0504:フォローを試みる。
フィーネさまとメンガーさまによる乙女ゲームのおさらいを受けて、学院からミナーヴァ子爵邸へ戻って直ぐ。
出迎えを受けた玄関ホールで彼ら彼女らに振り返り、名を呼ぼうと口を開いた。
「ソフィーアさま、セレスティアさま。少し話があるのでお時間を頂いてもよろしいですか? ジークとリンも大丈夫?」
お仕事中なので問答無用で呼び出しても良いけれど、やはり個人の意思は確認しておくべきだ。後ろを振り返り、四人の顔を見据える。
「わかった」
「わかりましたわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが頷く。
「ああ」
「うん」
ジークとリンも私のお願いに同意してくれた。クレイグとサフィールも呼ぶべきか迷ったが、夜に喋ればいいだろう。ソフィーアさまとセレスティアさまが居ると、本音が言えない可能性もある。私が呼び出すことは珍しいので、一体なんだろうという顔を浮かべる四人。軽い確認のようなものだから、気軽にして貰いたいけれど、内容が内容だから人払いは済ませておかなければ。
私室に来て欲しいと告げて先に部屋へと戻る。さて、どう切り出すべきか、どう話をすれば相手を傷つけず終えることができるのか。悩ましいと考えながら、侍女さんたちにお茶を人数分用意して欲しいとお願いして、四人がやってくるのを待つ。
『緊張してる?』
「そんなつもりは……まあ、上手く説明できる自信がなくて緊張してるかな」
クロの問いかけに答える。ソフィーアさまとセレスティアさまが同席する必要があったから仕方ないし、この世界がゲームが舞台であると彼女たちは知っている。もちろんジークとリンにも話したし、クレイグとサフィールにも告げている。
「ナイ、いいか?」
開いたままの部屋の扉の前には四人の姿が。どうぞ、と部屋へと入ると同時に侍女さんがお茶を用意してくれて出て行った。ふう、と息を吐く。口は上手くないのだから、飾らない方がいいか。それぞれ席に座って私の顔を見ている。
「上手く言えませんが、ゲームの話を明け透けに語り過ぎたかなあと。もう少し大聖女さまに配慮をお願いすべきでした」
ごめんなさいと頭を下げる私を見て、顔を上げろというソフィーアさまとセレスティアさま。ごっそりと抜け落ちていたけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまとジークはゲームの登場人物だ。
リンに限っては小さい頃に死んでしまったと聞いている。この世界がゲームが舞台だとヒロインちゃんの言葉で察することができるけれど、ゲームを信じて行動したから身を滅ぼしている。知ってしまうとああなる可能性もあった訳で。
「私が破滅しているとは信じがたいが、ナイが居なければ落ちぶれていた。ゲームがどのようなものかは分からないが、あまり私たちに気を遣い過ぎるな」
「ですわね。ナイが居なければわたくしや辺境伯家の評判は落ちていたでしょう。それにゲームとやらと同様の結果を齎す訳ではありません」
乙女ゲームの概念が通じ難く、いやテレビゲーム自体の概念が伝わり辛く物語のようなものと告げている。
ボードゲームなら通じるけれど、機械製品となると説明が一気に難しい。選択肢で物語の過程や結果が変わると告げると、驚いていたし。言いたいことは終えたお二人は、ジークとリンへ一つ頷いた。
「俺は今あるものしか信じていない。確かに影響があるようだから気を付けるべきだが、ナイが謝ることじゃない」
「私はナイのお陰で今を生きているよ」
ジークとリンは貧民街で精神を鍛えられた所為か、考え方が現実主義者なのだろう。二人は護衛騎士だから私の側に居る時間が長くなるため、ジークとリンはゲームの情報を一番多く耳にしている。ジークはゲームのヒロインと恋仲になる未来もあったと知っているし、リンも幼い頃に死んでいると知っていた。けどジークはヒロインと結ばれることはなく、リンは貧民街を生き抜いた。
四人の様子を見るに、あまり気にする必要はなかったかなあと苦笑い。多少の事では狼狽える人たちではないから、私の心配は無駄に終わった気がする。けどなにも話さないまま、頭の中でぐるぐると考えているよりも四人の気持ちを知れたのは良いことだろう。
「ナイがゲームの話を壊している上に、ゲームを引っ張り込む縁があるようだからな」
「ジークフリードさんのおっしゃった通り、気を付けておくに越したことはありませんわね。実際、アガレス帝国に強制召喚されたのですから」
お二人の言葉を否定できない。Aシリーズ二期と三期は私がぶち壊したようなものだし、Bシリーズ一期もアガレス帝国は割と大変なことになっている。平穏な生活ってどこにあるのか探したいけれど、見つけられることはあるのだろうか。……なさそうだなあ。子爵領もやるべきことが沢山あるし、新しい島に釣りに行かなければ。
「話は変わるが、聖王国の大聖女と伯爵子息に願った『ショウユ』『ミソ』というのは一体なんだ?」
