0489:【⑤】帰り道の途中。
公爵さまたちが待機している浜辺の上空から見下ろすと、探索に出ていた軍の方たちが戻っていた。皮で出来た水袋が増えているので水は確保できたようだ。軍の方々は手際よく火を起こして、大鍋に水を移して煮沸消毒を始めていた。島にある果物も収穫したようで、暇な方は食べている人も居る。
海で泳いでいる人もいるし、小さな竜の方の背に乗って飛んでいる人も居た。仲良くなったなあと、目を細めると地上が近くなっていた。竜の背から降りると、お姉さんズがディアンさまの下へと歩いて行く。私は先ほどまで居た場所まで戻ろうと、きょろきょろとあたりを見回した。
「代表~」
「この島、誰もいないなら竜が住めば良いんじゃないのかしら? というかダークエルフの連中に丁度良いかも」
「それは……――」
アイリス姉さんとダリア姉さんは先ほど考えていたことを亜人連合国代表であるディアンさまと話し合うようだ。
邪魔をするのは悪いし、亜人連合国のことだから聞き耳を立てるのは失礼だろうと少し距離を取る。簡易椅子はどこだろうと、リンとソフィーアさまとセレスティアさまを引き連れていると、背の高い赤髪が見えた。
「ジーク」
一人ぽつんと立っていたジークに声を掛けた。彼の横には簡易椅子に座ったままのメンガーさまが居る。砂を踏みしめる音を鳴らしながら声を掛けて近くへ寄る。
「ナイ。少しはマシになったか?」
お風呂入りたいねとリンと言葉を交わしていたから、気にしてくれていたようだ。
「うん。大分すっきりした。ジークはこれからどうするか聞いてる?」
「いや、俺はなにも。島の探索に出ていた方たちは戻ってきているから、あとは竜の方々の疲れ具合をみてじゃないか」
アルバトロスに戻るのか、このまま一泊するのか。陽が沈んで夜に飛ぶことも可能だと言っていたけれど、この先に竜の皆さまが休憩できるような島があるとは限らない。一人で頭の中で考えるよりも聞いた方が早いなと、足を別の方向へ動かす。
「閣下」
公爵さまに声を掛ける。いつまでこの島で休憩するのだろうか。遠征なので野宿も問題ない。疲れているというなら、この島で一泊もアリなのだろう。
「どうした、ナイ?」
軍の方たちには指示を終えていたのか、杖を砂浜に突いて大海原を眺めていた公爵さまが私に視線を向ける。
「これからの予定を知りたいのですが……」
「竜の方々次第だな。疲れているというなら、このまま島で一泊。問題がなければ、帰路につく」
ジークの予想通りだ。ということはディアンさまの返答待ちかな。早く帰りたい気持ちはあるけれど、移動手段は竜の方々だから我儘は言えない。本隊とは別に先触れ役の移動速度が速い竜の方が一頭、公爵さまが認めた手紙を咥えてアルバトロスに向かっているので、ゆっくり戻っても問題はないはず。
ただ私の魔力を先行した竜の方に差し出されるけれど。報酬として提示したら、快く引き受けてくれた経緯がある。
「なんだ、揉めておるのか?」
「珍しいですね……」
亜人連合国の面々が集まって、なにやら問答していた。どうしたのだろうと公爵さまやみんなと顔を合わせると、みんなの視線が私に刺さっていた。あ、はい。話を聞いてくれば良いんですよね。
流石に彼らの話に割って入るのは、公爵さまでも憚るようだ。私は公爵さまの後ろ盾を受けている元孤児。お貴族さまとしてなら寄り親だろうし、親が望むなら子が叶えるのは当然で。ノーと言えない日本人は、従うしかないのでござる。
「お話中、失礼します」
話の合間を狙って、声を掛けてみる。怒られないかなと心配になるが、ええいままよと声を出した次第。
「あ、ナイちゃん! 聞いてよ、代表ってば頭堅いんだよ~」
「前から考え方が堅い堅いと思っていたけれど、ここまでとはね」
