0485:【①】帰り道の途中。
朝、アガレス帝国を出発して六時間以上の時間が流れていた。行きは緊張感があった所為か無休でアガレス帝国まで乗り込んだが、帰りは竜の皆さまが疲れた様子を見せていた。
「どこか休憩できる場所があれば良いけれど……」
ディアンさまの背の上でぼやく私。きょろきょろと周囲を見渡しても、視界一面は海ばかり。手頃な大きさの無人島でも見つけられれば良いけれど、無人島となると難しいだろうか。
有人島となると竜の大群に世界の終わりかと騒がれそうだから、避けたいんだよね。時折島を見つけるものの、家が見えたのでスルーしていた。この竜の数に腰を抜かしているかもしれないけど。西大陸の国には私が攫われたから、竜が数多く上空を通過するけれど驚かないで欲しいと通達は済ませているとか。
「海しかないな」
「最初は綺麗な光景と見惚れていましたが、流石に飽きてきましたわね」
ソフィーアさまが海面を見ながら、セレスティアさまも遠くの海面を見つめながらぼやいている。私もディアンさまの背に乗って、アガレス帝国を脱出して東大陸の各国上空を面白く視ていたけれど、流石に何時間も海の上を飛んでいると飽きてきた。
一番大変なのは私たちを運んでくれている竜の皆さま。
ディアンさまやベリルさま位の大きさ――超大型と仮定しよう――であれば、大陸間移動は問題ないようだ。彼らよりも小さいサイズとなると体力が足りないようで、空中で私が魔力補給を行っていた。昨夜に私がばら撒いた魔力では足りなかった、というよりも大型の竜の皆さまに奪われていたのが正解らしい。
こういう所は弱肉強食がまかり通るようで、文句が言えないらしい。私が真実を知ると大型の竜の皆さまが、しょぼんとしていた。竜の皆さまが築いた文化に口出しする気はないので、凹まなくとも。戻ったらまた魔力放出かな。みんな私の為に動いてくれたんだし、大盤振る舞いしても怒られることもないだろう。
ディアンさまの背には公爵さまやダリア姉さんにアイリス姉さんお婆さま、ソフィーアさまにセレスティアさま。ジークとリンに私、フィーネさまにメンガーさま。軍のお偉いさん方に、手足を縛られ目隠しを施されているヒロインちゃん。
銀髪くんは竜の皆さま全員が背に乗せることを拒否したので、最も飛ぶのが荒いと言われている竜の方の脚に縄を括りつけて垂らされている。絶叫マシンが苦手なら気が気じゃないだろう。下は海か地上である。落ちるとペチャンコになるのが確定だ。
副団長さまは小型の竜の背に乗って、周囲警戒をしているようだ。竜騎兵隊の皆さんも、定期的に大型の竜の背から飛び立って警戒にあたっていた。
空の上だから滅多なことは起こらないけれど、念の為だそうで。偶に、私たちに近づいてフライパスを行う姿は見惚れるものがあり、セレスティアさまのテンションが爆上がりしていた。写真の魔術具を持ってこなかったことを凄く後悔していたのが彼女らしい。
アルバトロスに戻るにはまだまだ掛かるようだ。行きはかなり飛ばして来たようだから、ゆっくり戻ろうと公爵さまとディアンさまとで話が付いているとのこと。
「……帰る方法が竜の背に乗って戻るなんて」
「胃が痛い……」
風に乗ってフィーネさまとメンガーさまの声が聞こえてきた。竜の背に乗って緊張しているのか、ずっと正座をしたままだ。疲れるから足を崩した方が楽ですよと伝えたし、ディアンさまも『そんなに緊張しなくとも』と声を掛けてくれたけれど態度は変わらず。
ダリア姉さんとアイリス姉さんも、二人に声を掛けて緊張を解きほぐそうと試みたけれど、エルフを初めてみたようで、緊張を更に加速させていた。お婆さまが見えたらどういう反応を見せてくれるか気になるが、嫌がらせだなあと思ってしまい祝福は施さず。
『大丈夫かしら、あの二人』
私の肩でお婆さまが言った。お婆さまの言葉にダリア姉さんとアイリス姉さんが笑う。
「そのうち慣れるんじゃないの?」
