0496:やらかしの後。
城の魔術陣を壊してから数日が経った。
副団長さまに魔術師団に所属している術式開発が得意な方々、話を聞いて興味を抱いたダリア姉さんとアイリス姉さんとロゼさんが原因調査中である。
私は王国全土に自前で魔術障壁を張り、代わりを果たしていた。地理については、クロが竜の方を呼んで王国外縁部の空を飛びざっくりと把握。あとは地図を見ながら軽く試してみると、重要拠点の警備を担っている軍や騎士団の方たちから障壁が現れたと報告があったそうだ。
お城の魔術陣に魔力補填をするよりも、自前で王国全土に障壁を張る方が魔力が減っていないのは何故なのか。
なんだか、島でガス欠を経験してから魔力量が格段に上がっているのかなあ。魔力量が増えた実感はあまりなく、お城の魔術陣へ補填した時に壊れてしまったのか。原因究明は副団長さまたちが調べているので、その内に分かるはずだ。時間が掛かると言っていたが、魔術に関してならば副団長さまの右に出る者が居ないし、エルフのお姉さんズもいらっしゃる。
ロゼさんもみんなと共に頑張るから落ち込まないでと、慰めてくれた。クロは嬉しいのかどうかよくわからない顔で、壊れたものは仕方ないと。ヴァナルは心配そうにきゅーんと鳴いていた。ジークとリンは、私だからと言っていつもの態度。ソフィーアさまとセレスティアさまは呆れ顔。
城の魔力補填を担っているアリアさまとロザリンデさまにも、迷惑を掛けた形となるので謝りに行った。アリアさまは凄いですとテンションを上げ、ロザリンデさまはドン引き。エルとジョセは苦笑いを浮かべつつも、私の魔力量が上がったことが素直に嬉しいそうで。クレイグは私のやからしに笑い、サフィールは苦笑いを浮かべながら怒られなかったかと聞いてくれた。
「ナイ」
ジークの声が聞こえたので、机に向かい来年度の予習をしていた私は振り返る。開けっ放しの自室の扉の前にはジークとリンの姿が。赤い髪を揺らしながら部屋の中へと足を踏み入れて、リンは横に立って嬉しそうに笑う。
「ジーク、リン。何かあった?」
「ヴァレンシュタイン副団長とエルフの二人が客室にきている。原因が分かったから、説明をしたいそうだ」
流石、副団長さまとダリア姉さんとアイリス姉さんだ。時間が掛かるかもしれないと聞いていたので、しばらくは自前で障壁を張らなければと覚悟していたが案外早く終わるかも。
「分かった、ありがとう。すぐ行くね」
ジークに返事をすると同時に私の足元近くに転移魔術陣が浮かび、ロゼさんがぴょーんと勢いよく飛んで何度か跳ねた。
『マスター。ロゼも頑張った!』
「ロゼさん。ロゼさんもありがとう。原因分かったの?」
『ハインツが説明してくれる。早く行こう』
とはいえ普段着なのでこのままの格好は不味い。ジークは私が言いたいことを理解しているので、踵を返して部屋から消えた。リンは部屋に残って、私の着替えを待つようだ。侍女さんたちを呼んで、余所行き用の格好に変えリンと一緒に部屋を出る。ちなみに私が着替えの際、クロたちは部屋の外で待ってくれている。
私は気にしていないけれど、侍女さんたちは人化する可能性があるクロやロゼさんたちに乙女の柔肌を晒す訳にはいかないと主張。
話を聞いたクロたちは、着替え中は自主的に退去するようになっていた。クロが肩の上に乗り、ヴァナルが私の後ろを歩き、ロゼさんはぴょんぴょんと小さなスライムの身体を跳ねて移動。
私の横に付いて歩くリンを見上げると、彼女はへらりと笑う。そうこうすると客室前にはジークが待っており、一緒に部屋の中へと入る。客室には副団長さまとダリア姉さんとアイリス姉さんが来客用の椅子に腰かけ、ソフィーアさまとセレスティアさまは壁際で控えていた。
「お待たせして申し訳ありません」
私は部屋に入るなりみんなに頭を下げる。先触れが出されていたから子爵邸に訪れるのは知っていたけれど、着替えで待たせてしまった。
「いえいえ。突然訪れたのはこちらです」
「こんにちは、ナイちゃん」
「ナイちゃん、やっほー」
早く座ってくださいと言い出しそうな副団長さまに、私に手を振るいつも通りのエルフのお二人。私は子爵邸の主の為に上座の一人掛けの椅子へと腰を下ろす。隅っこが落ち着くんだけれどと苦笑いを浮かべて、副団長さまたちへ視線を向けた。
