、お貴族さまの女性に好まれる色なんて知らないし。ま、まあ流行の色さえ把握しておけば、夜会やお茶会用にドレスやワンピースを仕立てるはずだ。……自信ないけれど。
「色数が凄い……」
誰にも聞こえないように、小さく呟く私。さらに困ったのが、エルフの皆さんもドワーフさんたち並みに拘りがあるようで、反物の色数が凄いことになっていた。同じ色でも濃淡があって、細かい色味を変えていた。なので色数が凄いことに。これ染料を用意するんが大変だろうに。
科学的技術が発展していないのに、こんなに沢山の色を用意できることに驚いた。話を聞いてみると、自然から取れた染料を、魔法で色味を変えて色数を増やしたんだって。エルフだけだと使う機会がないから、買い付けてくれるのは有難いのだとか。貴重なものではなく量産可能なものなので、遠慮なく買って欲しいそうだ。
好きなものを選んで後で清算することになっているのだけれど、好みの色がなければ希望する色を作って送るよとエルフの代表さんが教えてくれた。
今回、お姉さんズは予定があるといってこの場にいない。織物を担当している責任者の方が、私の接客を担ってくれていた。言葉数は少ないけれど、柔和な語り口調の女性だった。エルフということで、美人さん。羨ましいなあと考えながら、反物を収納している大きな棚を見上げている。
「……え、選べない」
服にさっぱりと興味がないから、好みの色を選べといわれても困るだけ。どうしたものかと考えていると、私の後ろには力強い味方が控えていることを思い出して、後ろを振り返る。
「ソフィーアさま、セレスティアさま。お願いがあります」
贈り物なのだから気持ちの問題だし、自分で選べといわれそうだけれど、色のセンスもない私には無理難題。お貴族さまのことは、根っからのお貴族さまに聞いた方が正解を導けるだろうとソフィーアさまとセレスティアさまを頼ることにした。
「どうした?」
「?」
声を掛けられると考えていなかったのか、珍しくきょとんと不思議そうな顔で私を見るソフィーアさまと、鉄扇を広げて口元を隠したセレスティアさま。
去年の長期休暇終わりから侍女として一緒にいる時間が長くなったけれど、色んな顔を見るようになったなあと感慨深い。ソフィーアさまは鉄面皮な人なのかと思えば、私の突飛な行動に驚いて慌てた顔をよく見るし、セレスティアさまも表情が多い方だけれど、魔獣や聖獣関連でもの凄い顔芸を見る。
「貴族の女性が好んで身に着ける色ってどんなものでしょうか……?」
貴族なのに把握していない私に問題があるのだろうけれど、お茶会とか夜会には出席しないから。
新興貴族で成り上がり貴族に分類されるし、嫌われているか、おこぼれに預かりたいお貴族さまが近づくだけだろうから。そもそも聖女だし……あれ、でも領地を賜っているな。お貴族さまとしての繋がり、増やした方が良いのかな。ハイゼンベルグ公爵家、ヴァイセンベルク辺境伯家は私の後ろ盾。ラウ男爵はジークとリンを介して繋がりがあるし、男爵の息子さんは伯爵位で縁がある。
ロザリンデさまとアリアさまのご実家とも多少ではあるが関係を持っている。アルバトロス国内、ということであれば十分な気がしてきた。メンガー伯爵家とも繋がりがその内できるだろうから、増やさなくてもいいか。アルバトロス王家も後ろ盾みたいなものだし。
「流行り廃りがあるから一概にはいえないな。確かにその時々の流行色はあるが、私は気にしたことがない」
「婚約者や伴侶の瞳の色や髪色を好んで纏う方もいらっしゃいますが……。わたくしも流行色は気にしたことはありませんわ」
まさかの戦力外通告が本人の口から宣言された。お二人は色を気分で選んで、仕立て屋さんに発注しているのだとか。ソフィーアさまとセレスティアさまならば、どんな色でも着こなすのだろう。
子供が纏う色、ピンクとか黄色とかはちょっとアレなので避けそうだな。それを考えるとやはり無難な原色のはっきりした色の方が良いのだろうか。でもドレスなら淡い色でも良いだろうし、一色とは限らないだろうなあ。グラデーションや模様が入った色でも面白そうだけれど、棚には単色の反物が並んでいるだけだ。
相手の色を考えて反対色でも選んで贈ればいいのか、それとも私個人が綺麗な色と思う反物を贈ればいいのか……やっぱりさっぱり分からない。
「力になれなくてすまない」
「申し訳ありません。――しかしエルフの方が織った反物はほとんど出回っていませんから、どれを選んでも喜ばれるのでは?」
珍しさでいえば、珍しいのだろうけど。どうしたものかなあと悩んでいると、ロザリンデさまの顔が浮かぶ。確か夜会やお茶会に積極的に参加していたし、情報を聞き出すには丁度良い方かも。子爵邸にいるのは間違いないから、電話の魔法具を借りれば連絡は取れる。私の部屋に設置している魔法具が鳴って部屋の主が留守の場合は、侍女さんが受ける手筈になっている。
