0490:目が覚めると夜だった。
――目が覚める。
見慣れた自室の天蓋ベッドの屋根が視界に入った。魔力を限界まで放出し過ぎで気絶し、島からアルバトロスまで眠りこけていたようだ。
『起きたんだね、ナイ』
寝返りを打った私に気が付き、枕元に居たクロがぐりぐりと顔を擦り付ける。手を伸ばしてクロを撫でると目を細めて受け入れてくれた。
「クロ」
『おはよう。夜だけれどね』
クロの声に窓の外をみると真っ暗で。どのくらいの時間が経ったのだろうかと体を起こすと、ベッドサイドにリンが寝こけている。
顔に掛かっている赤い髪をそっと手で払いのけ、起こすのは忍びないけれど頬を撫でた。起きる気配はなく、疲れているのかも。長距離移動だし、私は片道、みんなは往復なのだから当然か。
『マスター、おはよう』
『オハヨウ』
ベッドの横でお座りしているヴァナルの頭の上に乗っていたロゼさんが、ぴょんと飛んでベッドへと移動した。
「ロゼさん、ヴァナル。おはよう」
膝の上に乗ったロゼさんを撫でたあと、ヴァナルの頭を撫でると耳を倒して受け入れてくれる。もふもふの毛が気持ちいいなあと撫で続けていると、クロが肩の上に乗って顔を擦り付け、ロゼさんは膝上からお腹の下に移動してうねってた。なんだかなあと苦笑いを浮かべクロとロゼさんを撫でると、今度はヴァナルがベッドに片足を上げて撫でろと主張。
「ん……」
「リン、おはよう」
リンが小さく声を出し起き上がる気配を見せたので、声を掛けた。びくりと体を揺らした数瞬後、ばっと体を起こして私を凝視する。
「ナイっ、大丈夫!?」
「うん。魔力が空になって気絶しただけだから」
島が大きくなるようにと魔力を放出したけれど、結局どうなったのだろうか。気絶してそのままアルバトロスに戻ったから、全く分からないまま。魔力は回復しているし、単純なガス欠なので問題は何もない。
「でも二日間も眠ってたんだよ。本当に大丈夫なの?」
「心配かけてごめん。魔力は回復しているから大丈夫。あ、お腹が空いたかも」
自覚するとどんどんお腹が空いてきた。帝国と軍の方々が提供してくれた食事だけでは足りないようで、お腹が激しく主張し始める。お腹の音が鳴ったのが聞こえたのか、リンが笑って立ち上がった。
「料理長に話してくるね」
へらりと笑って部屋を出ていくリンの後ろ姿を見送ってベッドから出ると、侍女さんたちが姿を見せた。
私が目覚めたことをリンが告げていったのだろう。介添えされながら、体の調子やおかしい所はないかとかいろいろと侍女さんたちからの質問攻めを受ける。心配をかけて申し訳ないと、丁寧に言葉を返して着替え終えるとノックの音が部屋に響いた。どうぞと入室を促すと、リンがジークを連れて戻って来た。
「ナイ、平気か?」
「うん。お腹空いたくらいかな」
ジークは私の顔を見て、ふうと小さく息を吐いて安堵した様子をみせた。心配させてしまったなあと反省しつつ、後悔はしていない。現地の状況がどうなっているかによるけれど……。
魔力のガス欠で倒れるのは初めての経験だった。副団長さまがいらっしゃったので、私が単純なガス欠と直ぐに分かって、島を後にしたんだとか。竜の皆さまが心配していたから、あとで亜人連合国の方たちにもご迷惑を掛けたことを謝らなければ。
島を出発するまで、変化は何もなかったそうだ。クロやお婆さま、ディアンさまとベリルさまにダリア姉さんとアイリス姉さんの話では、魔力が注ぎ込まれたから何も起きないのはあり得ないとのこと。興味がある竜の方が何頭か島に残って、変化を観測しているのだとか。何かあったらすぐにアルバトロスに飛んでくる手筈となっている。
