0511:【③】頑張りどころの大聖女さま。
2022.10.12 2/2回目
侍女さんにアリサを呼んで貰ってから暫く。
「アリサ、突然呼び出してごめんなさい」
貴族というのはちょっと面倒。こちらから用があったとしても、相手の格が低ければこうして呼びつけてもなんら問題はない。侍女さんの案内で連れてこられたアリサが部屋の扉からひょっこりと顔をだし、凄く嬉しそうに笑って私を見た。
「いえ! お姉さま。お姉さまのお呼び出しなら、たとえ海でも山にでも! どこへなりと私は駆けつけます!」
部屋の扉の側で大袈裟にいうアリサに笑い、手招きする。侍女さんが用意してくれたお茶とお菓子が並べられた机の上に目線がいく。アルバトロスも聖王国も甘味はそれほど変わらない。
クッキーや焼き菓子が一般的だ。乙女ゲームではチョコレートケーキを食べているシーンを見たけれど、こちらの世界でチョコレートは一切目にしていない。
なんでだろう、イベントスチルの栄え目的だったのだろうか。豪華にみえるように演出として使うことがあるからなあ。チョコレートを食せないのは残念極まりない。
「さあ、座って」
気楽に、普通に喋れたらどんなに楽だろうか。でも大聖女という立場がそれを許さない。以前であれば敬語なんて必要ないとアリサに伝えて、友達のような関係を望んだだろう。あのことを乗り越えた今は、上下関係であったとしても確りとした絆は結べると確信している。だから彼女には馬鹿な真似なんてして欲しくないし、
「ねえ、アリサ。どうしてアルバトロスの聖女さまたち……特段、黒髪の聖女さまに貴女は拘っているの? もし話せるなら私に教えて欲しいの」
私をお姉さまと慕ってくれている彼女にこんな聞き方をすれば、話してくれるに違いない。本当ならば、こんな強制的にではなくきちんと彼女の意志で話してもらうべきだけれど。でも、アリサがやらかせば絶対に大事になる。
聖王国の立場を守りつつ、アリサも今の立場も守らなければ。明るくて真っ直ぐで素直な子だから、なにかきっと事情があるに違いない。聖女としても範囲治癒魔術の使い手だ。多くの人が治療院へ訪れた際、数を捌ききれず手が回らない時はアリサの範囲魔術に頼ることがある。そうして彼女に助けられたこともあるのだから、今度は私が彼女を助けなければ。
「え……それは……」
「ごめんなさいアリサ。聖王国にお願いして『命令』を出すこともできるの。国は黒髪の聖女さまに対してとても敏感だから、直ぐに許可が下りるわ。幸いにも私は黒髪の聖女さまと縁が個人的にあります――」
アリサがナイさまと繋がりを持ちたいというのであれば、私が伝手を使って紹介くらいはできると伝えた。あと個人的ということは何度も念を押しておく。
彼女がナイさまに何かしらの感情を向けているのはバレバレだし、なにか考えでもあるのかもしれない。あとは国からの命令と脅した詫びでもある。これで話してくれなければ、本当に聖王国へお願いしてアリサに命令を下して貰わないと。
ぎゅっと手を握ったアリサを見る。彼女が難しい顔をするのは珍しい。どうやら話すか話すまいか迷っているようだ。
「アリサ、話してくれないと伝わらないことは沢山あるわ。私は貴女の過去をしらないし、貴女は私の過去をしらない。そうね、対等じゃないから私から話をしましょうか。いいかしら?」
前世の記憶持ちという話は伏せるけれど、こちらの世界に生まれてからならば何も問題はない。しっかりと彼女と視線を合わせると、黙ったまま確りと頷いてくれた。
「ありがとう、アリサ」
貴族の令嬢としてのほほんと生きて、浮かび上がった聖痕にゲーム通りと歓喜し、突然訪れた黒髪の聖女さま方の来訪になにごとかと驚いて腹を括らされた、そんな短い過去である。
「滑稽でしょう? 聖王国は腐っていたわ。あのままでは遅かれ早かれ駄目になっていたのよ。黒髪の聖女さまが私たちを煽ったことで、お尻に火を付けられた。もの凄く強引だったけれど、救われた側面もあるわ」
私の話を聞いて、驚いた顔をするアリサ。あのことについては勘違いのないように丁寧に告げた。余計に勘違いされても困るし、聖王国からぶっちゃけても良いと許可は貰ってある。
「え、だって……犯罪者を引き渡さないと、竜をけし掛けるって聞きました!」
「事実だし、正当な要求ね。罪を犯したのは聖王国に所属している枢機卿さま。自分の身可愛さにアルバトロスから聖王国へと逃げ帰ってきたんだもの」
聖王国とアルバトロスが犯罪者引き渡し条約とかを結んでいる訳じゃないけれど、真っ当な要求ではある。だって聖王国の前教皇が匿っていた節があるし。
アリサに政治的な話は難しいかもしれないが、良い機会だとあの事件の顛末を全て話しておく。着服した金額も告げると、目をまん丸にして驚いていた。気持ちは分かる。たった十五歳の少女が、あり得ない金額を貯め込んでいたのだから。
「嘘……」
「アルバトロスの障壁を維持している方のお一人。それも一番補填頻度が高いそうよ」
アルバトロスの重要拠点には魔術障壁が張られている。それを維持する為に聖女さまがおり、王都の城の魔術陣へ魔力を補填している。
ゲームでの知識と、新たに聞いた事実もある。あの障壁、有事の際にはアルバトロス全土に展開できるそうだ。ゲームだと平和だったので、そんな描写が一切なかったけれど、ナイさまが一度張ったことがあるとかないとか。
「…………」
流石になにも言葉にできないらしい。本当に黒髪の聖女さまは規格外だと、笑みが零れる。
「なにをどう足掻いても悪いのは聖王国。貴女が黒髪の聖女さまの立場になった時、同じように力があればそう行動するでしょう?」
こくり、と神妙な顔で頷いた。あとは聖王国立て直しの話だ。ここ最近のことだし、私たちが先頭に立っていろいろと動いていたのは彼女も知っている。それから最近アリサと一緒にいるようになった。
「ちょっとそれちゃったわね。さあ私の話はこれでお終い。次は貴女の番。もちろんアリサが話したくなければ何も言わなくていいわ」
「えっと……私はイクスプロード伯爵家の長女として生まれました。家は伯爵家というのにかなり貧乏で……」
訥々と語り始めたアリサは、一度話を始めると止まらないようだった。家が貴族というのに極貧だったこと、貧しさ故に病に伏した母親を助けられなかったこと、魔力に目覚めて聖女として認められ頑張って貯めたお金で領地に戻れば家族から愛されなかったこと。
どこにでもある不幸だ。
聖女として召し上げられた謝礼金を父親は領内へ注ぎ込んだ。貴族としては普通のことだが、娘としては複雑な気持ちになる。早く聖女として働いていれば、お母さんを助けられた可能性もある。後悔しても遅いけれど、人間だ。悔やまずにはいられない。
それを隠して笑って私の側で過ごしていたのは、強い子なのだろう。領内に、ご家族か、誰か彼女に寄り添ってくれる人がいれば、目の前の子がこんな思いを抱かずに済んだ。
世の中ままならないなあと、今にも泣きそうな顔で語るアリサの手を握る。辛かったね、なんていえない。それは彼女にしか分からないのだから。頑張ったね、なんていえない。それも彼女にしか分からないのだから。私にできることは、彼女の側にいて、ただそっとその背を撫でるだけしかできなかった。
わーい! 予約投稿出来てなかった!!! orz