0486:【②】帰り道の途中。
ぴゅーと飛んで行ったワイバーンと騎士さまは、暫くすると戻って来た。待っている間は島の上を旋回していたのだが、上空から確認しても誰も見えないし家等の建造物も見当たらないそうだ。ディアンさまの背の上で『大丈夫そう』とみんなで顔を寄せ合っていたその時、先遣の竜騎兵隊が戻って来た。
『誰も居ないみたい~。でも魔物が居る』
『住んでる人間も、島に来た人間も居ないかな。魔物は竜に驚いて出てこない筈だよ』
私の下に来て報告をくれたワイバーンの頭を撫でていると、公爵さまに報告を終えた騎士さまたちがこちらへと戻ってくる。
「では、我々は失礼します!」
『またね、聖女さま』
『バイバイ~』
騎士さまに頭を下げ、ワイバーン二頭には手を振る。公爵さまが私の隣に立って、降り立って暫くの時間休憩を取ると教えてくれた。それと同時、ディアンさまの体が少しだけ傾く。高度を落とし始めたようで、海がどんどん近くなっているし島の景色も手に取るように分かる。
『ゆっくり休める場所だと良いね』
「だね」
クロが私の肩の上で声を上げ、私の顔にすりすりと顔を寄せる。毎度の事なのでクロの言葉に返事をして、頭か身体を撫でるのがお約束となっていた。
高度がどんどん下がってくると、大型の竜に乗っていた小さな竜たちが思い思いに飛んで行く。飛ぶのが苦手な子は島へそのまま降り立ったり、何度か空を旋回しながら島へと着地する子も居たり。個性が出て可愛いなあと見ていると、肩に乗っているクロが強めに顔を擦り付けてくる。どうしたのだろうと肩へと手を伸ばして、腕の中へと抱きかかえる。
「どうしたの?」
『なんでもないよ』
器用に私の腕を枕替わりにして、顔を置いたクロ。なんだろうと首を傾げているとディアンさまが島へと降りたようだ。
着地がゆっくりだった為、降りたときの衝撃とか全くなかった。長期休暇の時、亜人連合国からアルバトロスへ戻った時はもっと振動が伝わっていたけれど。今回は本当に分からないんだよね。降り方を工夫したのだろうとディアンさまの顔を見ると、視線が合って彼は目を細めていた。
リンにひょいと下ろされて、砂浜に足を付ける。ちょっと砂が暑いので、外気も暑い。照りつける陽は燦燦と降り注いでいるし、陽の大きさはアルバトロスで見るよりも大きいような。
現在位置がどこなのか全くわからないけれど、大海原の中にポツンと浮かんでいる島には誰も住んではいないようで。未発見の島ならば、この島の扱いはどうなるのだろうか。飛び地に価値は低そうだし、無人島ならば更に価値はなさそう。
何か価値のある物が眠っている可能性もあるから、所有者が居ないなら亜人連合国かアルバトロスの管理下には入りそうだ。暑いけれど入植して開墾すれば人は住めるだろう。あとは年中枯れない水場があれば問題がない。
「アルバトロスも夏の時期は暑いが……」
「……暑さが上回っていますわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが苦言を呈していた。気持ちは理解できる。だって暑いのだから。アルバトロスの夏は暑いけれど、クーラーが必要だとまでは思わない。欲しいと願うか願わないかのギリギリのラインを攻めている感じ。
降り立った島はじっとしていてもジワリと汗が噴き出そうな暑さだった。日本で猛暑や酷暑を経験しているので、我慢できるけれど慣れない人にはキツイかも。
現にフィーネさまとメンガーさまはまだ大丈夫そうだけれど、現地組、公爵さまとソフィーアさまにセレスティアさま、ジークとリンはげんなりしている。軍の方も手でパタパタ仰いで涼を取っているけれど、効果はさほどの筈。竜の皆さまの休憩地としては最適だけれど、人間にとっては酷な環境だったようだ。
「……暑いな」
「暑いね……」
ジークとリンもこの暑さが苦手なようで。私は暑さに耐えるよりも寒さに耐える方が苦手だから、我慢できるけれど。竜の皆さまは暑さ寒さには強いようで、海で泳いでいる方も居れば、休憩を取る為に寝ている方、探検してくるとディアンさまたちに告げて森の中へと入って行った方。
自由だなあと見ていると、公爵さまたち軍の皆さまも日陰の確保と水場の確保や歩哨組等に分かれて動くようだ。
暑さに慣れていないアルバトロスの皆さまだ。こまめな休憩と水分を取ることと塩分も取ることを告げると、不思議な顔をされた。そんなことで倒れることが防げるのかと聞かれたが、何もしないよりマシである。
「前の知識かね?」
軍の指揮を執っている公爵さまが、私に問うてきた。
「ええ。夏はアルバトロスより暑かったので、国民に周知されていましたから」
それでも倒れるときは倒れるし、本人の体調や睡眠時間で左右されると付け足しておいたけど。前世の記憶があると露見したことによって、隠すことが無くなったのは気分的に楽ではある。アルバトロスや西大陸で存在しない知識を披露するのは、危なっかしいので控えていた。素人の知識でも分野次第で、この世界の最新技術や知識を超えることがままあるし。
「広めてしまっても問題ないものか?」
「塩と水なら安価で手に入りますし、問題はないかと。あとは体調管理に気を付けていれば、一定の効果があるはずです。一番は涼しい場所に居ることですがね」
食い気味に問われているので、軍の方で暑さで倒れる人が過去に居たのかも。軍は暑かろうと寒かろうと動かなければならないからなあ。寒さは厚着をすれば凌げるけれど、暑さは服を脱いでもどうにもならない。クーラーとか冷却ファンの付いた作業着なんて存在しないし、暑さに耐えるのは大変なのか。
私が知っているということは、フィーネさまとメンガーさまも知っていることだろう。私は高校を卒業して就職したけれど、お二人は高専とか短大、大卒かも知れないので私より知識が豊富な可能性がある。
転生者だと告げるのはお二人の考え次第。アルバトロスと聖王国に戻ったら大変なことになりそうだ。日本で生きていた知識や常識に発想って、こちらの世界に住む人たちには奇抜で不可思議なものだろうし。
新たな技術を開発する力や知識がなくとも、発想だけ出してこちらの世界の有識者に丸投げも出来るしなあ。副団長さまにお願いしたカメラの魔術具だって作れたのだから、発想さえあれば問題なさそうだ。
「そういう意味ではない」
公爵さまは腕を組んで私を見下ろす。そういう意味じゃないなら、どういう意味だろうか。
「え?」
「技術や知識には価値がある。タダでそういう話をしても良いのかと聞いておるのだ!」
私は問われた意味を理解しておらず、その様子を見た公爵さまは深いため息を吐いてから言葉を発し、呆れたのか言葉尻が強くなっている。確かに知識や技術には価値があるけれど、極めるまでには至っておらず、表面上だけの知識に価値があるのかと問われれば『否』と答える自信があるんだけれど。
『ナイはどこかズレてるから』
「……クロ、酷い」
ズレているつもりはないのだけれど。変わり者ではあるのかな。前世の知識持ちだし。軍の方たちと一緒に暇つぶしも兼ねて探検したい所だけれど、私が動き回ると迷惑を掛けてしまいそうなので、降り立った場所で待機することにした。
これだけ暑いなら南国系の果物とかが森の中で実っていそうなので、持って帰って子爵領で生産にチャレンジしてみたかったけれど。諦めるしかないなあと、大海原を見つめるのだった。