アイリス姉さんが私の後ろに回り込んで、両脇の下に腕を通してディアンさまの方へ身体を向けた。ダリア姉さんは腕を組んで、珍しく厳しい表情。私の横に居る公爵さまは、どうしたのかと不思議そうな顔を浮かべている。
「我々が勝手に奪う訳にはいかんだろう」
「えー! 誰も居ないんだよ~。じゃあ良いじゃない!」
「既に誰かのモノならどうするつもりだ?」
「……むぅ」
ディアンさまとダリア姉さんが言い合い、で良いのか分からないけれど、話し合いをしている。
「さっきからコレなのよ。亜人連合国じゃないし、勝手はできないの一点張り」
ダリア姉さんが肩を竦めながら、公爵さまや私たちを見る。こういう時ってどうなるのだろうか。国際機関なんて存在しないし、物理的に支配していればその人が所有者になるはず。先住民が居ても追い出して実効支配すれば新しい国となるんだし。公爵さま、こういうときのルールってどうなってるのかと視線を向けた。
「ふむ。所有権を主張するものが居れば、その者と争うことになろうがなあ。この大海原の中の島で人工物もないなら、問題はないはず」
気になるというなら、西大陸と東大陸の国々で召喚禁止条約を結ぶ時にでも聞いてみれば良いとのこと。
大海原の中にポツンと浮かぶ島だから、領有権を主張する国なんていない。移動がかなり大変だし、島を開発するとしても物資輸送で資金が莫大に掛かる。移り住む人もこの暑さでは、キツいだろうなあ。暑さになれている人たちなら別だけど。
「ならば、そうしよう。――誰も島の所有権を主張しないなら、我々の管理下に。アルバトロスも望むか?」
「この島は貴殿らの協力がなければ見つからなかった。亜人連合国が握ればよいのではないか? とはいえ陛下の判断もある。少し待って頂きたい」
亜人連合国の竜の方たちの協力がなければ、フィーネさまとメンガーさまと私の救出はかなり遅くなっていたはずだ。下手をすれば放置される可能性もあったはず。共和国からやって来たという使者の方たちは、帝国よりも随分と遅れてやってきていたから。
内陸に位置するアルバトロスなので船なんて持っていないし、巨大船なんて尚のことだ。西大陸の国のどこかに海運に強い所があるならば、レンタルできたかもしれないが、高くつくだろう。
こうしてのんびりと出来るのも竜の方たちのお陰なわけで。
魔力、全部捧げれば島が大きくなるかな?
ダリア姉さんとアイリス姉さんの話では、竜の方たちにベビーブームが訪れており、これから先を考えると亜人連合国の領土では手狭になりそうなんだとか。
だからこそ島を自分たちの物にすべきではとディアンさまに相談したのだ。ディアンさまは掟や理に厳しい方なので、誰か所有者が居れば迷惑が掛かると考えていたようだけれど。この時代、無人島であれば住み着いた者が勝者である。もちろん、攻め込まれて負ければ明け渡さなくちゃならないけれど。
竜の方たちが住むのであれば、火山があったって平気なわけだし。むむむ、と一人で腕を組んで考える。
『ナイ、何を考えているの?』
私が試してみようか迷っているのを、クロが察知したようだ。顔を覗き込んで、こてんと首を傾げていた。
「私の魔力を地面に注ぎ込んだら、隆起しないかなーって考えてた」
『流石にナイの魔力量でも無理じゃないかなあ?』
クロが苦笑いを浮かべてた。やっぱり大地を動かすなんてことは無理だよね。でもなあ、やってみない事には分からない部分がある訳で。辺境伯領の小さな木が巨木になったこともあるし、オレンジの苗木に実が鈴生りになったこともある。
今更やらかした所で誰も怒らない――呆れはするだろうけれど――だろうし、誰も居ない無人島だから迷惑を被る人は居ない。ひとつ心配があるとすれば、地面が急に隆起すれば津波が起こるくらいだろうか。
『マスター』
