0514:【①】催しが続く予定。
聖王国の大聖女さまであるフィーネ・ミューラーさまが血相を変え私に寄越した手紙。彼女の後輩聖女である、Aシリーズ三期の主人公となるアリサ・イクスプロードさまが私に対抗心を燃やしているので、やらかす前にいろいろとぶっちゃけてしまってもいいかと許可を願われた。
許可もなにもないようなと感じつつ、アルバトロスと聖王国の許可があるのならば私は問題ないことと、どうしてイクスプロードさまが私に対抗心を燃やしているのかが分かればいい。
彼女たちは聖王国からアルバトロスへ留学している立場なのだから、なにかをやらかせば直ぐに聖王国へ戻されるのは分かり切ったこと。フィーネさまに頑張って貰うしか方法がないなと返事を書いた次第。
あと、お味噌さんとお醤油さんがどうなるか心配だったので聞いておいた。
イクスプロードさまも気にはなるけれど、新年度が始まりイベントが目白押しである。春休みに入って直ぐリーム王国の王太子殿下から戴冠式の招待状を頂き、出席する旨を返信したので、参加する準備に追われている。
近いタイミングでアルバトロスの第一王子殿下も王太子の座に就く就任式があるが故に、エルフの皆さまから頂いた極上反物で新たな聖女の服を仕立てた。リームは私をアルバトロスの陛下と同じ国賓扱いで迎え入れてくれるそうだ。これならばリームで知り合いでも作っておけばよかった。
お城に一泊するのは窮屈だからお泊りはその方のお家にお邪魔させて頂くと堂々といえるから。でも、それをするとギド殿下を始めとした王子殿下三人が涙目になりそう。男の涙なんて誰も得なんてしないから、私って優しいと思い込んでおこう。
新学期が始まって一週間が経った。私が壊したお城の魔術陣修復も無事に終わり、私が自前で王国全土に張っていた障壁は解除している。昨日の夜、副団長さま方の説明を受けながら魔力を注ぎ込み問題なく障壁が展開された。あとは詠唱はちゃんと唱えましょうねと、にっこりと笑った副団長さまたちに告げられたのだった。
島から持ち帰った南国フルーツの種は子爵邸の家庭菜園の一角で育てられており、もうすぐバナナが収穫できそうだ。
育つのが早くないかと呆れつつも、子爵邸の家庭菜園だ。何が起こっても不思議じゃない。スーパーでよく見ていた長いバナナじゃなくて、小ぶりの短いバナナがたわわに実っていてちょっと可愛い。黄色に熟しているから、もう少しで食べ頃だろう。
「楽しみ」
『ボクも楽しみ』
バナナの木を見ながら自然と口から言葉が漏れていた。肩に乗っていたクロは耳聡く聞いていたようで、私の顔にすりすりと体を寄せながらクロもバナナの木を見ている。クロはお肉よりも果物の方が好みだから、バナナとマンゴーがどんな味か楽しみだと教えてくれた。
「ナイ、バナナって美味しいの?」
一緒に庭に出ていたリンが問うてきた。そっか、バナナをしらないのか。こればかりは知識と経験の差だなあとしみじみ感じつつ、顔だけ後ろに向けるとジークとリンが同じ方向に首を傾げていた。
「うーん。私が知っている味は甘くて美味しいヤツなんだけれど……」
「けれど?」
リンがオウム返しのような返事をして、二人とも先ほどとは逆の方向に首を傾げる。スーパーに陳列されているバナナは、品種改良を施して甘くなったものらしいしなあ。
「自生していた果物だから味が違うかもしれないんだよね。あまり美味しくない可能性があるから。ジークは果物の甘さは平気かな?」
ジークは甘い物が苦手と常々言っているけれど、自然の甘さは平気だろうか。クッキーを作っても一緒に食べることはないから、果物くらいはみんなで食べたい。
「どうだろうな。食べてみないことには――」
『――タメシテミロ』
ジークの言葉に被せて、妖精さんがバナナを私に差し出してきた。どうやら会話の合間にバナナの木によじ登って、食べられそうなものを吟味して採ってくれたらしい。
「ありがとう」
妖精さんが頭の上に掲げているバナナを受け取る。数は三本。丁度良いのでジークとリンに一本ずつ渡した。最近、妖精さんが何を言っても動じないようになってきたし、家庭菜園は常時なにかしら育てられているので『タネクレ』『シゴトクレ』といわれる回数は減っている。減ってはいるものの、畑の妖精さんが増えたので彼らの亜人連合国移住計画が立っている。
