0501:【①】ゲームのおさらいをしよう。
二年生一学期初日の放課後。
聖王国大聖女さまであるフィーネさまと、アルバトロス王国メンガー伯爵子息であるエーリヒ・メンガーさまと私で、乙女ゲームの情報をすり合わせしようと、学院のサロンで顔を合わせていた。
お茶とお菓子が用意され、フィーネさまは落ち着いた雰囲気、メンガーさまはソワソワしている。私の後ろにはいつものようにソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンが控えていた。この場には私たちが転生者だと既に知っている人しかいないので、気を使う必要はない。クロとロゼさんとヴァナルもいるけれど、細かいことは気にしないから聞かれても問題ないし。
「ナイさま、先ほどはアリサが失礼をいたしました」
学院で学びたい、ではなく聖女として切磋琢磨したいと仰っていた。学院には私の他にも聖女さまが居るというのに、視線は私にだけ確りと向けられていた。イクスプロードさまから目を付けられたところで、何もできないだろうというのが本音。アルバトロスに留学に来ている立場だから、妙な行動は取れないし。
「いえ。元気があっていいではないですか」
教室は一緒になるからフィーネさまの様子を聞こうと挨拶をと彼女の下へ行くと、猫が逆毛を立てているようにイクスプロードさまが私に視線を向けていた。
一応立場は理解しているようで、その時はなにも言われなかったけれど、そのうちに何かしら起きそうな予感はしている。聖女としての立場に誇りを持っているようだし、教会あたりで一悶着が起るんじゃないかな。何をするのかは定かではないけれど。
「私を慕ってくれるのは嬉しいのですが、私以上の聖女は居ないと豪語するんです……ゲーム三期の主人公なのにどうしてこうなったのか……」
あ、いや、うん。それを言われてしまうと、こちらが謝らなければ。私が思いっきりゲームのシナリオを動かした……いや、ぶっ壊したらしく、ゲームのシナリオの原型なんて留めていないのだとか。
今日はその打ち合わせというか、アガレス帝国に強制召喚されたことは予想外だったので、これから起こる危険の洗い出しをしようという訳だ。フィーネさまとメンガーさま曰く、私が関わると大事になってしまうので、なるべく丁寧にやりましょうと二人して確りと頷き合っていた。
「聖王国の大聖女さまなので、間違いではない気がしますが」
私はただの『聖女』で、フィーネさまは『大聖女』という称号を持っているのだから格上だろうに。聖痕なんて私は持っていない。ただ魔力が馬鹿高いだけで。……それが原因でいろいろと引き起こしたけれど、乙女ゲームとまさか関係していたとは思うまい。
「私よりも西大陸ではナイさまが有名です。東大陸では黒髪黒目信仰がありますし……」
「……私と立ち位置変わりますか?」
本当、立ち位置を変えて欲しい。黒髪黒目は無理だけれど、アルバトロスで筆頭聖女を務めることはできるんじゃないかな。筆頭聖女の役割は外交担当だから、政治に関わっているフィーネさまなら大丈夫そうだ。ちょっと背が低いけれど、外見もばっちり整っているし。
「いえ、大丈夫です」
フィーネさま、割ときっぱりと物事をいう時があるよね。髑髏の幽霊に腕のいい浄霊師が居ると告げたのも聞いたし。聖王国を追い込んだ私が言える台詞ではないけれど、立て直しの際に精神面が強化されたのだろう。
「…………」
女同士の会話に入れないメンガーさまが、黙ったままで居辛そうに紅茶に視線を落としていた。本題に入る頃合いかと口を開いた。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。わたくしの為にお時間を頂き申し訳ありません」
今回の提案はフィーネさまからだけれど、乙女ゲームのシナリオが私を軸にして崩壊しているから、ゲームの概要だけでも知っておいてくださいとのことだった。気にしても仕方ないようなと思う気持と、知っておけば事件が起これば防いだり回避できるという気持もあり。
「お気になさらず。役に立つかどうかは分かりませんが、ゲームについて知っていることが増えればもっといい結果になる可能性もありますから」
「俺はファーストIPしか知らないので、お役に立てるかどうかは分かりませんが。知りうる限りを思い出します」
メンガーさまが申し訳なさそうに告げた。彼は時系列が過ぎてしまったゲームの作品しか内容を知らないそうだ。今の時間軸だとセカンドIPの一期で、帝国でゲームのヒロインが異世界――日本――から召喚されて青春していたのだとか。
「では失礼ながら本日は私、フィーネ・ミューラーが取り仕切らせて頂きます」
彼女の言葉にメンガーさまと私が確りと頷く。ちゃんと時系列を追ってファーストIP一期から説明してくれるそうだ。
「とある乙女ゲームメーカーが作った処女作『白薔薇庭園』は超人気有名声優と有名絵師を起用して作ったものです」
一作目から豊富な開発資金を投じて、人気声優さんと絵師さんを起用して女性の心を掴んだのだとか。ノベルゲームだというのに、肝心のシナリオは普通と称されたり駄作と称されたりと人によってさまざま。