私の影の中からロゼさんがぴょーんと勢いよく飛び出してきた。一緒にヴァナルも出てきて、ロゼさんの横で尻尾を振りながらお座りした。
「どうしたの、ロゼさん」
『やってみよう! ロゼ、興味がある!!』
昨夜、竜の方々に放出した魔力は回復している。ご飯も食べているので、お腹は空いていない。魔力は十分に備わっていた。
「駄目で元々かな」
政治的な話は政治屋さんたちに任せれば良い。公爵さまとディアンさま他の方々はこの島の処遇についてまだ話し合いをしている。私はただの子爵家当主だから、その話には加われないし加わる気もない。そもそも帝国でさんざん暴れたのだし……――今更か。
ふう、と深く息を吐いて目を閉じる。
地面の隆起がどういうシステムなのかはさっぱりである。プレートとプレートがぶつかり合って歪みが生じ、跳ね返りが地震のメカニズムとおぼろげに覚えているけれど、あれは違うし。
火山が爆発して、流れ出た溶岩が海水で冷やされ固まり島の面積が広がったというニュースはみたことがあるな。地面の奥深くに意識を集中する。帝国で巨大魔石を壊した時と同じ要領だ。足の裏に感じる地面の感触。細い糸を小さな穴に垂らすように、自身の魔力を深く深く送り込む。
『ナ、ナイ?』
『マスター、頑張って!』
『オオキクナル?』
『おや。聖女さまがまた何か楽しい事をなさっているようですよ、ジョセ』
『そのようですね、エル。聖女さまは次は何を望んでいらっしゃるのでしょうか』
地面の中を魔力で探っていると、何か感じるものがあった。それは暖かで力強い何か。その何かが私の魔力を手繰り寄せ、もっと寄越せと叫んでいた。
遠慮など必要ないだろう。なにせ相手は星である。何千何万何億の時を宇宙の中で生きてきた、この世で、この宇宙で、長く生きてきたのだ。たかが人間一人の魔力を目一杯吸い込んだところで、びくともしない。生命力に溢れているのだから。
――ならば。ありったけを。
今までどこかしらで加減を考えていたけれど。今回は自重も遠慮もしなくていい。持っていけ。ありったけを。心臓の裏がやけに熱い。魔力を練って地面へと垂れ流す。何が起きるかなんてわからないけれど、望んでいるなら望み通り私の魔力を持っていけ。
「ナイ?」
「ナイ!」
「な、なにをしている!」
「また何かをする気みたいですわね!」
「…………うわあ」
「うそ、だろ……」
「馬鹿者が。――またやらかす気か!」
「すさまじい魔力量だな」
「ナイちゃん、思いっきりいきなさいな!」
「ナイちゃん、いっけ~!」
『すごい魔力ね! ふふふ、面白いことになりそうだわ!』
全力放出の魔力に周囲にいた方たちが気付いたようだけれど、もう遅い。魔力は確実に貪欲な何かに吸い取られているし、魔力の減り方が尋常じゃない。
「おやおやおやおやおや。僕が居ない所で聖女さまはこんなことを! 一体何が起こるのでしょうか。楽しみでなりません! 魔術師の皆さん、この光景を確りと記憶していてくださいね!!!」
なんだか凄くテンションが高い副団長さまの声が聞こえるし、その周りで騒いでいる人たちの声も同時に聞こえた。魔力はまだ持っていかれているので、満足できていないようだ。これは根競べになりそうだと、更に魔力を練る。
あー、コレ。王国全土に障壁を張った時よりも消費量が多い気がする。魔力消費量が上がっているので、魔力量も上がっているのだけれど、まだ持っていく気らしい。欲張りなことでと口の端を伸ばしつつ、私の魔力を大量に持って行っているのだから、効果は目に見えるものであって欲しい。
――あ。
底をついた。ぷすん、とガス欠のエンジンのように何かがこと切れて地面に倒れ込むと、リンが抱きかかえてくれていた。大丈夫かと問われ、大丈夫と返事をして意識を手放したのだった。
約五千字……長いですが投げました。






