0491:島の様子。
子爵邸のみんなに戻ってきたことを告げ、アリアさまとロザリンデさまにも顔を見せ今回の件を説明し。
残っていたルカの機嫌を取ったり、お猫さまには呆れられ、畑の妖精さんには新しい種を渡したので喜ばれ。反応がさまざま過ぎる子爵邸の面々に苦笑いを浮かべていると、家宰さまであるギュンターさまに呼ばれ客室へ行くように告げられた。
――城へ来なさい。
客室で私を待ってきたのは王城からの使者。陛下から呼び出しが掛かり、書状を読み上げてくれる。フィーネさまは一度聖王国へと戻っており、今回の顛末を報告するそうだ。私も陛下と王国上層部の皆さまへ説明しなきゃならない。嘘を吐く必要はなく、ありのままを話すだけなので気楽なものだ。あとは予測や想像を告げる時だけ、前置きして口にすることを意識しているくらい。
「失礼いたします」
子爵邸から馬車に乗り込み、お城の門を抜け出迎えの近衛騎士の方に案内された場所は大会議室。上座に陛下が座し、直ぐ右側には公爵さまと辺境伯さま。左には陛下の近くにはディアンさまとベリルさまも腰かけていたので、お二人に小さく頭を下げておく。
陛下の後ろには宰相さまの姿。他にも王国上層部の面々が顔を揃えている。謁見場ではないということは、正式報告は後からなのだろう。先ずは聞き取り調査なのだろうと、引かれた椅子へと腰を下ろした。
「聖女ナイ。本当によく戻って来てくれた」
陛下が開口一番に告げた。その言葉に周囲の方たちもうんうん頷いている。ギギギと歯軋りしている方も居るには居るが、文句をこの場で言うと己の立場がどうなるのか理解しているので我慢しているようだ。
歯軋りしていた方は、公爵さまや辺境伯さまに後で報告しておこう。もしかすれば敵対している家の方かもしれないのだから。
「陛下、皆さま。この度は大変ご迷惑をお掛け致しました。救出の為、軍を動員しアガレス帝国まで、わたくしを迎えにきて頂いたこと感謝しております」
椅子からゆっくり立ち上がり、深々と腰を折る。軍を動かしたということは、お金が動いているということだ。予算を使ってフィーネさまとメンガーさまと私を助けてくれた。
見捨てるのが普通で、個人を助けるなんてあり得ない。陛下の政治標榜は平和路線だから意外だった。亜人連合国の竜の方々が大陸間移動が可能だったから、出来たことでもあるけれど。
「亜人連合国の皆さまにも、感謝を。竜の皆さまが行動を起こして頂けなければ、わたくしはまだアガレス帝国に居たでしょうから」
お迎えが早く来て良かった。長引くと帝都を出て、適当にさまよいながら巨大魔石を探す旅に出ていただろうし。アガレス帝国というか、ウーノさまも助かっただろうなあ。破壊活動に勤しめば勤しむほど、使える飛空艇が減っていくのだから。
反乱勢力の方たちが居たら、その場のノリで結託していた可能性だってある。いや、本当に助けられた。一番の功労者は私の肩に乗って、状況を見守っているクロだろう。大きくなってアガレス帝国まで飛んできてくれなきゃ、後続部隊が乗り込めなかった。ありがとうという意味を込めて、手を伸ばしてクロを撫でると手に顔をすりすりと擦り付けてくる。
「気にしなくていい。君が居なくなればアルバトロスも我々も困るからな」
ディアンさまが陛下に視線をやって、発言許可を取ってから口を開いた。落ち着いた様子で言い終わると、ベリルさまへとバトンを渡した。
「ええ。我々が動いたのは貴女さまが私たち竜に親身になってくれているから。受けた恩は倍にして返さなければなりません」
ベリルさまの言葉は、喧嘩を売れば倍にして返すと聞こえてならない。そんな訳はないと否定しながら、倍以上に返せる力があるからなあ。
魔力をホイホイ竜の皆さまに渡しているけれど、よく考えれば亜人連合国の戦力強化を、私は気付かないまま協力していた訳か。ディアンさまたちはルールを破らない限りは、無茶や無謀をしないから大丈夫だろうけど。
『竜の数も増えているしね。嬉しいことだよ』
クロがぐりぐりと先ほどより強めに顔を押し付けてきた。竜の数が増えていると聞いて、大海原の海にポツンとあった島の地面に魔力を流してみたけれど。ジークとリンに私が気を失ったあと島がどうなったのか聞いた所、変化はなにもなかったそうだ。
流石に魔力を流しただけでは変化は起こらないのかと、苦笑いを浮かべつつ残念な気持ちになっていたりする。気絶するほど魔力を流し込んだのに、何も変化が起こっていないとは考えてもいなかった。
