0518:【⑤】催しが続く予定。
亜人連合国の職人さんたちに頼んでおいた、贈答用の剣が仕上がったと知らせが届いた。納品前に確認をお願いとのことだったので、亜人連合国へお邪魔している最中だ。ドワーフさんたちが住む集落へと足を運ぶと、不愛想な顔を浮かべている――本人にはその意図は全くないらしい――ドワーフさんに連れられて作業小屋へと入る。
「おう。出来たぞ」
ドワーフの職人さんたちは相変わらずぶっきらぼうな言葉使いで私たちを迎え入れてくれた。
「何度も急ぎの仕事を引き受けて頂きありがとうございます」
思いつきで仕事の依頼を出すから、希望納期が短い。短すぎると断られるので大丈夫だとは思うけれど、頻繁にあると迷惑だ。職人さんだから手抜きはしないだろうけれど、納期が長い方が良い物を用意してくれそう。
「気にするな、依頼主の要望に応えるのが俺らの仕事だ。仕上がりの確認をしてくれ」
腕を組んだドワーフさんは机の上に置かれた化粧箱へと顎で指す。箱は二箱あって、一つはリーム王国の王太子殿下たちに。もう一つはアルバトロスの第一王子殿下に渡す予定のもの。依頼を出すと欲が出てあれもこれもと頼んでしまうのは私の悪い癖だろうか。一人にだけ渡すのは申し訳ないからと、リームの第二王子殿下とギド殿下に未来の王妃さまに渡すものも鍛えて貰っている。
アルバトロスの第一王子殿下に渡す長剣とツェツィーリアさまにもと短剣を鍛えて頂いた。出費が痛いが未来への投資と考えれば安い物である。これからも彼らとは付き合いがあるだろうし、仲良くしておいて損はない。
リーム王国はお芋さんに限らず、お野菜を生産しており珍しいものを作っているのだとか。ギド殿下に安易に頂戴とはいえないし、いろいろと仕込んでおかないと。
アルバトロスの第一王子殿下には政治面で厄介になるだろうし、彼の婚約者であるマグデレーベン王国の王女さまであるツェツィーリアさまにも、母国は畜産業が発展しているから食べ物関係と畜産技術を教えて貰えるなら安い物だし。
そんなことを考えていると、いつも世話になっている――迷惑を掛けているともいうが――陛下になにも渡していない……。ヤバいとなって、別口で依頼を出して陛下に似合う最上級の剣を仕上げて欲しいとお願いした。
王妃さまも私がやらかした尻拭いに奔走している。王妃さまがあまり好きではない公爵さまからの情報なので、信憑性はどうなのだろうか。とはいえ公爵さまが嘘を吐く可能性は低いので、これまた鍛冶依頼を出す羽目になるのだ。あと王妃さまがあまり好きではない公爵さまは、凄く愉快そうに笑ってヤツを困らせろとまで私に言っていたから、嫌いなのかもしれない……。
聖女が目上の人たちに贈るものが、刀剣類ってどうよと疑問が湧くけど、職人さんの伝手がないもんなあ。ああ、でも女性にならエルフの方たちが作っている反物を送っても良かったか。仕立てはお抱えの職人さんがいるだろうし、個人の好みなんて知らないから。
亜人連合国に足を運んでいるんだし、許可を貰ってエルフの街に買い付けにいこうかな。いけなくてもダリア姉さんとアイリス姉さんに質の良い反物を売って欲しいとお願いすれば、届けてくれるだろう。今回、女性陣には短剣を鍛えて貰っている。
結局、反物も渡すか迷った末に、媚びを売るなら男性より女性に売っておいた方が得だと判断。男の人は理性的に判断してくれる部分があるから、こういうものは上辺だけでも問題ない。が、女性はそういうことに敏感だから気を使う。
今回、贈り物をする方たちは政治屋さんだから大丈夫だとは思うけれど『私には貰えなかった』という気持だけは抱かせたくないと考えて、鍛冶依頼を出した訳で。
戴冠式と王太子就任式が被るから、贈る内容にも気を使う。アルバトロスへ贈るものの方が値が張っているし、職人さんたちにもリーム用に鍛えて頂いたものは装飾は気持ち控えて欲しいとお願いしている。ドワーフの職人さんたちには事情を話してあるので、私の要望に応えてくれているはずだ。
「では、確認させて頂きます」
毎度、仕事が早いなと感心しつつ、いわれた通りに確認をと化粧箱の留め具を開けて中身を確認する。ジークとリンにお願いした剣よりも随分と装飾が施されているし、刀身が細い所為か鞘も細身になっていた。アルバトロスの第一王子殿下方に贈るものの方が豪華だ。
とはいえリーム王国には殿下が三人いて、第一王子殿下と第三王子のギド殿下に贈って第二王子殿下に贈らないと不味いので、長剣を三本と短剣一本用意してる。
アルバトロス用には長剣と短剣を一本ずつ、リームには長剣三本。で、思いつきだけれど女性陣にはエルフの反物でも贈っておけば問題なかろう。向こうから参加して欲しいと願われたとはいえ、参加する以上はこうした贈り物は必須だ。