「ああ、わたくしも気になりますわ。話に入れず見ていることしかできませんでしたから」
フィーネさまとメンガーさまがお醤油さんの作り方を知っていたようだし、上手く行けばお味噌さんも手に入る可能性がある。
どのくらいお金が掛かるか分からないけれど、大量生産する訳じゃないからソコソコで済むはず。足りないというならば、子爵領に魔力を注ぎ込んでお金を稼げばどうにかなるはず。雑な金策だけれど魔力にものをいわせた行動しか取れないし。前世でもう少し雑学を浅く広くでも知っておけばよかったと残念さを感じる。
お二人の疑問にどう答えたものかと少し思案して口を開く。
「生まれた国独自の調味料ですね」
この辺りが無難だろう。類似品はあるけれど、やはりあの味に届くことはないので恋しい味である。お味噌さんも恋しい。でもお味噌さんが手に入るならば、やはりお米さんもセットだろう。
ピカピカの銀シャリもいいけれど、おにぎりさんにおかゆさんとか……う、ご飯が食べたくなってきた。一生、口に出来ないから考えないようにしていたけれど、長米さんを手に入れて品種改良を試みることもできるなあ。面倒ごとは多いけれど、こういう食べ物関係が充実したのはありがたいことで。
「興味はあるな。話を聞けば文化が成熟していたようだし、暑熱対策の話は興味深かった」
「ええ。騎士団に軍、各方面に展開している領軍の方々にも朗報でしょう」
アルバトロスは夏になると暑い。湿気は少ないので日本ほどの蒸し暑さはないけれど、暑いものは暑いので、倒れる人がままいると聞いていた。熱中症対策は公爵さまが情報を買って下さった。もちろん軍だけに普及させるつもりはなくて、対処法をばら撒くようでいろいろな場所に話を持ち掛けている。
あと、フィーネさまは『はちみつレモン』の作り方を公爵さまに渡したようだ。不意に彼女が口にした言葉を耳聡く聞いていたようで、公爵さまがレシピを買うと仰った。私はタダで手に入れたのだけれど、良かったのだろうか。作ることに対してそんなに興味はなく、マヨネーズごはんとかで凌いだこともあるから、贅沢はあまりしてなかった。施設で暮らすより自由が利いたし、社会人時代のホワイト企業に勤め始めてからは充実していたから、文句なんてない。
お貴族さまなのでタダで渡すことはなく、売り払うつもりだろう。人の役に立つものならば、高く情報を売ればいいと言って下さったのも公爵さま。妙な連中に目を付けられても困るので、情報を売り渡す際は一度ソフィーアさまに相談しろとも告げられている。
「ナイは降りかかる問題よりも食い気が優先か」
ふ、とソフィーアさまが笑みを浮かべ。
「よいではありませんか。芋にとうもろこし、子爵邸の家庭菜園で採れた野菜と子爵領で収穫した果物の評判が上がっていますわ」
セレスティアさまが仰った言葉は初耳なのだけれど。消費しきれない余ったものは売り払うとは聞いていたが、評判が上がっているとはこれ一体。
「あ、あの……どういうことですか?」
聞いてみた方が早いと、おそるおそる口を開いた私。
「報告したぞ、ナイ。余った野菜と果物は余裕のある貴族に売り払って、金に換えるとな」
「ソフィーアさん、その時のナイは子爵領で採れたオレンジの味見をしていましたわ」
思い返すとそんなことをソフィーアさまが報告していたような。オレンジを食べることに必死だったので、右から左に流していたかも。大事な話だと執務室でちゃんと報告されるから意識して聞いていなかった。
「…………ああ、そうだった。耳だけ貸せといったな……」
ソフィーアさまは手を頭に当てて、溜息を吐いた。だってその時のオレンジさんが美味しくて、聞いてはいたものの直ぐに頭から抜けていた。
私をジト目で見ながら、その時のことを再度口にするソフィーアさま。信頼するに足るお貴族さまには適正値で売り、どうしても欲しいと懇願して羽振りの良いお貴族さまには吹っ掛けているんだって。割とえげつない手法なのだけれど、お貴族さまの世界だと当たり前なのだろうか。
「ナイ。ゲームに関しての情報は聖王国の大聖女とメンガー伯爵子息しか知り得ませんわ」
セレスティアさまが、ばっと鉄扇を開いて口元を隠しながら告げた。確かにゲームの情報はフィーネさまとメンガーさましか知りえない。ヒロインちゃんも知っているけれど、情報の確度が落ちるので信用できないし。
「食にこだわるのも構わんし邪魔する気もないが、貴族にとって情報は命だ。機会を見計らって彼女たちと話をすべきだな。ゲームとやらの話は乖離しているから、私たちのことは気にするな」
「ええ、ゲームに囚われ過ぎると身を破滅させましょうが、適度に接すれば利用価値の高いものとなりましょうから」
ソフィーアさまとセレスティアさまが真剣な表情で告げたのちに、私が食べ物に集中している時は雑事でも話すべきではないとお二人で取り決めをしているのだった。のちに家宰さまや邸で働く方たちの間にもオレンジの件が通達されていたなんて、この時の私は知る由もなかった。