0497:大聖女さまと聖王国上層部。
アガレス帝国から大海原を渡り、アルバトロスを経由して聖王国へと戻った。戻って直ぐは疲れていた所為か、聖王国上層部の皆さまに戻ったという挨拶を終えると、泥のように眠ってしまい翌日のお昼前まで眠りこけていた。
アルバトロスから聖王国へ経緯の説明がされており、私は直ぐに眠ることが出来た訳だ。来客の予定がある為に少し急いでお昼ご飯を済ませ、着替えを済ませる。教会の来賓室へと赴いた。部屋へと入ると、先々代の教皇さまに一緒に聖王国の立て直しを担った方々が顔を出していた。
「フィーネ、よく無事で戻ってきた」
「心配をお掛けして申し訳ございません」
先々代の教皇さまが、みんなを代表して私の無事を祝ってくれた。頭を下げたあと、みんなの顔を見ると確りと頷き返してくれる。無事で戻ってこられたのは黒髪の聖女さま、ナイさまのお陰だろう。私一人だけ召喚に巻き込まれていれば、無事に戻る自信は欠片もない。アガレス帝国はナイさまを呼び寄せたことで、大きな被害を被ったけれども。
ゲームのシナリオだと、最初言いなりだった主人公が恋を知ることによって変わり、各ルートに入ったあと兄や弟を蹴散らしてヒーローが帝位に就き主人公は皇后となったり、飛空艇に乗って空の旅に出るルートがある。黒髪の聖女さまは誰とも結ばれず、アガレス帝国を恐怖のどん底へと突き落としていた。
東大陸では竜は幻の種族であり、帝都の皆さんの驚きは仕方ない。西大陸は、亜人連合国に竜が居ることは知られているが、連合国以外の場所で姿を現すのは珍しい。暴れる竜や人に危害を齎す竜は倒しても問題ないとされ、時折冒険者に討伐依頼が出され狩られるそうだ。聞いた話では、五メートルから十メートルほどの竜が多いそうだ。亜人連合国の竜の方たちはそれを超える大きさの方々もいらした。
十メートルサイズの暴れる竜を討伐するのに苦労すると聞いた。もっと大きい、亜人連合国代表さまや白竜さまが本気で暴れるとどうなってしまうのか。文字通り、アガレスの帝都や聖王国はひとたまりもなく壊滅することになっただろう。
「アガレス帝国は黒髪黒目の者を狙い、儀式召喚を執り行ったというのに何故フィーネが巻き込まれた?」
私は銀色の髪で色彩が全く当てはまらないから、先々代の教皇さまの言葉は尤もだ。周りの方たちも不思議そうな顔をして私を見ている。
アルバトロス王国は、私が転生者であることを聖王国へは告げていないようだ。ようするに聖王国内の判断は、私に任せるということか。隠していても仕方ないし、ナイさまのように熱中症対策を掛け合うことも出来るから有用だ。上手く判断して選ばなければならないが、私には相談できるみんなが居る。
「皆さま。……上手く伝わるか分かりませんが、私にはここではない世界で生きていた記憶があります」
前世は黒髪黒目であったと口にすると、驚きの顔を浮かべ納得するような一面も見せ、隣に座っている方たちと思い思いに言葉を交わしている。
「ならば、巻き込まれたというアルバトロスの伯爵子息や犯罪者たちも?」
報告書を隅から隅まで読み込み覚えていたのだろう。ふと思い至ったのか口に出てしまったようだ。
不味い事を聞いてしまったかもと、口にした本人は真一文字に口を閉じていたけれど、周りのみんなに火が付いた。人間、一度疑問に思うと答えが欲しくなる生き物だ。こういう時は、曖昧なものでもいいから確りと返すべきだ。
「そこまでは分かりません。告げるかどうかはご本人たちがご判断すべきでしょう」
私のこの言葉で納得してくれたかは分からないけれど、アルバトロスのメンガーさまやあの二人に言及する人は居なくなる。黒髪の聖女さまは聖王国では触れるな危険状態なので、口にはしない。口に出すと災いとして降ってくるかもしれないので、聖王国上層部は恐怖の対象として彼女を見ている。
