0503:【③】ゲームのおさらいをしよう。
仕切り直して、Bシリーズの解説となった。フィーネさまがセカンドIPを示す為に、指を二本立てている。紅茶が冷めたなあと、猫舌の私でも飲める温度に下がっていた。
「ではセカンドIP、通称Bシリーズ一期の説明に移ります。セカンドIPは売れないというジンクスを打ち破るべく満を持して出した第一作、それが――」
彼女が凄く長ったらしいゲームタイトルを告げた。異世界召喚モノで、性格故にうだつの上がらない主人公が恋愛を経て、大きく成長する恋愛物語。
当時、流行だった長いタイトルをつけて物語の大筋をタイトルで説明するという手法を真似て、乙女ゲーマーたちの話題をさらったのだとか。覚えられない、とメンガーさまを見ると、同じ気持ちだったのか確りとひとつ頷いてくれた。
「攻略対象は十五人。キャラに特徴を持たせ過ぎた所為で受けはあまり良くなかったのですが、キラリと光るものがありました」
キャラを出し過ぎた為に各キャラの掘り下げが上手く行かず、出した設定も使いこなすことが出来ずに終わってしまい、二次創作界隈が大いに賑わったとかなんとか。黒髪黒目を信仰している東大陸が舞台となり、異世界から召喚された日本人主人公はそれはもう皇子たちに大切に大切に扱われた。
第一皇子のアインは不器用ながらも愛していた――両刀設定は主人公に靡いたので、無視でOKらしい――し、残りの皇子たちもそれぞれの愛し方で、主人公と接していたのだとか。私が感じた第一皇子の印象は、モラハラDV夫という言葉がピッタリなのだけれど。乙女ゲーって凄く視界が狭い気がする。まあ、それを言ってしまうとエロゲやホモゲなんかも同じかもしれないから、乙女ゲーだけを悪くいうのは筋違いかもしれないが。
第六皇子とかもお金の話しかしなかったから、裏では日本の情報や知識で一儲けしようと上手く騙してそうだよね。仲良くなれば、ポロっと情報を零してしまうかもしれないし。それがお金儲けの話なら凄く食いつきそうだ。私の場合はポロっと零したとしても、ちゃんと情報の価値や意味を教えてくれる方がいるからいいけれど。
Bシリーズ一作目の主人公が皇子たちの言葉を鵜呑みにしたことが信じられないが、状況的には仕方ないともいえる。後ろ盾である彼らに頼るしかないし、短い時間で公爵さまと私のような信頼関係が結べるはずはないのだから。
「Aシリーズと同様、声優さんと絵師の方は豪華でしたからね。プレイする上での最低ラインは超えていたので……」
シナリオも面白ければ文句はなかったのですが、とフィーネさま。どうやらBシリーズ一期には不満があるようだ。あと自分と同じ黒髪黒目だったので没入感がイマイチだったとか。
乙女心は難しいなあ。その手のゲームを手に取ったことがないから、彼女の残念さが理解できないけれど。漫画だと話さえ面白ければ文句はないし、見せ方とかもあると思うんだけれどね。漫画とゲームでは媒体が全然違うから、比べるだけ無駄とも言われそうだから黙っておくけれど。
「髑髏の幽霊であるヴァエールさまや黒髪黒目を食べる風習がある国は全く出てきませんでした」
欠片もなかったらしい。まあ主人公を食べる国なんてあったとしても、皇子たちが隠すだろう。皇宮で保護されているので拉致は難しいだろうし、危険なのは王都の街に繰り出した時くらいかな。でも黒髪黒目信仰がある帝都だと騒ぎになるし、衆人環視の中で拉致を実行するとなればかなりのやり手でないとなあ。
「あ、ウーノさまたち皇女殿下方はゲームではどうしていたのですか?」
小さく片手を上げて、フィーネさまに質問を投げた。
「俺も気になります」
ね、とメンガーさまと顔を合わす。皇子たちより有能だから、黒髪黒目の主人公と接触していないことはあるまい。
「ゲームでは存在を明らかにされただけで、会話や接触は全くありませんでした」