子爵邸は私から溢れた魔力に満ちているため、亜人連合国の魔素に合わない可能性がある。その為に向こうで一度魔力を放出して欲しいとお願いされた。私の魔力で生まれた妖精さんだから、最後まで責任を果たさないと。妖精さんの寿命がどんな長さなのか知らないけれど、向こうに行って消えちゃったなんて切なすぎる。
「クロは私とはんぶんこしようね」
『うん』
ぐりぐりと顔を擦り付けるクロに苦笑いしつつ、バナナの皮を剝く。ジークとリンは食べ方がいまいち分からないようで、私を見ているだけ。彼らからみれば正体不明の食べ物だから警戒するのも仕方ない。率先して私が食べてみるべきだろうと、この場に居ないソフィーアさまとセレスティアさま、クレイグとサフィールには申し訳ないと顔が浮かぶ。
鈴生りだからそのうち彼ら彼女らの口にも入るだろうと、バナナの実をはんぶんこして片方は私の口に、片方はクロに渡す。クロは私の肩から地面に下りて、器用に前脚でバナナの実を握り、食べやすいように更にちぎって口に運んでた。
――がり。
はんぶんこしたバナナの実を大口を開けて一口で口の中へと運び、歯で実を噛むと凄い音が頭に響いた。それも一回ではなく『がり』とか『じょり』とか堅い音が歯を動かす度に鳴り響く。種、かな。バナナの原種は種が多いと誰かから聞いたことがあるような、ないような。がりじょり、がりじょり。この場で吐き出すこともできるけれど、食べ物を粗末に扱うのは私の矜持に反する。けど噛み切れる感じが全くしない……。
「ナイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫? 凄く変な顔になってるよ……」
ジークとリンが心配そうに私を見ながら声を上げた。大丈夫じゃない……大丈夫じゃないんだよねえ。ガリガリと口の中で音が響くけれど、小さくなる気配がない。種のサイズも大きいようで、存在感が半端ないんだよね。
『?』
クロは平気でバナナを食べている。人間よりも顎が丈夫だから、種も気にせず食することができるようだ。種だけ器用に手の中に吐き出して、ごっくんと口の中に入れたものを飲み込んだ。
「どうにか。クロ、美味しい?」
ちょっと涙目になりつつ、クロに感想を聞いてみる。
『ボクは美味しいけれど……ナイは大丈夫?』
「美味しいけれど、種が多いかな……凄く……あと種は噛み切れないから、食べるのは無理だ……」
味はそれなりに美味しい。甘味の少ない世界だから、この甘さでも重宝されそうなくらいには。でもスーパーで売っていた甘いバナナさんの味をしっていると、物足りないと感じてしまう。
甘い実が生る木を見つけて品種改良、なんていう気の長い話は御免である。すっぱりと諦めるか、種があるバナナでも活用できる方法を考えるか。とりあえずは料理長さんに南国の珍しい果物が取れたと報告して、なにか考えて貰おうかなあ。持ち帰った果物の一部は料理長さんに提出してあるから、なにか先にメニューを考えてくれているかもしれないし。
「ジークとリンはどうする? 味はそれなりだけれど、種が多くてちょっと大変。先に種をほじくり出せば問題ないかな」
私の言葉を聞いて、少し考えた素振りをする二人。とはいえ元貧民街の孤児出身、食べられるものを食べないという選択はしなかった。皮の剝き方を教えて、実を半分に割って種を取り出して口に運ぶ。
「甘いね、美味しい。ナイがいうように、種が多いのがちょっと難点」
リンは苦笑いを浮かべてる。随分と種をほじってから食べたからなあ。バナナの形が無残なことになっていたけれど、種を食べるのはお勧めしない。
「俺でも食べられる。ナイ、よく種ごと食べたな……」
ジークだと丁度良い甘さなのかも。この世界基準だと確かに甘いし、美味しい部類に入るだろう。けれどやっぱり物足りない甘さで。バナナをそのまま口に放り込んだのは、前世でのイメージが強いから。かぶりつくのが普通だったし、種の存在感は全くなかったから。
前世って贅沢だったんだなと、美味しい食べ物を生み出してくれた先人に感謝を捧げていると、セレスティアさまが少し慌てた様子でこちらに顔を出した。執務室で仕事をしていたというのにどうしたのだろうか。
「ナイ、耳をお貸しくださいませっ!」
いつもクロやヴァナルを見るとデレるセレスティアさまが、今はそうならない。あ、緊急事態だと悟って、鉄扇を広げながら屈むセレスティアさまが私の耳元で囁いた。
「――え?」
なんでそんなことになっていらっしゃるのでしょうかと、頭に疑問符が沢山浮かぶのだった。