「何回も乗せれば良いんだよ。竜なんて移動手段だし~」
竜の皆さまを乗り物扱いできる方はなかなか居ないと思う。本当にタクシー代わりに竜の皆さまを使っているようだ。言われるままに文句も言わずタクシー役を務めている竜の皆さまも皆さまだが。でも他の人に言われたら乗せてくれなさそうだから、仲間だと信頼し合っているのだろう。
「ナイ、島が見える」
私を膝上に乗せて腕を腹に回しているリンが声を上げた。本当なら許されないけれど、今回だけは特別だとみんなが笑っていた。
私が攫われて一番取り乱していたのはリンだったと聞き、恥ずかしいから止めろとは言えず。リンの依存に向き合う時が来るだろうな。ジークとリンに依存している部分はあると自覚しているから、強く言えないのが痛い所だけれど。
「島、どこ?」
目を細めて前を見るけれど、私には全くわからなかった。リンは視力が凄く良い。魔力を外に出せないタイプの人間なので、魔力の消化は身体強化に使用されている。視力にも効果が表れているようで、私が見えない範囲も見えてしまうのだ。
「あっちだよ」
「ああ、本当だな。もう少しすればナイにも見えるはずだ」
リンが見えたという島の方向を指を指し、ジークも彼女が見えたという島の方向を見ると彼も捉えたようで。未だに見えない私は首を傾げている上に、ソフィーアさまとセレスティアさまも見えてないようだ。公爵さまはジークとリンの言葉に頷いていたので、島があることを認知したようだった。
「あ、あれかな?」
なんとなく島影が見えてきた。これまでは私たち一行全員が降り立てる場所が無くて諦めていたけれど、目先にある島の大きさならば十分休憩所としての土地がある。
「代表殿、休憩にせぬか?」
公爵さまがディアンさまに声を掛けた。公爵さまからディアンさまの耳まではかなり距離がある。声が届くのか凄く不思議だけれど、届いてしまうものらしい。前を向いていたディアンさまが、こちらを振り返って公爵さまを見た。
『ふむ。疲れている者も多いし丁度良いな』
有人、無人に関わらず島に降りる事が決定しそうだ。有人島だと現地の人たちへの説明が大変そうだなあ。どこに所属している国かも分からないし、無人であることを願うばかりだ。
「先遣部隊を送って許可を取った方が無難かの」
『竜騎兵隊に頼むのか?』
「そうなるかな。――ワシも説明に赴けると良いのだが……」
軍のトップが軽々しく行って良いものなのだろうか。文化や風習が違えば、突然切り殺されても文句は言えない気がするけれど。
『では呼び寄せよう。まずは住んでいる者が居るか居ないかの確認だな』
少し待っていると、二匹のワイバーンが騎士を背に乗せてこちらへと飛んできて、ディアンさまの背にゆっくりと降り立つ。騎士がワイバーンの背から降りて、公爵さまの下へと駆けつけるのを横目に、ワイバーンが私の下へとやって来て、首を下げて私に顔を近づけた。
『聖女さまだ~』
『聖女さま、疲れていない?』
クロが私の肩の上から飛んで、ワイバーンたちに挨拶をしていた。どうやら今回の事を労っているようで、クロもマメだよね。私もワイバーン二頭の顔を撫でながら、彼らの疑問に答える。
「大丈夫だよ。君たちは疲れてない?」
『竜の背に乗っけて貰っているから大丈夫だよ~』
『時間になれば警備の為に飛んでるだけだもん。疲れないよ』
機嫌よさそうに目を細めて私の手を受け入れている二頭。しばらくすると公爵さまと話を終えた騎士さまがこちらへ戻ってくる。流石に座ったままは不味いなと立ち上がって、騎士さまたちと挨拶を交わし。
『行ってくるね~』
『お仕事、頑張らなきゃ』
「お願いします。あと気を付けてね」
ディアンさまの背から飛び立って行く竜騎兵隊を見送る。さて島の形が随分とはっきり見えてきたけれど、無人島なのか有人島なのか。有人島ならば住んでいる人たちの文化レベルはどんなものなのだろうと、いろいろと考えを巡らせるのだった。