私たちはゲーム、ゲームと言っているけれど、この世界に生きている人たちは現実だ。今この場に居るソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンにあとで話をしておいた方がいいかな。
ソフィーアさまとセレスティアさまが気にすることはないだろうけれど、Aシリーズ一期通りに話が進んでいれば、破滅していた方たちである。いい気分では聞いてないだろう。ジークとリンもヒロインちゃんと接触しているから、変だと感じてはいただろうし。あー、うん。ちゃんと話をしておいた方がいいな。ゲームと今ある現実では随分とシナリオがかけ離れているから心配はしていないが。
しかしまあ、皇女殿下たちはゲームだと登場しなかったのか。都合の良い部分しか使っていないのだなあと、フィーネさまを見ると彼女も苦笑いを浮かべていた。私たちの場合は、ウーノさまと接触して話をしているから、ゲームで存在だけが明らかにされて主人公との接触がなかったことに違和感が湧く。
「甘々なシナリオを目指したと開発陣がインタビューで答えていましたから。都合の悪いことや無駄なことは極力省いたのかもしれません」
出した設定やキャラを使いこなせていなかったと先ほど言っていたから、その弊害かな。もう少しマトモなシナリオだったら、私たちが巻き込まれず済んでいた…………ないか。
「黒髪黒目信仰というピンポイントですもんね……そのお陰で私が拉致された訳ですが」
そう、黒髪黒目というピンポイント設定だ。ゲームでは東、西大陸に黒髪黒目は居なかったから、異世界召喚儀式を執り行った訳で。一番近くにいた黒髪黒目の私が魔術陣を介して召ばれてしまった訳で。
「前世が日本人だったので、一緒に召ばれました」
「俺もです」
フィーネさまとメンガーさまが微妙な顔をしつつ、私を確りと見た。
「ナイさまがいて本当に良かったです。あの場で切り殺されていてもおかしくはない状況でした」
「対抗できる武力がありませんし、一人でアルバトロスへ戻る自信なんて欠片もないですから」
お二人はアガレス帝国では無名も良い所だ。私は黒髪黒目というステータスがあるので、仮に魔力を持たず無力だとしても助かっただろう。
フィーネさまがいった通り、アガレス帝国で切り殺されて闇に葬られるのがオチだろう。聖王国が大聖女さまを知らないかと問い合わせても、西大陸の者など知らないで突っぱねられるし。日本人だとこの場で強調したのは改めてお礼を伝えたかったのだろう。律儀なものだと苦笑しつつ口を開く。
「お気になさらず。一緒に居てくださったので心強かったです」
うん。フィーネさまとメンガーさまが居ない上に、居るのがヒロインちゃんと銀髪くんだけであれば地獄である。あんなのを二人引き連れて帝国を脱出する気力なんて湧かないので放置したいけれど、アルバトロスと亜人連合国の管理下に置かれているので無下に扱えないという面倒くさい二人なのだ。
それならば一人で召喚されて、帝国で暴れ回った方が気楽というもの。あ、私一人で召喚されていれば今頃帝国は崩壊していたかもしれない。だって二人を守る必要はないから、全力を出してしまっても問題がない。アガレス帝国的にはフィーネさまとメンガーさまを巻き込んで助かったのかも。二人を巻き込んだことで賠償が膨らんだが、国自体は存命しているのだから。
「あ、同郷繋がりということで……お醤油やお味噌の作り方を知りませんか?」
ちょっとしんみりしそうだったので話題を変えてみる。他にも日本的なものを知らないだろうか。西大陸にお米は存在しているものの長米である。アルバトロスよりも北の国で生産されているのだけれど、こちらにまで出回らないので生産量が少ないのだろう。
