0484:【④】皇女殿下の事後処理。
皇宮の端にひっそりと建つ小さな塔。地上部分は貴人を捕らえた時に使用し、地下部分は平民や上階に捕らえる価値のない者を閉じ込めておく場所。一生、縁のない場所だと遠目から見つめていたというのに、足を運ぶことになろうとは。帝位に就く為の行動なのだから、諦めるほかないのか。
「帝国貴族が魔術を嗜むとは……」
魔術師を捕まえたと報告が入り、この場へと閉じ込めたと聞いた私は急いで赴いた。どこにでも居そうな特徴のない顔だが、羽織っているローブが目立つ。そんな恰好をしていれば帝都で噂が流れるはずだ。騒ぎの最中、一人だけ魔術に関しての本を漁っていたのだ。
本屋の店主には『俺が召喚した』と自慢しており、それを聞いた帝国臣民が嘘か真かと騒いでいる所を捕らえたとのこと。
馬鹿なことを言ったと捕らえに行った近衛兵が男の側で呟けば、彼らなど魔術で殺してしまえば良いのだと大声を上げた。帝国への忠誠心が高い者は、その言葉にカッとなって数発殴ってしまったそうだが問題などない。
帝都で捕らえた魔術師は貴族だった。ただ、目の前の男の代で功績がなければ、取り潰しが決定している家。
近衛兵は貴族で構成されている。犯罪者に手を上げても問題ないし――やりすぎると駄目だが――吹けば飛ぶような家の主だ。近衛兵の方が価値が高い。
「魔術の素晴らしさを理解できぬ者に言われたくありませんな、殿下」
「確かに魔術は素晴らしいのでしょうね」
術の行使に必要な魔力量と知識が備わっていれば。アガレス帝国の魔術師が術を行使する場合は魔術陣を描かなければならないそうだ。
東大陸に住む者は、魔力量がかなり低い。ナイさまの様に術者単体で魔術を行使出来る者は居ないはず。居たとしても魔術は廃れた技術故に学ぶ物好きが少なく、魔術関連の本は高い。魔術師として名を上げることは難しいだろう。
「そうです! 魔術は素晴らしいというのに、帝国や東大陸に住む方々は一向に認めようとしない!」
男の主張は、何故魔術を認めないと叫ぶばかり。魔術を認める、認めない以前よりも魔術師を見たのは彼が初めてで、魔術を見たことがない。
ナイさまが巨大魔石を破壊した光景が初めてである。召喚儀式の際には詠唱をかなりながく読んでいた。だと言うのにナイさまは、無言で魔術を放った。確かに素晴らしい力だ。魔力が備わっていればの話となるが。
「長く根付いた文化を変えるのは容易ではありません。貴方は魔術師として名を上げたいのならば、大道芸人にでもなるべきだったのでは?」
魔術を応用して、使いこなせば人気が出そうだが。民に興味を持たせて、根気よく普及活動をするしかないだろう。上手く行けば魔術に興味を持った子供が、同じようなことをしてみたいと願うかもしれない。もしかすれば魔力量がそれなりに備わっている人が出てくるかもしれない。
アルバトロスや西大陸では多くの者が魔力測定をするそうだ。魔力量が多ければ魔術師や魔術師に準ずる職業に就けるのだとか。一方帝国では、魔術師と名乗っても無職と同義。本当にこの家はよく今まで体裁を保っていたなと感心する。きっと以前の代の方が優秀だったのだろう。今代はどうしようもないくらいに、役に立たない貴族であるが。
「魔術師が大道芸人だと! ふざけるな! ――」
男は広場で道化を演じて金を稼いでいる者が気に食わない様子。激高しながら魔術の素晴らしさを説いているが、私たちはそんなことに興味はなく。取り調べの兵士に語れば良いと、暫く好きに喋らせて疲れた機を狙って言葉を挟む。
「何故、第六皇子のゼクスに協力をしたのですか? 召喚儀式の魔術式をどうやって手に入れたのでしょう?」
どうやってゼクスと接触出来たのかも謎であるし、小物がどうやって儀式魔術の術式を手に入れたのかも疑問だった。アルバトロスの魔術師は魔術陣を描くことならば誰でも出来ると言っていた。但し、魔力持ちであれば尚良いそうだ。
あとは儀式に必要な魔力があれば問題なく行える、とも。魔力量が足りない為に巨大魔石を用意したのは、手法として間違っていないそうだ。アルバトロスの魔術師も、魔力が足りなければ魔石で補助するのが普通らしい。