「ロサぎが……?」
タイトルなんていったかなと思い出しつつ口にすると、全くいえなかった。
「白薔薇庭園です」
む、と顔をした後でもう一度ゲームタイトルを告げたフィーネさま。もう一度という圧を感じる。
「……ろ、ろさ……?」
いや、言えませんって。フィーネさまは気に入っていたゲームかもしれないけれど、こちとら全く興味がないのである。長ったらしい気取ったタイトルを言われても一発でいえる訳はなく。
「主人公アリスとヒーローたちが恋に落ち、恋敵と敵対したりフェンリルを倒したり、大規模討伐遠征で竜の浄化を行って得た魔石を亜人連合国へ届けたりと割と忙しい日々を送ります」
で、私と一緒にいるヴァナルは一期ヒロインが従魔としたフェンリルだろうって。主人公が聖女として力を覚醒し、暴走したフェンリルの傷を癒して仲間となったそうだ。
そういえばメッサリナさんはフェンリルの前に飛び出して、訳が分からないことを叫んでいたけれど、ゲームとの繋がりを意識していたなら意味が通じる。後ろに下がった後でフェンリルの名前をいっていたけれど、ゲームのヒロインが付けた名前であって、メッサリナさんが付けた名前じゃなかろうに。
高位貴族や王族がいた合同訓練で見事に場を収めた主人公は、教会とアルバトロス王国から認められて聖女の地位に就く。学院の魔術講師や教会の人たちに治癒を教わりつつ、またヒーローたちとの距離を詰め長期休暇へと入る前、ヴァイセンベルグ辺境伯領で魔物が増えたと報告が入った。
悪役令嬢として失態を犯していたセレスティアさまの実家、ヴァイセンベルグ辺境伯では事態を治めきれないと判断した国と教会は軍と騎士団を派遣し、とある場所で竜の死骸を見つけた。腐臭を放ち、禍々しい何かをまき散らしていた影響で魔物が狂化していたことが発覚。主人公が執り行った浄化儀式により、無事に解決し竜の死骸からは魔石が落ちた。
竜は亜人連合国の管轄下にある。勝手に魔石を取り込むわけにはいかないと、亜人連合国へ第二王子や側近たちと共に返却を試みる。無事彼の国に辿り着いて魔石を返し、それからはヒーローと甘い日々を過ごし平和な日々を過ごしながら、私たちの未来はこれからだエンドを迎えたのだとか。ファンディスクではハーレムルートがあり、攻略対象七人と諸国漫遊の旅に出ると。
「一作目で開発資金を得たメーカーは薔薇庭園シリーズと銘打って次作、次々作は紅薔薇庭園、黄薔薇庭園とタイトルを付け発売しました」
どやあ、と顔を変えたフィーネさま。タイトル言えないってば、とメンガーさまを見れば、首を左右に振っていたので彼も自信がないようだ。
「タイトルを覚えるのが大変ならばファーストIPをAシリーズ一期、二期、三期と称しましょう。で、セカンドIPをBシリーズと仮称します」
指を一本立てて告げたフィーネさま。いつもより饒舌な気がするのは気のせいだろうか。とにかくそっちの方が覚えやすいのでありがたいと、彼女に確りと頷く。
「Aシリーズ二作目の主人公はアリア・フライハイト男爵令嬢さまですね。一期で登場人物が多かったことを反省したのか攻略対象は三人です」
アクセル・ディ・ヴァンディリア第四王子殿下、ギド・リーム第三王子殿下、アウグスト・カルヴァイン男爵子息なのだとか。それぞれ主人公の魔力が目的で近づいたんだって。第四王子は言わずもがな、母親を生き返らせること。ギド殿下は自国の聖樹をどうにかしたかった。
カルヴァインさまは教会の腐敗を一緒に正したかった。
共通ルートでキャラを選べば好感度が上がり、専用ルートへ突入というシステム。各ルートの必要攻略時間も長めだったそうだ。ゲームではリーム王国の聖樹は枯れずに延命しただけで、聖樹への依存から脱却しようとギド殿下と兄たちと頑張ろうエンド。カルヴァインさまとは教会で仲を深めて、腐敗に手を染めた教会職員を追い出して終了なのだとか。
リーム王が病気を理由に第一線から引いてもいないし、ヴァンディリアの第四王子も第四王子の地位を得たままだったそうで。フライハイト男爵領で聖樹候補は見つかっていないし、魔石の鉱脈も見つかっていない。
「え、フライハイト男爵領はそんなことになっていたのですか!?」
あ、この事実を聖王国にいたフィーネさまは知らないのか。驚いているフィーネさまに事実ですと告げると頭を抱えていた。
「アリスとアリアの邂逅もないまま、進んでいたなんて……三期は影も形もないし、一体どうして……」
一作目の主人公と二作目の主人公が代替わりするようなミニシナリオがあったそうだ。頭を抱えているフィーネさまを横目で見つつ、メンガーさまを見ると彼も彼で呆れた表情を浮かべていた。
「Aシリーズの三期はアルバトロスが舞台ではなく、聖王国です……攻略対象が失墜しているので接触することはありませんが」
はあ、と深い息を吐いたフィーネさまが新シリーズとなるBの話をしようとティーカップを手に取って一口紅茶を飲み、疲れたような顔で続きを口にし始めるのだった。