恐怖の対象であるけれど、多大な利益も齎してくれるとも考えているようで。私をファーストIP三期の主人公と共にアルバトロスに留学させたのは、彼らが益があると判断した側面もある。
「では大聖女さまは……フィーネ・ミューラーさまとしての記憶と、以前に生きていた人物の記憶があると?」
私に問いかけてきたのは、以前から助けて頂いていた聖王国の政を担う方だ。地味なので印象に残り辛く、一度考えないと思い出せなかった。
「はい。いわゆる転生者です」
概念くらいはあるはずだから、意味は通じるはず。どよめく部屋で、みんなの反応を伺う。ナイさまはアルバトロスの方々にあっさりと告げ、彼らもまたあっさりと受け入れていた。ナイさまのようにはいかないけれど、私の言葉を信じてくれる方と信じてくれない方の見極めをしておくべきか。今まで味方でいた方が敵になる可能性だってあるのだから。
「何故、私たちに告げたのだ?」
先々代の教皇さまが真剣な顔で私に問う。
「単純な理由です。黙っているより、皆さまに知っていただいた方が役に立つと判断いたしました」
聖女として初歩的な医療技術なんかも広めていきたい。ナイさまも同様な気持ちだそうだが、知識が乏しいので難しいと嘆いていた。彼女がどこまでの知識を持ち合わせているのかは分からないし、私も詳しいことまで知らないけれど、一緒に考えて行こうと協調路線を約束している。
「皆さまへのご挨拶は終わりました。アルバトロスへの留学準備もあります故、退席させて頂きます」
ざわめきが収まらないなと苦笑しながら、私は退席を告げる。みんなに無事に戻った報告をと先々代の教皇さまに呼ばれただけだ。アルバトロスへの留学云々は、退席する為の方便。留学準備は終えており、あとは向こうへ行くだけ。頭を下げて部屋を出て、廊下を歩く。
転生者であることが問題であるならば、私を大聖女の座から引き下ろせば良いだけのこと。以前であれば手放しで大聖女の座を譲ったけれど、今はやるべきことがありアルバトロスへの留学も決まっている。
ゲーム三期の主人公とアルバトロス王立学院へ通うことになり、シナリオからは完全に逸脱しているのでちょっと楽しみ。ナイさまもいらっしゃるし、何か問題が起きても彼女が解決してくれる。完全に他力本願だけれど、彼女に敵う人なんて居やしないだろうし。
貴族の方と一緒というのは、少し気が引けるけれど私も貴族出身者。聖王国で行われたお茶会と夜会に参加したことがあるし、向こうでもある程度は乗り越えられるはず。問題はゲーム三期の主人公が、ナイさまやアルバトロスの方々に無茶ぶりしなければ良いのだけれど。
――自室に戻って、椅子に腰かける。
真っ直ぐで自分の思ったことを直ぐに口にしてしまうタイプの子だから、貴族の方たちと渡って行けるのか怪しい気がする。私の言葉は受け入れてくれるので、事前に注意をしておけば問題は少なくなるけれど、何が起こるか分からない。
聖女としての腕前も、主人公らしくかなり良い。確か学院の普通科にはゲーム二期の主人公も居るから、ばったり出くわすこともあるだろう。ナイさまはゲームが舞台となった世界だと、今回の件で知った。事前に告げておけば引きおこるであろう問題は回避できるはずだと、ゲームのシナリオを箇条書きして。
そういえばセカンドIP二期は東大陸の共和国が舞台。彼の国も黒髪黒目を仰いでおり、黒髪黒目を手に入れて信仰の対象として祭り上げた一期主人公を一目見ようと、ゲームが終わるとアガレス帝国へと赴く。
アガレス帝国が黒髪黒目召喚に失敗したから、始まる前からシナリオ崩壊しているし、もしかして共和国に住んでいるはずの二期主人公がアルバトロスへ訪れる可能性もある。これも伝えなければなあと、メモに書き入れる私だった。