「聖女さま。ひとつ質問がございます」
「はい。なんでしょう」
挨拶もそこそこに本題に入るようだった。副団長さまは神妙な顔を浮かべて声を上げ。
「城の魔術陣への詠唱はキチンと唱えていましたか?」
「…………起動詠唱だけで済ませていました」
何を問われるのかと身構えていると、意外な質問が飛んできた。まさかそんなことを問われるとは誰が思うだろうか。とはいえ聞かれたことには答えなければならないし、嘘を吐いても得することはないので真実を告げる。
城の魔術陣に補填する際に、起動詠唱だけを唱えるようになったのはいつ頃だったか。ふとした時に次の詠唱を忘れたけれど、魔力が減っているから問題ないと判断した。それに今まで問題にならなかったから、意味のない詠唱だと思っていたのに。この辺りのことを洗いざらいみんなにぶっちゃける。副団長さまとダリア姉さんとアイリス姉さんは面白そうに話を聞き。
ジークは何をやっているのやらという雰囲気を出し、リンは内心で『凄い』と思っているに違いない。ソフィーアさまとセレスティアさまは驚いているようだ。
後で、やることやらないからこうなるのだとソフィーアさまに言われるだろうなあ。セレスティアさまは起動詠唱だけで魔力を補填できる機構に問題があるのではとか言いそうで。クロは私の顔を覗き込んでぐりぐりと顔を押し付けてきた。ロゼさんは副団長さまと一緒で愉快そうだし、ヴァナルは首を傾げながら話を聞いている。
「申し訳ございませんでした」
椅子に座ったまま頭を下げる。
「ああ、いえ。聖女さまに謝って欲しい訳ではないのですよ。僕たちの興味本位で聞いているだけなので」
副団長さま曰く、気にすることではないそうだ。
「ナイちゃんの魔力量が尋常じゃないから、起動詠唱だけで補填を終わらせることができたのでしょうね」
「で、最近魔力量がごっそり増えたことと質が良くなったことがトドメかな~」
お城の魔術陣のメンテナンスは定期的に行っていたけれど、術式のアップデートは行っておらず、技術は古いままのものを使っているそうだ。
直すついでに最新式の魔術式に変えて、魔力消費効率や防御壁の堅さを上げておくとのこと。他の聖女さまにも恩恵が大きいらしく、以前よりも少ない魔力量で補填完了できるから良いこと尽くめとか。陛下も副団長さまたちの提案に了承して、直ぐにでも取り掛かるとのこと。
魔術陣の能力を超える魔力量を注ぎ込み、限界を迎えて壊れてしまったと。魔力量が増えたのは理解できるけれど、質が良くなったというのはどういうことだろう。
「同じ魔術や魔法を唱えてみれば分かるはずよ。魔力消費量が少なくなって威力が気持ち高くなるわ」
「羨ましいな~。私たちはもう成長が止まっているからね」
なるほど。一つの魔術に対する魔力使用量が減る上に威力も上がるのか。次に発動するときは気を付けておかないと。うっかり高威力の魔術を放って周囲の被害が大きくなったら困るから。一回、試し打ちとかもした方が良いのかも。
『マスターから流れてくる魔力多くなった! ロゼ、もっと強くなれる!』
今以上に強くなってどうするのだろうという疑問が湧く。というかロゼさんはどこに辿り着く気なのだろうか。ロゼさんには魔石を通じて、私の魔力が流れているそうな。普通はそんなことは起こらないらしいけれど、使用した魔石が普通じゃないからなあ。
足元に居たロゼさんがぴょんと飛んだので、両手を差し出して抱えて膝の上に乗せて撫でる。副団長さまが凄い視線を向けてくるけれど、無視を決め込んだ。どうしたのか聞けば、魔術に関してしか口を開かないだろうし。問題ないはず。
うーん。魔術具で私の魔力を抑えても意味がなさそうだし、地面に魔力をまた注ぎ込めば魔力量が増えるだけ。増えること自体は問題ない。有事の際には長く魔術が使用できるのだから。
なら今度は子爵領で全力開放してみようかな……と考える私。いや、でもと思い止まる私もいて。それならば竜の皆さまへ向けて全力開放、でもなあ……。
――平穏な日常を送りたいだけなのに。
いろいろと悩みつつ、尋常でない魔力量との付き合い方も考えなければと頭を抱える私だった。






