0502:【②】ゲームのおさらいをしよう。
Bシリーズを語る前に、Aシリーズ三作目の詳しい話はどうなっているのかと、脱線してしまった。ちょうど主人公であるアリサ・イクスプロードさまがアルバトロスにいらっしゃっているので、どんな方なのか興味本位で聞くと逸れに逸れた。
Aシリーズ三作目『黄薔薇庭園』の攻略対象は五人。その誰もが私が取った行動で実家が失墜し、三作目主人公であるアリサ・イクスプロードさまと関わることはなかった。
代わりに大聖女さまに凄く懐いたそうで、激重感情を向けられているらしい。ヴァンディリア王国の王族籍から抜けた第四王子が修道士として聖王国で日々を過ごしているが、彼もまた大聖女さまに懐いたそうだ。
「アクセルのお母さんの顔なんてゲームでは描かれなかったので判断できませんが、私と凄く似ているそうです」
転生者仲間ということである程度、言葉は崩しても良かろうと三人で話し合っている。ソフィーアさまとセレスティアさまも個人的な場なら良いだろうとのこと。
話の内容の報告はするから、聞かれたくないことや言いたくないことはきちんと考えて発言しろって。本当ならば洗いざらい聞き出したいだろうに、それをしないのは温情なのか。フィーネさまは大聖女さまなので、聖王国との兼ね合いも考えているのだろう。
「マザコンでしたからね……」
ご愁傷さまですとういう言葉はすんでの所で飲み込み、心の中で手を合わせておく。面倒なことになると困るので、フィーネさまと接触できないように隔離措置が取られているが、いついかなるときに再会するか分からないので気が抜けないのだとか。
「男なら母親離れは済んでいそうですが。まあ、マザコンですからね……」
メンガーさまが微妙な表情で呟いた。ゲームで第四王子がマザコンだと知っていたようだ。確かに十代に突入した男の子ならば母親離れしていそうだけれど。
第四王子さまには第四王子さまの事情があったのだから深く追求する気はないが、問題起こして王族籍から出されたのは致し方ないのだろう。今までの教育費やらを返せと言いたい人もいるのだろうなあ。第四王子殿下のお母上の実家とか頭を抱えているんじゃないかな。ヴァンディリア王家との繋がりを失ったも同然だろうし。
「それで、アリサの事ですが」
「はい」
「ナイさまに敵対心を抱いています。その理由の根幹が分からないので、解決しようもないのですが」
はあ、と大きなため息を吐くフィーネさま。敵対心を抱かれても、どうぞご自由にとしか言えないんだよね。心の中で私のことをどう思うかなんて個人の自由だし、表で問題にならないならば好きにすればいい。表立って行動されれば対処するし、危険ならば排除したり聖王国に戻って頂くこともできる。
フィーネさまとイクスプロードさまはアルバトロスに留学させて貰っている立場となるので、妙な行動は取れないはず。メンガーさまがフィーネさまに『大丈夫ですか?』と声を掛けたけれど、頭を抱えたまま反応しない。
「ああ、申し訳ありません。大丈夫です。少し現実逃避をしていました。――ゲームでは彼女の事情はあまり開示されなかったから……」
渋面のフィーネさま。大聖女さまとしてそんな顔を浮かべてもいいのだろうか。まあ、個人的なお茶会なので問題はないけれど。
「調べないのですか?」
聖女として召し上げられたのだから、家のことは聖王国の教会が調べる気がする。イクスプロードさまに裏があれば、そもそもフィーネさまに近づけないだろうし。
「もちろん、表面上のことは調べられています。貧乏伯爵家の次女でお金を稼ぐために喜んで聖女になり、ヒーローたちと恋仲に落ちるのですが」
ここまではゲームの情報通りだそうで。あとはお母さまを亡くしているとか。
貧乏子だくさんという言葉は異世界でも通用するらしい。貧乏故、夜にやることがないので勤しむし、働き手として子供は大切な労働力であり、女の子であればいい家に嫁いで援助を願うことができる。幼い時分にきょうだいを何人か亡くし、彼女も家の都合で教会へ簡単に明け渡されたのだとか。もう少し簡単にいえば口減らしらしい。
「ゲームではそんなこと一言もなかったんです」
「あ、俺もそんな記憶はありませんね」
乙女ゲームだし暗い設定は避けるかもね。もしくは開示されないだけで裏設定として存在していたか。明るく真っ直ぐな乙女ゲームの主人公が背負っていそうもないねえ。まあ文明が成熟していないのだから、娼婦や奴隷として売られなかっただけマシだろう。奴隷制度のある国は少ないが、女衒や奴隷商が国を越えて買い付けにくることだってあるだろうから。
「ナイさまよりも私の方が聖女として優れていると一点張りですから。アルバトロスの教会でなにかひと騒動あるのかもしれません」
