0492:お喋りは楽しい。
――就寝前。
又聞きした内容となるけれどヒロインちゃんは幽閉塔に戻り、銀髪くんは反省が見られないとのことで、アガレスの第一皇子にプレゼントする算段――もちろん対策を施して――となっているそうだ。ヒロインちゃんはアガレス皇帝陛下をアルバトロスまで引っ張り出す為の釣り餌なので、王国で管理するのは当然として。
まあ、反省大陸行脚は続いているけれど。銀髪くんはついに最終処分先が決まったなあと感慨深くなる。彼が暴れてくれなきゃ、クロに出会わなかったし今の地位もないだろう。偶然って凄いよね。銀髪くんも転生者だから、知識とか要らないのかと聞くと、アレから情報を聞き出すと嘘を吐きそうだと一蹴されていた。
「……」
『どうしたの、ナイ?』
ベッドに寝転がっている私の身体の上に乗ったクロが、顔を覗き込んで問いかけた。いつもより息苦しいと思えば、クロが原因か。
軽いから問題ないけれど、大きくなったら立場が逆転するのが面白い。予定がない日に、お弁当を持って遠くに行くのも良さげ。今は忙しいから無理だけれど、落ち着いたらどこかに行きたい。大海原のポツンと島も良い候補地だ。
「ううん。ちょっと考えごとをね」
クロに銀髪くんのことを喋るのはあまりよろしくないと口を噤む。クロは彼のことをどう考えているのだろうか。
『珍しいね』
こてんと首を傾げるクロ。そんなに珍しいかなあと、幼馴染に聞いてみるべきかと顔を動かした。
「考えごとくらいするよ。ね、リン」
私の横で寝ているリンに顔を向けると、寝返りを打った彼女が私を見た。拉致されてからというもの、周りのみんなが甘い気がする。
一人になれるのがお手洗いの最中くらいで、あとは誰かが横に居る。リンは始終後ろにくっついて離れないし、一緒に寝ると言ってきかなかった。誰かが隣に居ることは気にならないから良いけれど、少しこれから先が思いやられるというべきか。
「うん? ナイが考え事をするのは珍しい……」
横になったリンが腕を伸ばして、私のお腹を抱えて引き寄せる。じわじわと体温が伝わって眠気を誘うけど、お喋りを続けたいので我慢。
「…………」
リンさんや。貴女の中で私の評価はちゃらんぽらんだと言うのかね。いや、まあ、物事を深く考えない性質ではあるが。
それにしたって悩みくらいはある。明日の朝ごはんは何だろうとか、学院の勉強に付いていけるだろうかとか。思春期はとうの昔に過ぎているから、恋の悩みとか親に対してのコンプレックスは持ってないけれど。
『だよね、リン』
「だね、クロ」
なんだか二人して結託しているようなと苦笑い。聞いてみるのも良い機会なのだろうか。遠慮して喋れないのも面倒といえば面倒だ。クロが銀髪くんなんて大嫌いだと言えば、接触しないように行動することもできる。ん、決定。クロに聞いてみよう。
『それで、何を考えていたの?』
「……クロは……銀髪のあの人のことをどう考えているの?」
銀髪だと当てはまる人が何名かいる。副団長さまにフィーネさまがいらっしゃるし、お貴族さまの中に多い髪色だ。とはいえこんな聞き方をすれば気付くだろう。クロは鈍くないし、誤魔化すようなことをする口でもないし。
『思うことはあるけれど、済んだことだよ。それにナイたちに会えたから、恨むのは筋違いじゃないかなあ?』
終の棲家、ならぬ終の死に場所を求めて旅をしたご意見番さまの命を奪った銀髪くん。クロが彼をどう思っているのか怖くて聞けなかったけれど、聞いてよかった。
邪魔されたことは遺憾だけれど、弱肉強食の世界で生きた竜なので恨みはないとのこと。辺境伯領周辺に迷惑を掛けてしまったことは申し訳ないから、墓標となっている大樹と共に見守っていくんだって。
『亜人連合国の若い子たちは外に出ようとしている。ナイが居なきゃこうならなかったからね』
ご意見番さまの支配地域だけでは手狭になっていたし、亜人迫害も時間と共に薄れている国があるのは知っていたから、人間との共存も考えていたのだとか。
竜は無理でもエルフやドワーフに半獣人は人間に近いから、馴染むこともできるだろうって。ただ機会がなくて足踏み状態だったそうだ。そんな時にアルバトロス使節団一行が卵を抱えて、亜人連合国へ足を踏み入れた。私が黒髪黒目で古代人の先祖返りだったことが、とっつきやすかったらしい。
『言っておくけれど、古代人の先祖返りだけが理由じゃないからね。ナイってボクたちのことを怖がらないし、偏見も持っていなかったでしょ』
「んー……そうなのかなあ? よくわからないけど……亜人連合国の人たちとは普通に会話できたし、偏見なら私のことをチビだ餓鬼だって言ってるお貴族さまの方が酷いから……」
