0488:【④】帰り道の途中。
お湯が湧いていたと聞き現場に向かったのは良いけれど、現状は少し違った。お風呂が入れると思い込んでいたので、てっきり四十度前後の水温だと思い込んでいた。私の場合は暑い日でも四十度くらいのお湯に浸かって、一日の疲れを取りたい。
が、目の前で湧いているお湯は……温かった。人肌くらいなので、三十六度程度の温度。常温ではないから、地熱で温められてから地上へと湧き出ているのかも。温泉臭もせず周囲は変色していないので、温泉成分は期待はできないかなあ。
ヌルヌルならアルカリ性なんだけれど、普通のさらさらな温水だった。酸性の可能性があるけれど、手を浸けてしばらく放置しても痛くなったり痒くなったりしないので、問題のない程度だろう。魔術と魔法が使える方たちが居るので、問題が起これば治癒を施してもらえばいいだけだ。というかこの島、真水はあるのだろうか……。
「丁度いい温度だよね~」
個人的にはもう少し温度が高くても良いのだけれど、低い温度で入るのが当たり前なので何も言えない。
私とフィーネさまは服のままで、竜の方に掘って頂いた穴に浸かってる。後で魔法で乾かしてくれるので、着衣のままで良いよとお姉さんズが言ってくれたのだ。石鹸があれば良かったけど、自然破壊となるしお湯に浸かれるだけでも随分とスッキリする。
「そうね。お湯が湧き出ているってことは、火山でもあるのかしら」
足湯を楽しんでいる、アイリス姉さんとダリア姉さんの声に耳を傾ける。地熱で温められたということは、地下のどこかしらに熱源があるということだ。
島には火山はないようだし、可能性があるとしたら海底火山だろうか。島として見えている部分は火山として活動しておらず、海底の見えない所で火山活動が活性化することもあるだろう。海底火山爆発で、地上が隆起した話とか聞いたことがある。火山活動で、島が大きくなったら浪漫だよね。
「島の地上部分ではそんな場所は見なかったですよね?」
お姉さんズと少し打ち解けたらしいフィーネさまが疑問の声を上げた。ソフィーアさまとセレスティアさまとリンは周囲を警戒してくれている。クロとロゼさんとヴァナルも周囲を警戒してくると言って、何故かこの場を後にした。お婆さまは、ふらふらしているのだろう。いつの間にか居なくなっていた。
私たちが居る辺りには近づかないでと軍の方たちには通達されているけれど、念の為なのだそうだ。のぞきをする勇者が居るかどうかはさておき、三人に敵う人ってアルバトロス側で居るのかどうか謎だ。セレスティアさまは、竜の方に『通して欲しい』とお願いされれば簡単に通してくれそうだけれど。
「うん。もしかしたら地下にでもあるのかな~?」
「人が住むには適さないかもしれないけれど、竜なら問題なさそうよね。あとで代表に移住地候補にって勧めておかないと」
竜の数が少しずつ増えているので、亜人連合国の土地だけじゃあ狭いそうだ。大空を飛ぶ竜の方々には、確かに丁度良いのかも。
亜人連合国とこの島に行き来するのは簡単だろう。ディアンさまは領土拡大には興味がないので、進言しておかないと気付かないだろうとお姉さんズ。無人島であれば実効支配した者が持ち主となる世界だ。もしどこかの国が『我々が先に見つけていた!』と言っても管理していないのだから、後の祭りという訳である。
「もっと土地が広ければねえ」
「仕方ないよ~。誰も住んでいない島を見つけただけでも儲けものだよ~」
確かに、竜の方々の住処とするならちょっと狭い島となる。あと三倍~五倍くらいは広くないと。永住する訳でもないなら、遊びがてらに別荘や飛び地があるのは良いことだろう。西大陸北西部の痩せた大地は少し寂しいし。こっちの島は緑豊かで、南国系の果物が沢山採れるみたいだし。
魔物も弱い部類しか居ないので安全だし、竜の方たちが住むようになれば食物連鎖の頂点となるからなあ。元々島に住んでいた魔物には悪いが、これも運命だ。受け入れて欲しい。
「島が大きくなる、かあ……」
誰にも聞こえないよう呟く。隆起して面積が大きくなれば良いけれど、火山が大爆発でもしない限りは無理だろう。アルバトロスでは地震が珍しく、小さな規模のものが稀に起きて『世界の終わりだ!』と叫ぶ人もいる。
日本で体験した大きな地震は十五年間記憶にない。石造りの家が多いから、大きな地震が一度でも起これば大惨事となってしまう。自然災害だから抗うことはできないけれど、避けたい事案である。
「あ」
「え」
「少し揺れましたね」
たぷん、と水面が揺れる。確かに揺れたけれど小さい地震だった。地震のことを考えていれば、まさか本当に地震が起こるだなんて。ダリア姉さんとアイリス姉さんは少し驚き、フィーネさまは落ち着いた様子だった。
前世だと自然災害に備えて食料備蓄や懐中電灯、他にも必要なものを準備していたけれど、こういうことも広めた方が良さそうだ。アルバトロスに戻ったら、いろいろと書類に纏めてみようかな。学院と聖女のお勤めがあるから、ちょっとずつ進めることになるけれど。あとは心臓マッサージとかもかなあ。魔術で応用できるけれど、魔力持ちじゃない人に教えておけば、緊急時の応急処置として使えるはずだし。
公爵さまにタダで情報を渡すなと言われたので、お伺いを立てつつだけれど。私が考えたことじゃないけれど、誰か助かるなら良いことなので許して欲しい。
「びっくりしたね~」
「珍しいわね」
『飛んでるから分からなかったわ!』
きょろきょろと周囲を見回しながら、何も変化がないことに安堵しているお姉さんズ。長生きなエルフでも地震は珍しいようだ。ほとんど空中に居るお婆さまは残念そうな顔を浮かべていた。驚いている姿が珍しいと、彼女たちを見ているとソフィーアさまとセレスティアさまが近づいてくる。
「大丈夫か?」
「皆さま、お怪我はございませんか?」
心配そうな顔を浮かべて、問いかけられた。
「大丈夫よ」
「向こうも気になるし、戻ろう~」
お二人の言葉にダリア姉さんが答え、アイリス姉さんが戻ろうと告げた。ならばと立ち上がってお湯から上がると、即座に魔法が飛んできた。
「凄い」
「本当に綺麗に乾いています」
ダリア姉さんの歌うような詠唱が聞こえると、びっしょりと濡れていた服が完全に乾いていた。
「基礎よ、基礎。褒められることでもないわ」
「興味があるなら教えるよ~」
感心している私たちに苦笑いを浮かべるお姉さんズ。ありがとうございますと頭を下げると秘密にするようなものじゃないので、やる気さえあるなら教えるよとのこと。エルフの皆さんは生活に根付いた魔法も得意のようだ。
魔術は攻撃や補助に防御と戦うことに関しての技術が発展しており、生活に関しては魔術具でカバーしている。 時間が出来たら教えてくださいとお姉さんズに頭を下げ、フィーネさまにも聞いたら留学中に機会があればということで話がついた。
「さ、戻りましょう」
いつの間にか戻ってきたクロが私の肩に乗り、ロゼさんとヴァナルが影の中に入る。上空から降りてきた竜の方の背に乗って、浜辺へと戻るのだった。