手に取って刃の部分も確認したいけれど、素人が安易に刃物を扱うと危ない。あと身長が足りなくて、鞘から刃を一度で抜ける自信がない。凄く……悲しい事実だった。
「ジーク、リン。刀身の確認したいから、抜いて貰っていいかな?」
泣きたくなるのを我慢しながら後ろへ振り向いて、護衛のジークとリンにお願いする。二人なら剣の扱いに慣れているから、手を切るなんてヘマはしないだろう。
「分かった」
「うん」
ジークとリンは私の言葉に確りと頷いてくれて、こちらへと数歩近づく。どれから確認するのか問われ、アルバトロスへ贈る剣の確認をお願いした。ジークは化粧箱から長剣を取って、左手で鞘を握り、柄には右手を添えて抜刀体勢に入る。
「ナイ、少し離れろ。抜いてからこっちにこい」
「はーい」
KY、危険予知は大事だよねえ。言葉遣いは荒いけれど、ジークは私のことを考えてくれての言葉だと分かるので素直に従う。リンが手招きするので、そそくさと彼女の側に避難。私の肩の上で大人しくしているクロは首を傾げながら、ジークを見ている。
ジークは周りに人がいないこと確認すると、私に顔を向けて一度頷く。すっと、ジークが鞘から剣を抜いた。鞘と刀身が擦れる音が全く聞こえない。部屋の灯りを刀身が反射して、見事な輝きを放っていた。
「ひえ……凄い」
素人だから刀剣の良し悪しは全く分からない。けれど見惚れるほど美しい。ジークとリンが腰に佩いている剣も価値のあるものだけれど、実戦向けだからちょっと無骨。
刀身がかなり確りした造りで重量がある。鞘もシンプル。刀身は赤に黒という派手さがあるけれど、ディアンさまの鱗と赤い竜の方の鱗を頂いて鍛え上げたから、刀身の色が派手なのは仕方ない。ジークとリン曰く、凄く切れるし、自分用に作ってもらったから扱いやすいと聞いている。
「装飾も凝ったが、中も手を抜いていないからな。嬢ちゃんのその言葉は俺たちにとって最高の誉め言葉だ」
ドワーフの職人さんが呵々と笑う。素人が見て、勝手に口から零れた言葉で良いのかなあ。職人さんがいうならそれでいいかと、ジークの側に行って剣を見せて貰った。剣の材質はただの鉄。竜の鱗を使ってもよかったけれど、納期が足りないといわれたので仕方ない。
竜の鱗を鍛えるならば、強い火力と時間が必要なのだとか。魔力を注ぐと時間短縮できるけれど、私が付きっ切りでそれをやるには無理がある。ということで普通の材質を選ばざるを得なかったのだけれど、これはこれで凄く切れそう。
「同じ言葉になるけれど、凄いね」
語彙力喪失である。本当に凄いから間違いではないけれど。剣を握っているジークの顔を見上げると、私に気が付いたジーク。
「ああ。良い物だ。そこらの鍛冶屋や武器屋では売ってないだろう」
王都の街にドワーフの職人さんが作ったものが並べられていることってあるのかな。辺境伯領ではドワーフの職人さんが鍛えた武具へ交換が始まっているようだけれど。
アルバトロス王国の軍と騎士団は、まだその気配をみせていない。辺境伯領の装備が整えば、王都も変わっていくのだろうか。ジークがおもむろに納刀すると、甲高い音が小さく鳴った。耳に凄く心地よい金属音で、不思議な感じもする。
「短剣は私が抜いてもいい?」
流石に短剣は抜いても大丈夫だろうけれど、念のためにお伺いを立てておく。短剣なら大丈夫だという周囲の同意を得たので、箱の中に手を伸ばして短剣を握る。金属特有のひんやりとした温度が手に伝わり、柄を握って鞘から抜く。
これまた凄いなあと感心しながら箱に戻して、リーム王国の殿下方に贈る剣もジークとリンに確認してもらおうとすると、ソフィーアさまとセレスティアさまも気になるようで手を上げる。本数的には丁度良いから、それぞれ一本ずつ抜いて貰った。どれも手抜きはなく、質も良好。
流石ドワーフさんだと感心していると、ソフィーアさまとセレスティアさまが個人的な依頼は可能かと、ドワーフさんたちに聞いていた。代表であるディアンさまたちの許可があれば構わないと答えてくれたので、ディアンさまに会ったら確認を取るそうだ。
私はいつでも勝手にドワーフの職人さんたちに依頼を出すことができる。とはいえ連絡が必要だから、ディアンさまを頼っているけれど。
あ、そうだ。料理長さんが使う包丁類も製作をお願いしておこう。何本あっても困らないだろうし、ドワーフの職人さんが鍛えた包丁なら、大根とか元に戻りそう。納期はゆっくりで構わないから良い包丁を十本ほどお願いしますとドワーフの職人さんにお願いして、今度はエルフの街に移動しようと踵を返すのだった。