よそよそしい雰囲気はあったけれど、普通に会話できたからなあ。遠征の際、怪我をした騎士の方に治癒を施そうと服を破こうとしたら『平民が気安く触るな!』と言われたこともある。
珍しい方だけれど、平民と貴族を全く別の生き物と捉えている人も居る。竜の亜人とかエルフとかドワーフだとか確かに珍しいけれど、魔法とか魔術に魔物も居る世界なんだから居てもおかしくはないのだし。……絶対に存在を許せないのは幽霊だが。
『それは、なんというか……人間も大変なんだね……』
実際に私はチビで餓鬼だけれど、聖女なので遠征に赴いたり、王城の魔術陣に補填を行っている訳で。心の中で思うだけなら何の問題はないけれど、口に出しちゃ駄目だろうに。
お貴族さまの仲間入りを果たしたので私を見下す方は随分と減ったけれど、平民のまま聖女を担っていたらアレが続いていたのか。ちょっとゲンナリしつつ、微妙な表情のクロに語りかける。
「数だけは多いからね。いろんな人が居るから、仕方のない部分はあるのかな?」
亜人の方たちと人間の数が逆転したらどうなるのだろう。人間は弱いから、従うしかなくなるのか。はたまた知恵と勇気で立ち向かうのか。
「ナイは貴族になったから。前より減ったよね」
「うん。確実に減ったけど……」
「けど?」
「爵位貰ったから、筆頭聖女の座に一歩近づいちゃった……」
両手で顔を覆う。ここ最近、慌ただしくて忘れていたけれど、大規模討伐遠征とか筆頭聖女候補探しだった気がする。あれ、筆頭聖女選定試験予備だったっけか……。
まあ何にしろ、筆頭聖女さまは引退間近なので後継者探しを行っているはず。教会の横領事件で有耶無耶になっている気もするけれど、筆頭聖女は国の顔なのだ。
ばんきゅぼんの綺麗で賢いお姉ちゃんが就くべきなのである。ウフフ、オホホと笑いながら、諸外国の狸爺共と腹の探り合いしながらの外交なんて無理だし。ああんってメンチ切って脅していいなら、できるけど。そんなやり方じゃあ不興を買って、敵を増やすだけだ。やはり美人で知的な聖女さまが筆頭聖女の座に就くべきである。
『ナイ、諦めた方が良いんじゃないかな……実績がもうあるんだし』
「何も聞こえなーい!! 筆頭聖女さまになるにはばんきゅぼんじゃなきゃなれないのー!!」
クロは私が筆頭聖女の座に就くことに異論はないようだ。ちくせうと聞こえないフリをして、バタバタと足を動かしながら筆頭聖女の条件を叫んでおく。
「リーム王国の戴冠式も出る約束してる。ばんきゅぼんって何?」
ギド殿下が春休み前、そろそろ代替わりするとかしないとか言っていたような。そのうち招待状を送るとかなんとかも言っていたかも。
それにリームの王太子殿下は子爵邸で育てたお芋さんの子種が順調に育っていると、嬉しそうに報告の手紙を寄越してくれているし。ヴァンディリア王も迷惑を掛けたとかいって、詫びの品を子爵邸に送り届けてくれていた。
ヴァンディリアの観光地に興味があれば、無条件で招待するとか言っていたし。王太子殿下の婚約者さまの出身国であるマグデレーベンからも、聖女さまを紹介したお礼の品が届いていた。王妃さまの出身国も何かと気にかけてくれているようで、特産品を送ってくれている。
『アガレスの皇女とも交流続けるんでしょ? 何だろうね、リン』
ウーノさまと交流を続けるのは、黒髪黒目信仰のある帝国なら箔付けになるからだ。あとは確実にウーノさまに帝位に就いて頂きたいという下心もある。
しっかりと帝国上層部を纏めて貰わないと、荒れるのは確実だ。男尊女卑が根付いている帝国だから、男子優先思想が変わるには長い時間が必要だ。女性が帝位に就いた実績があれば、次代や次次代が男性であったとしてもその先に就くかもしれない女性が帝位に就きやすくなるし。
「無視しないでー!! おっぱい大きくて、くびれがきゅってなってて、お尻が良い形してる人のことー!」
本当に羨ましい限りである。この国というか、この世界、綺麗な人が多いし、ばんきゅぼんの人が多い。あと背が高いので、カッコいい人や綺麗な人が多い。
目の保養には良いけれど、自身のちんまい体が憎いというか。魔力が多いから仕方ないのだけれど、諦めきれない部分だ。あ、山羊のミルクをしばらく飲んでいない。あとで料理長さんにお願いして手配してもらおう。
『……ボクは竜だから』
「ナイ、おっぱいないし、お尻も小さいけど……実力なら誰もナイに勝てないよ」
『ね』
「うん」
「二人とも酷くない? いや、いいんだけれど……いや、やっぱり酷いよね!」
落ち着いて喋っているクロとリンを他所に、一人で騒いでいる私。その後も転生者であることや、元の世界のことを聞かれたりと話は尽きることはなく。ジークとクレイグとサフィールにも、ちゃんと言わなきゃねとリンに伝え。眠気は非情にも襲ってきて。いつの間にか目を閉じて、深い眠りに落ちるのだった。