取り敢えず、挨拶とお礼は述べたので席に着く。
「島近海で海底火山が爆発したようです。溶岩が流れ出て新たな島を形成していると報告を受けました」
ベリルさまが穏やかな声で島近海の情報を教えてくれた。竜の方が何頭か残って島の様子を観察していえる上に、妙な輩が近づかないように監視しているそうだ。島をぶんどる気満々だなと目を細めると、公爵さまが笑って公爵家の息のかかった人を残していると教えてくれた。
アルバトロスが手に入れるならそれでよし、手に入れないなら公爵家で頂こうという腹積もりらしい。人員や食料の運び込みは公爵家と亜人連合国との間で契約を結んだようだ。いつの間にか仲が良くなっている。それも何故かデンジャーな方向で。
上手く行けば数か月で新しい島が形成されるようだ。噴火が続けば私たちが降り立った島とくっつくかもしれないんだって。水深が浅くて溶岩が固まれば新たな陸地となり、羽休めにきた鳥たちの糞の中から草木の種が蒔かれ緑が増える。
時間が流れれば固有種とか生まれそうだし、楽しそう。まあなんにせよ、新たな土地が生まれたのは喜ばしいことだろう。あとは島を狙ってくる国やならず者が居なければ良いのだけれど。
「あの島自体も魔力に満ちたからな。竜や妖精が島に住みたいと多く申し出ている。――島が我々の物になるならアルバトロスも共同管理をしないか?」
竜の皆さまは過酷な環境下でも生きていける上に、火山地帯の方が嬉しいという猛者もいるそうだ。ベリルさまは新たな移住地候補が出来て嬉しそうだし、亜人連合国代表であるディアンさまもいろいろと考えていることがあるようだ。
「有難い申し出ではあるが、我々には移動手段がない……」
毎度、竜の皆さまの背に乗って移動できる訳はなく、ワイバーンの竜騎兵隊だと小さいから移動手段としては不適切。アルバトロスは内陸部なので船での移動も無理だから、陛下の言葉は尤もである。いろいろと手段はあるけれど。
「若。拉致騒動の発端である大陸南東部の……ブレイズン王国でしたか。賠償の一部として港を接収してはどうでしょうか?」
ベリルさまがディアンさまへ助言した。この場では政治的な発言権がないのかも。銀髪くんのやらかしの際にギルド本部に向かった時、ディアンさま方に『亜人の癖に!』と突っかかってきた小父さまが所属している国である。
あの小父さま元気にしているかなあ。アガレス帝国に難癖をつけられ簡単に口を割り、アルバトロスには黒髪黒目の聖女が居ると教えてしまい、今回の騒動となったからなあ。原因の一端は担っているのだから、責任は取って頂かなければ。ベリルさまの声に『おお』と色めき立つ周囲。
というか港って、輸送物資で重要な役割を占めるから大事なのだけれど、港を簡単に明け渡してくれるのだろうか。公爵さまが面白そうな笑みを浮かべているし、好戦派と呼ばれている方たちも愉快そうに口元を伸ばしてる。国に喧嘩を売るって怖いなあと陛下を見る。渋い顔を浮かべているけれど、港一つじゃ足りないということだろうか。
「どうする?」
「意見の一つとして頂こう。ブレイズンより被った額も勘定せねばならぬし、アガレスにも此度の件について抗議と賠償を求めねばならん」
やることが多いので優先順位を決めて、順に案件を捌いていくそうだ。胃痛に悩んでいるかと思えば、国の頂点に立つ人はタダでは起きないのだなあと感心する。
「聖女ナイ」
「はい」
陛下が私を呼んだので、彼と視線を合わせてから返事をする。
「此度はご苦労だった。完全に終わった訳ではないが、ゆるりと休め。学院も新年度が始まる。抜からぬようにな」
あ、新学期が始まるのだった。大聖女さまであるフィーネさまと、聖女の子がアルバトロスへ留学してくるそうだ。
それよりも私はちゃんと勉強に付いていけるのだろうか。勉強しなきゃなあと考えていると、何かしら事件が舞い込んできた訳だし。春休みはまだ一週間ほどあるから、新しい教科書を開いて分からない所はソフィーアさまとセレスティアさまに聞くか、家庭教師を雇うかすれば良いだけ。子爵邸には同業者のアリアさまとロザリンデさまが居るので、学院の試験に落ちて進級できないとか超恥ずかしい。
補償やらアガレスからの謝罪は後日だそうで。
そういえばヒロインちゃんと銀髪くんはどうなったのだろうと、完全に忘れていたことをようやく思い出したのだった。