「第六皇子殿下に会ったのは偶然だ。街中で気楽に声を掛けられた」
ローブを纏っているから魔術師と一目で分かる格好だ。黒髪黒目の者を招けば帝国内での地位が盤石になると、第六皇子ゼクスはアガレスへ招く方法を考えていたらしい。理由を聞き金が手に入ると知った魔術師は、やる気を出した。コネや他の魔術師仲間を頼り、召喚儀式の本を借り受けたそうだ。
必死になって複写して持ち主に返したそうだが、まさかこの時点で魔術陣の描写を間違えて、別の世界からではなく西大陸からナイさまたちを呼んでしまったのだろうか。
今は思考を割くべきではないと、隣に居る近衛兵に告げる。召喚魔術の本は回収しろと。そして複写本を見つけて、差異を見つけだせとも。西と東大陸の国々で召喚儀式禁止条約を結ぶのだから、これからは必要のないものとなる。禁書扱いにして厳重に管理しなければ。
「魔力が足りなかったが、巨大魔石を第六皇子が二個、第一皇子が三個提供してくれたからな。儀式は成功するはずだったのに、何故異物が紛れ込んだ……」
男によると黒髪黒目以外が現れる可能性は全くないそうだ。魔術陣の複写を失敗しているのだから、何故この男は絶対の自信を持っているのだろうか。やはり魔術師には妙な者が多い。魔術師と名乗る者が少ないので他を見たことがないが、アルバトロスでも魔術師は変態だと言われているようなので、目の前の男も変わった人間なのだろう。
ナイさま以外にも四人が呼ばれている。彼女の説明では、偶々私の側に居たので巻き込まれたと教えてくださった。嘘の可能性もあるので鵜呑みにしない方が良いだろう。そもそもナイさまと私との邂逅は非公式な場だ。
嘘を吐くなんてと言える立場でもないから、責めたり文句も言うつもりはない。ただ、いつか真相は知りたいと願う。ナイさまと良い関係を結べる事が出来たなら、いずれ問うても問題はないのだから。
「術式に問題があったのでは?」
気付いていない男に問題点を指摘する。
「何を言う! 複写は完璧だったし、描いた魔術陣も間違いなかった! 成功はしたが、何故か異物が紛れ込んだのだ!!」
両手で頭を抱えて悩んでいた。自分の身の安全を悩んだ方が良い気がするのだが、魔術師なので考えが及ばないようだった。有益な情報は引き出せそうにないなと、警備は近衛兵に任せて場を後にする。
「――殿下、処分は如何します?」
「彼が第六皇子に協力したことは事実。まずは皇族をそそのかした罪と同等の罰を与えましょう。あまり意味はないかもしれませんが、家の取り潰しと財産没収――」
廊下を歩きながら罪状を話し合う。小物なのだから、正式な場で協議して罰を決定するほどの事ではないし、やるべきことはまだまだある。覇道を進む為には並々ならぬ苦労が舞い込んでくるなと口を伸ばす。
「良い機会です、腐った部分は全て取り除きましょう。長く滞留していた空気を新しいものに取り換えるのです」
黒髪黒目召喚をきっかけに、帝国は亡国の危機まで陥ってしまった。だけれど、ナイさまは道を残してくれたのだ。膿んだ部分を綺麗に洗い流す算段だけを付けて、アルバトロスへと戻られたが。
ナイさまのお陰で、上手く民衆の心を掴んだのは功を奏した。少しづつ、私に帝位をと望むものが帝都では増えているそうだ。
ナイさまがアインのことを暴露したこと、アインが私を力任せに御し民を無理矢理に捕らえたこと。私がアインを罰すると宣言したこと。上手く事が運びすぎではと首を傾げてしまいそうになるが、大きな流れがやってきているのだ。この流れに乗らなければ、私は無能も同然。
さあ、やるべきことはまだまだあるぞと気合を入れ直す。捕らえた皇子たちの処分に、第七皇子から第十五皇子までの将来を上層部のみんなと話し合わなければならない。
逃げた貴族の代わりに有能な者を見つけ、その地位を宛がう。他にも考えていたらキリがないけれど。
――最後はあの国だ。
帝国の管理下ではない国だが、放置しておくのは危険すぎる。いろいろと理由を付けて、接触する機会を設けなければ。今は国内を優先させるべきなので、少し先のことになるだろう。だが必ず黒髪黒目のお方に無礼な態度をとった責任は取って頂くと、拳を握りしめるのだった。