0482:【②】皇女殿下の事後処理。
護送車の檻の中で騒いでいる弟を見る。本当に馬鹿なことをしたものだ。父のように能力のなさを自覚し、周囲に頼り聞く耳を持っていれば、このような結末は迎えていなかっただろうに。第一皇子であるアインの決闘騒ぎに加担した、第二、第三皇子も捕えている。他国の貴族に喧嘩を勝手に売ったのだ。
しかも相手は黒髪黒目の者である。帝国臣民にこの事実を突き付ければ、黒髪黒目の者に対して無礼を働いたと納得してくれる上に、王都には第一皇子が黒髪黒目の方の意に反して帝国に連れて来たと噂が流れている。
直情な第一皇子であるアインは皇宮の中で何度か問題を起こしたことがある。周囲は若さ故の過ちと庇っていたが、帝国上層部のマトモな方々が陛下へ進言していた。アレは国を駄目にする男である、と。陛下も彼らの声を本能的に理解していたようだ。アインを皇太子の座へ就かせることのないまま、今に至るのだから。陛下の顔が浮かべば、一緒に姿を浮かべてしまう方々が居る。
「側妃さま方にはなんとお知らせしましょうか……」
陛下が寵愛されている皇后陛下を始めとした側室の方々だ。自身が腹を痛めて産んだ子たちが処罰されるとなれば、何かしら言いたいことくらいあるはず。罵倒くらいで済めば良いが、彼女らの実家へ協力を求めて私の死を望む可能性もあるのだ。注意せねばなるまい。
私の周りに侍っている者たちへ顔を向けた。
「事態説明も兼ねて、後宮へ参りましょう」
陛下も一緒に居るはずである。彼が帝都の外へと赴いたのは何年振りなのだろうか。記憶を探ってみると、私が覚えている限り公務でも私用でも外へと出たことがない気がする。
どこかへ足を向けるとすれば、後宮であることが常だったようにも思う。私が父の異常性を見抜けていなかったことも、今回の騒動へと発展した一因だろう。
さっさと腹を決めて、アインを追い落とす覚悟を持っていれば良かった。だが、その時は帝国上層部は荒れてしまっただろう。第一皇子一派と私を支持する者たちの派閥で火花を散らせ、結果国が割れるということもあり得た。
ナイさまのお陰で、第一皇子一派からこちらへと鞍替えする者も出てきている。男を優先すべきと頑なに譲らなかったが、黒髪黒目を信仰している者であれば今回の件に不満を持ってしまったようで。アインを止めることも出来ず何をしていたと言いたくなるが、ここは恩を売って自派閥へと招き入れるべきと判断した。
妙な動きをしないように監視付きだとも告げているし、文句があるならば無派閥となるしかないが、アガレス帝国で無派閥ということは権力がないと同義。自領を運営するだけで、帝国に寄与しないものと勝手に揶揄される風潮だから……。帝国に税を納めているのに酷い言われ様だが、そういう風土なのだ。
中央広場から皇宮へ戻ってすぐ、後宮へと足を向けた。宮の一番奥に位置する、一番広い部屋に皆さまが一緒に居ると侍女長が教えてくれ。大きな扉を遠慮なしに開いて、ずかずかと部屋に入り込む。ここは寝所ではなく、皆で集まる憩いの場。妙な事にはなっていないので、心置きなく足を踏み入れることが出来た。
大きなソファーの真ん中には陛下の姿が。その右横に皇后殿下、左横には皇后殿下のライバルだった妃殿下の姿が。ソファーの後ろにも妃殿下が三人控えており、陛下の顔を撫でたり肩を撫でたり。甘い空気が流れているので、私は息を大きく吸ってから声を出す。
「陛下、皇后殿下、妃殿下。――黒髪黒目の方に無礼を働いた第一皇子アイン以下、三名を捕らえました」
宰相に顔を向け一つ頷く。取り急ぎで良いので今回の顛末を纏めた書面を用意して欲しいとお願いしていた。時折、頼りない面を見せる宰相であるが、通常以上の苦労を背負っていたり、胃を痛める条件下であれば平時よりも力を発揮する口の人間である。
今回も彼にとっては望んでいない展開だったようで、必死に帝国宰相として動いていた。普段も覚醒してくれていれば、もっと評価は上がるだろうに本当に苦労人というか……帝国、まともな人材少ないのかしら。
「な! わたくしのドライが捕まったのですか?」
紙を仲良く回し読みした後、第三皇子を産んだ側妃が声を上げた。難産だったと聞いており、それが原因なのか彼女は第三皇子を随分と可愛がっていた。
実家は成金貴族である。金を出し惜しみしないようで湯水の如く第三皇子につぎ込み、放蕩三昧だったのだから。それを横目で見ていた別腹生まれで双子である第五、第六皇子は、自身で確りお金を稼がないと、贅沢は出来ないと斜めに飛んだ解釈をしたようだが。
「はい。報告書に記してある通り、黒髪黒目のお方と他国の貴族へ喧嘩を売ったのです。捕らえられて当然でございましょう」
「……そんな!!」
私の言葉に妃殿下は顔を覆って泣き始めた。他の方にも罵倒を浴びせられるのかと覚悟してこの場に立っているのだが、彼女以外の声が届かない。
「おお、おお。泣くな、泣くな。また子を産めばよいだけではないか」
陛下、私が帝位に就いた際には去勢措置をさせて頂きます。皇后殿下と私が結託して、妃殿下の皆さまには妊娠し辛いように薬を盛って処置をしていますが、不安は残る。丁度アルバトロスの方々は魔術に詳しい方が多く、魔術で去勢処置を行えると聞きました。魔術式を公開しても良いし、魔術師の派遣も可能だと。
値段は法外なものとなりましょうが、今回捕まった者たちの私財の一部を充てれば賄える。子は望めなくなるが二十人も居るのだから、もう必要ない。今更新たな命が生まれた所で、荒れる未来しか見えないのだから。
「ウーノ。陛下は此度の件を貴女に任せると仰いました。周りの者も聞きましたね?」
皇后殿下の言葉に他の妃殿下方は頷いた。
私の母である皇后殿下は父を魅了し、彼を誘い帝国を栄えさせようと必死だった。いろいろと事情が重なり、父を御すだけで精一杯であったが。
アインを皇太子の座に就けなかった大きな要因は、父を上手く誘導させた母の功績。母は私が女帝となることを認めてくださっている。実家も説得を終えており、私が帝位に就いた際は支持を表明して頂けるそうだ。
母は聡い方なので、他の妃殿下方に話を付けていてもおかしくない。
皇后殿下はひとえに帝国の発展を望んでいる。今回の件で国力が落ちる可能性もあるが、出来るだけ上手く立ち回ってみせましょうと母に無言で頷き、部屋を後にするのだった。
――次は第六皇子のゼクスと魔術師の下へ行かなければ。