「ご飯、直ぐ作ってくれるって。食べに行こう」
リンの言葉に頷いて、ジークとリンと私は部屋を出る。窓から外を見ると、陽が沈み真っ暗で。随分と寝ていたけれど、体調は問題なくお腹が空いているだけ。魔力量も最大とまではいかないが、十分に回復している。
ソフィーアさまとセレスティアさまは屋敷に戻ったそうだ。明日の朝には子爵邸に赴いて、報告書の作成を行う。私も報告書を書かなければ。いろいろと出来事が多すぎてゲンナリしそうになるけれど、きちんと書かないと帝国に攫われた補償をあまりなく受け取ることが出来なくなるし。
ご飯を終えればまた寝るけれど、その前に簡単にまとめておくべきかな。疲れてはいるけれど、嫌な疲れ方ではない。本気のガス欠は初めてだったけれど、なんだかスッキリした気分。食堂に赴くと、よく知っている二人が居て。
「よ。またやらかしたみたいだな」
「ナイ、怪我はない? ――無事でよかったよ……!」
クレイグは食堂の椅子に座ったまま軽い口調で、サフィールは椅子から立ち上がりこちらへと歩いて心配そうに問いかけたあと、凄く安堵したように息を吐いた。
「やらかしてないって言えない……――元気だよ。心配させてごめん。みんなのお陰で無事に戻れたんだ。ありがとう」
やらかしてない、とは言えないよねえ。拉致されたあと、第一皇子殿下の尊大な態度に腹を立てて魔石五個を壊したし、皇帝を呼べだもの。
普通の人ならできないし、第一皇子が望んだ時点で言うことを聞く方が普通である。以前の私ならば、第一皇子の言葉に従っていた可能性があるが、フィーネさまとメンガーさまが居た訳で。二人がどこまで魔術を使えるかしらないし、立場的にも私が一番上だったのでやむなく第一皇子と交渉することになった。まあ、お話にならないのでウーノさまに代わって頂いたけれど。
「まあ、なんだ。無事でなにより。あと、おかえり」
「おかえり、ナイ」
二人が少し照れ臭そうに言葉にした。
「ただいま。クレイグ、サフィール」
そういえばただいまって言っていなかったなあ。うん、アルバトロスに……家に戻って来たなという実感が沸いてきた。春休みの最中で、学院の授業に取り残されるということはなく。明日の昼くらいにはお城からの使者さんが訪れて、登城する羽目になるはず。
聖王国の大聖女さまであるフィーネさまと、メンガー伯爵家子息である彼も呼ばれるのだろう。補償の話に転生者であること。アガレス帝国で起こったこと。帰り道の島で温水プールやら南国由来の果物に動植物が居たこと。
「あ!」
「どうした?」
ジークが落ち着いた声色で、私の顔を見る。
「島で採れた果物!!!」
しまった! 戻って畑の妖精さんに量産できるか聞いてみる予定だったのに、気絶していたから持って帰ってない。マンゴーっぽいものやバナナがあったからなあ。量産できればバナナは子供のおやつ替わりになるし、マンゴーは高級品として売り出せばお貴族さまに人気が出そう。私も食べたかったから楽しみにしていたというのに。うう、やっぱり魔力を地面に流すなんてやるんじゃなかったかも。
でも、島が大きくなる可能性に賭けてみたかった。大海原のポツンとした島だったから、竜の方たちが住む場所には丁度よさそうだから。仕方ない、知り合いの軍の人に聞いて種が残っていれば分けて貰おうと考えていた時だった。
「一応、袋に詰めて持って帰ったが……」
「ジークっ! ありがとう!!」
私が考えていたことはジークにはお見通しだったようだ。結構量があったから、袋の中身を確かめるのが楽しみ。明日、早起きして畑の妖精さんの所に行ってみようと、食事を終えて就寝する私だった。