またため息を吐くフィーネさま。ため息を吐くと幸せが逃げていくので、あまり吐かない方がよいのでは。でも原因が私にあるので言い出せるはずもなく。
聖女としてなら私よりもアリアさまの方が凄い気がするけれど。怪我の傷とか綺麗に消すことができるし、魔力量さえ確保できれば四肢欠損も再生できると聞いたような。
「フィーネさまと私は、一緒に行動しない方が無難みたいですね」
一番無難で簡単な方法がコレになる。フィーネさまとイクスプロードさまはアルバトロスの王城で来賓として、日々の生活を送ることになっている。学院と教会でばったり鉢合わせさえしなければ、大方の問題は回避されるはずだ。
イクスプロードさまだけに囚われていたら目の前のことが見えなくなってしまう。
二年生一学期は、リーム王国の王太子殿下の戴冠式と第一王子殿下の王太子就任式に出る予定だ。筆頭聖女さまにお願いすればいいじゃんと心底思うけれど、彼女は引退間近の身で外になかなか出られないそうで。体調がよろしくないと公爵さまから聞いているし、お年寄りに無理強いさせる訳にもいかない。仕方ないと諦めて『筆頭聖女代理』の称号だけは付けられないように立ち回らないと。
「問題を回避するならそれしかないですよね」
ですよねーとフィーネさま。フィーネさまの隣に座っているメンガーさまが首を少し傾けたので、何事かと彼の方へと顔を向ける。
「ミナーヴァ子爵と彼女をぶつける方法もありますが、劇薬過ぎますかね?」
傾げた首を元の位置に戻したメンガーさまは割と思い切ったことを告げた。それもそれでアリだけれど、イクスプロードさまは耐えられるのだろうか。私は彼女から何をされても受け流す自信はあるけれど、彼女が何かあった場合に問題が起こりそうなんだよね。
子爵位を賜っている身だから特進科だと身分が一番上。ミナーヴァ子爵の威光に預かろうと近寄ってくる生徒もいる――私付きの侍女二人に全て追い払われているけれど――から、忖度してイクスプロードさまに妙なことをしなければいいが。
「やはり駄目ですか」
「あまり気にしても仕方ないかと。イクスプロードさまがどんな行動に出たとしても、魔術を使用しない限りは大事にはならないはずです」
イクスプロードさまも聖女だから、魔術は行使できるはず。あとは治癒以外にどんなことが出来るかが問題となるだろう。
「ああっ!」
「え?」
「あ……!!」
フィーネさま、私、メンガーさまの順番で短い声を上げた。な、なに、とフィーネさまとメンガーさまを交互に見る。
「……やばいです!」
「不味いですね……」
フィーネさま聖女としての仮面が外れていないかな。メンガーさまはメンガーさまで目を細めて微妙な顔になっているし。
一体なんだろうと二人の言葉を待っていると、フィーネさまが椅子から立ち上がる。
「三期グランドルートの最後は女魔術師との決戦になるんです! それも黒い女魔術師と呼ばれる、年齢を誤魔化した見た目が少女なんですっ!!」
フィーネさまとメンガーさまが私を見るけれど、私は聖女であって魔術師ではない。
「はあ」
へー、そうなんだと他人事のように答える。黒い女魔術師ならば全身黒づくめとかでも、二つ名が付きそうだけれど。それに聖王国が舞台ならば、あちらの国周辺の方じゃないのだろうか。ゲームの時間軸は過ぎているようだし、完全に逸脱しているからなあ。
「……ナイさま、何故そんなに他人事なんですか」
「今の時点では他の方の可能性が高くありませんか?」
私の為に時間を取って説明してくれているのは重々承知しているし、ゲームの強制力とやらがあるのならば気を付けておくべきだけれど。黒い女魔術師を私と仮定するのはちょっと無理があるのでは。チビという符号は当てはまっているのが、凄く不本意だ。
「それは……」
「用心をするに越したことはありませんが、余り気にし過ぎるのもどうかと」
シナリオをぶっ壊している人間がいう台詞ではないかもしれないが、気にしても仕方ない部分があるんだよね。東大陸の辺鄙な場所にあるという、黒髪黒目を食べる風習がある国の人たちを気にするほうが重要な気もする。ウーノさまに丸投げしてアルバトロスに戻ったけれど。
「ミナーヴァ子爵。アリサ・イクスプロードさまはゲームの主人公です。一期のアリスと同じように覚醒イベントがあったので、彼女の行動を見守るべきかと。何が起こるか分かりませんしね」
ヒロインちゃんと同様に魔眼持ちとかの可能性だってあるか。彼女が覚醒して違う世界から誰かを呼び込むことだってあるかもしれない。まあメンガーさまのいうとおりだろうか。そしてフィーネさまも。でも、どう気を付けたものだろうかと、うんうん悩み始めるのだった。