エルフの方に魔法具を借りて子爵邸へと連絡を入れると、かなり緊張した声で侍女さんが対応してくれた。ロザリンデさまとついでにアリアさまを呼んで欲しいとお願いする。アリアさま可愛いものに興味があるお年頃だし、ゲームの主人公というならばセンスありそうということと、ロザリンデさま一人だと緊張しそうなので彼女の補佐役ということで呼んでみた。
後で聞いた話だけれど、壊したらどうしようとか、相手が亜人連合国の方々だったらどうしようとかいろいろと考えて緊張したようだ。私で良かったと胸を撫で下ろしていたけれど、次に魔法具を取った時にディアンさまやダリア姉さん、アイリス姉さんだったらどうするのだろうか。
『ど、どどどど、どうしましょう? アリア……』
『えっと、ロザリンデさま。お相手はナイお姉さまなので普通に対応すればよいかと』
いつの間に呼び捨てする仲になったのか。嬉しいけれど、アリアさま……私のことをお姉さまと呼ぶのは止めて。聞こえていないと思っているのだろうけれど、ハンズフリーだから丸聞こえなんだよね。アリアさまはキチンと使い分けができているから、咎めることができないなあ。
魔法具の前で右往左往しているロザリンデさまの姿が目に浮かんで苦笑する。エルフの方も微笑ましいようで笑ってるし。放置しておくのも面白そうだけれど、用件を済ませて反物を選ばないと。
「ロザリンデさま、アリアさま、突然お呼び立てして申し訳ありません。ナイです」
『ひゃっ!? ナイさまの声が聞こえましたわ!』
『ナイさま! どうしましたか?』
うん、アリアさまを一緒に呼んで正解だった。ロザリンデさまだけだと、あたふたして対応が遅れていただろうし、流石主人公さん。アリアさまの肝は据わっているようで、声は確りしたものだった。
「貴族女性の意見を聞きたい場面になりまして。お二人にご助言を頂ければと連絡しました」
私は優柔不断で選べないし、お二人に気軽に選んでもらえばいいかな。向こうにはこの場所がどんな所かわからないから、きちんとした色は分からないだろうし。
『そ、そういうことでしたか』
『私で力になれるでしょうか?』
少し落ち着きを取り戻したロザリンデさまと、魔法具の前で首を傾げていそうなアリアさま。流行りの色とお二人の好きな色を聞ければいいかな。情報料としてエルフの反物をお二人にプレゼントすれば、私の自室まで足を運んでいただいた苦労は帳消しになるだろうし。
『ナイさまは、私とアリアになにをお聞きしたいのでしょうか?』
あ、ロザリンデさまが完全に持ち直した。なんだかんだで侯爵家出身のお嬢さまだよね。切り替えは確りと出来るのだから。年上の方に失礼かもしれないが、ロザリンデさまの好ましい所だよなあ。私も仕事だし、ちゃんと対応すべきだと背を正して声を張る。
「社交の際にドレスやワンピースを仕立てる場合がありますよね。もし流行りの色があるならば教えて頂きたいのです」
念の為に、戴冠式と就任式に出席する際にリームの王太子妃さまとアルバトロスの第一王子殿下の婚約者であるツェツィーリアさまに贈るものだと伝える。女性ならば刀剣類よりも反物の方が嬉しいだろうけれど、色の好みがあるだろうから難しくて悩んでいたことも。
『なるほど、理解いたしました。アルバトロスの社交界では――』
理由が分かるとロザリンデさまはすらすらと流行りの色を答えてくれたし、年齢によっても好まれる色が変わること。リームは他国なので社交界の事情には疎いが、お国柄的に落ち着いた色を好むそうだ。よく知っているなあと感心しながら、ふと思い浮かんだことを口にする。
「相手方には何色か贈ろうと考えているのですが、流行りの色だけでは面白味がないので、お二人の好きな色を教えてください」
変化球もないと面白くないよね。ロザリンデさまとアリアさまの好きな色を教えて貰う。ロザリンデさまは深い緑色、アリアさまは青色なんだって。ついでにソフィーアさまとセレスティアさまの好みの色も聞いてみた。お二人は好みの色というか、社交の席でよく纏う色みたいだけれど。
で、ソフィーアさまは赤色、セレスティアさまは濃い紫色をよく身に纏うのだとか。なんとなくジークとリンにも聞いてみる。
二人は考えたことがなかったようで、私の言葉に悩んだ末にジークはなんでも、リンは黒と言い放った。流石に黒色は贈れない。黒色のドレスを仕立てることもあるだろうけど、贈り物として送る色じゃないよねえ。どうしても葬儀のイメージが強すぎるし。
ロザリンデさまとアリアさまには丁寧にお礼を伝えて、連絡用の魔法具に流していた魔力を切った。そうしてエルフのお姉さんにお願いして反物を買い付ける。あと今回お世話になった方たちの分も。一応、質の差は付けている。
面倒だけれど、みんな平等に同じ質の物を贈る訳にはいかないのだ。これで贈り物の体は整ったなあと、息を吐く私だった。