なのでアルバトロスでお目に掛かることはほとんどない。聞きなれない言葉に後ろで控えている方たちが首を傾げているし、クロは『オショウユ、オミソってなに?』と小声で聞いてきた。故郷で食べてたものだよとクロに返事をして、フィーネさまとメンガーさまを見ると、難しい顔を浮かべている。嗚呼、やはり手に入れることは無理かあと残念な気持ちに陥るが、代用品はあるのだ。ただ単純に魚醤でお刺身を食べることに忌避感があるだけで。仕方ない南の島に行った際には、魚醤で食べるか、焼き魚にするか。
「……作り方くらいなら知っていますが、実際に作るとなると」
「俺も大聖女さまと同じですね。知識はありますが道具や設備がないですし、開発資金もありませんしね……」
「――っ!!!!」
エイドリアーーーン! というかお二人とも作り方を知っているのにチャレンジしていないとはこれ一体。人生は運と人脈とチャレンジなんて言葉――誰かが言っていた――があるのだから、挑戦しなきゃ。お金ならば私が出せば問題解決するし、作り方を知っているというならばその知識を買って挑戦するから是非とも教えて欲しい。
というか作り方を知っているなら挑戦して。私なんて作り方すら知らないから、手をこまねいていただけなんだぞ。とうもろこしさんは順調に品種改良できてニマニマしていたけれど、お醤油さんとお味噌さんは加工品だから無理だったんだぞ。
「お二人ともお願いがあります!」
早口で捲し立てながら、椅子から勢いよく立ち上がる。あ、クロが驚いてセレスティアさまの方へと飛んで行った。いつもならばクロを回収するけれど、ごめん今はそれどころじゃないのだと、フィーネさまとメンガーさまに顔を近づけた。
「は、はあ?」
「み、ミナーヴァ子爵、一体どうしました?」
状況が飲み込めていないのか、ぱちぱちと目を何度も瞬きをして私を見たお二人。
「お願いします! お金は出しますので、お醬油とお味噌の作り方を教えてください。もしくは作ってください!!」
がばり、と私は頭を下げた。後ろに控えている方たちが驚いているけれど、気にしちゃ駄目。そんな些末事よりもお醤油さんとお味噌さんである。
「え?」
「ええ?」
頭を下げたままなのではっきりとは分からないが、お二人は随分とおろおろとしているようだ。
「ナイさま、顔を上げてください! ……えっと、作り方くらいであれば。紙に纏めて提出することくらいはできますが、素人なので合っているかどうかが分からないですよ?」
「ならば大聖女さまと俺のレポートを比べてみれば良いかと。食い違う所は三人で考えればいいですし、両方試してみるという手もあります」
お二人の素敵な言葉にがばり、と顔を上げた私。フィーネさまとメンガーさまに後光がさしている。ああ、神よ。貴方はここにいらしたのですねと手を合わせた。
「そ、そんなに恋しいものでしたか……」
「俺はご飯が食べたいです」
どうやらフィーネさまはもともと洋食嗜好だそうで、この世界の食べ物でも満足しているようだ。ただ甘味が少ないし、出汁が効いているものが少ないので物足りなくはあるそうで。メンガーさまは白米が恋しいみたいだった。それに醤油と味噌も食べたいし、アルバトロスでは魚介類は貴重で滅多に口に出来ない為に寂しい思いをしている。
メンガーさまと握手したいけれど自重しないと。私の熱意に圧されたようで、今晩からでもレポートに取り掛かってくれるらしい。本当、マジでありがとうございますとまた頭を下げれば、慌てて顔を上げて欲しいと懇願されるのだった。
陽も落ちるから、解散しようとサロンをみんなで出て帰路に着く。そうして乗り込んだ馬車の中。アリアさまは先に帰って貰っていた。ちょっと寂しいなあと感じていると、あることが思い浮かぶ。
――あ、Bシリーズ二期の話を忘れてた。
二学期から一緒の教室で過ごすのだから、また聞けば良いかと茜色に染まる王都を馬車がゆっくりと走るのだった。