0480:朝陽。
――早朝。
陽が昇るまで数時間という所で目が覚めた。一緒に寝ていたクロとヴァナルは体を伸ばして、覚醒を促している。ロゼさんはスライムなので睡眠時間は凄く短くても大丈夫だから、護衛の為にずっと側に居てくれたようだ。
いつもなら子爵邸の図書室に入り浸っているけど、今日はアガレス帝国の帝都だ。本が好きなロゼさんだから、こっちの書物を漁るのも良いかもね。新しい知識が手に入るかもしれないのだ。今度、ウーノさまにお願いして流行りの本や技術系の本を送って貰おう。
簡単に通える距離ではないから難しいかも知れないけど。魔術文化が進歩すれば、こちらの大陸の魔力持ちの人が学ぶことも出来る。先ずは魔術がカビ臭い古いものって認識を改めないといけないけど。あとは巨大魔石の管理かな。
大地の魔素を多く取り込んで薄くなっているようだから、一定量の魔素を維持できれば魔力持ちの人は自然に増えるだろう。
気の長い話になるが、希望は持っておくべきか。魔力持ちの有用性はジークと第一皇子の決闘で証明されている。この辺りを論文にして帝国へ送れば、理解してくれるかも。知らんけど。
簡単に身だしなみを整えて、天幕の外へ出た。肩にはクロが乗り、影の中にはロゼさんとヴァナルが控えている。
「ジーク、リン、おはよう。お疲れさま、睡眠は取れてる? 大丈夫?」
天幕を開けた直ぐ、ジークとリンが天幕の警備に就いていたようだ。睡眠はある程度取っているだろうが、普段より短いはず。調子はどうかと聞くと、私に向き直る二人。
「おはよう、ナイ。――十分に取ったよ」
「おはよう。俺は大丈夫だ。ナイ、寝られたか?」
「そっか。調子が悪いなら教えてね。魔術施すから」
なんなら祝福も掛ける。二人はいつも通りだし、心配は必要なさそうだと判断して、前を向く。
「ナイ、おはよう」
「おはようございます、ナイ。良い朝ですわね」
どこからともなくソフィーアさまとセレスティアさまが顔を出した。着替え終えて帰る準備も終わっているようで。
「おはようございます。睡眠は十分にとれました。ソフィーアさまとセレスティアさまは?」
十分に睡眠はとれたと告げる彼女たちの声の後、朝ごはんを貰いに行こうと誘われた。そういえば帝都の食堂でご飯を頂いた後は、胃に何も入れていない。
いつもならば胃が五月蠅いくらいに主張するけど、精神的に疲れていたのかも。何も食べていないなと頭が考えると、どうやら胃も反応してきたようでお腹が空いてくる。現金だなあと笑いながら、お二人の背を追いかけながら歩く。後ろにはジークとリンも付いてくる。
炊き出し現場に着くと、流石に給仕の方はやって来て居らず、軍の皆さまで作っていた。道具だけは持ってきたんじゃないだろうか。鍛えてない人が空の旅を楽しむのは難しいだろう。
「どうぞ!」
緊張した面持ちで私に器を渡してくれる、年若い青年――それでも年上――から受け取る。
「ありがとうございます」
お代わりもありますから、と青年が言葉を口にした。いや、人数分の食量しか用意していないだろうし、私だけが沢山食べる訳には……。もしかして私はよく食べると軍の皆さまの間では噂が広まっているのだろうか。
軍の方は子爵邸の警備に就くことがあるので、邸で働く方たちと仲良くお喋りしている場面に遭遇することもある。サボっていないなら問題ないと許可は出している。後はお貴族さまと平民の分別が出来ていれば問題ない。
私の情報が洩れているのは如何なものだろうか。子爵邸で働く方たちはきちんと教育が施されているので、重要なことは漏らさないだろうが、恥ずかしいので吹聴しないで欲しい。
でも、よく食べると知れ渡っていれば、一杯食べることが出来るかも……。駄目だ、食い意地が張りすぎてまともな思考にならない。お腹の中にご飯を先に入れるべきと、適当に用意されている簡易椅子へ座って手を合わせる。
「いただきます」
いつものように言葉を紡いで、器についている木で出来たスプーンを持って一口食べようとした。
「――もしかして故郷のものか?」
「聞きなれない言葉ですわね」
あ、やってしまった。私が前世の記憶持ちとみんな知っているから問題ないけれど、お二人にすれば不思議な光景だろう。
本来は、神に祈りを捧げて食事を始めるのが一般的。私たち孤児組は、癖が付いている所為で食堂では『いただきます』と口にしている。神さまなんて居ないというのが、幼馴染組一同の見解。居たら私たちは孤児になんてなっていないし、死にかけていない。居るのかもしれないが手を差し伸べないなら居ないのと一緒だよなと、クレイグが愚痴を零していた。
「はい。命を頂きますという意味だそうです」
施設の職員さんから教えて貰った言葉だ。その方の実家はお寺か神社らしく、信仰深い人。いただきますの意味も理解していたようで、施設の子供に良く説いていた。神さまに祈るよりも、命を捧げてくれたことに感謝する方が自然に思えたから、言葉の意味をずっと覚えていた。
なるほどという顔をしながら、お二人はいつも通りの手順を踏んで食事にありついていた。やり方なんて人それぞれだし、好きにすれば良い。目くじらを立てるほどの事でもなく、自然と身に着いたものなのだから。
ご飯を胃の中に納めて、人心地着く。やはり帝国のご飯よりもアルバトロスの味の方が馴染むよね。軍の方が作ったものだから、いつもより味が濃いけれど。
「さて、長旅になるな」
「また竜の背に乗ることができますわ」
エルとジョセに乗っていたと聞いていたけれど、それはこちらへ辿り着いてからだったそうだ。移動の速さは竜の方が早く、エルとジョセも竜の背に乗って移動したと。速くなくて申し訳ありませんと、落ち込んでいたそうだから後で様子を伺わないと。もしかして六枚翼になったルカって、凄く速いとか言わないよね。まさかね。
ふうと息を吐くソフィーアさまと竜の背に乗れることを喜んでいるセレスティアさま。大きくなったクロの背に乗れなかったのは残念だけれど、時間が経てば乗れるかな。
『ナイ、ボクの背に乗りたかったの?』
心の独白を読まれ、クロが顔の近くで声をだした。
「ディアンさまより大きかったから、興味あるかな。飛ぶのも速いって聞いたし」
『そっか。また今度乗せてあげる。でも魔力を貯め直さないといけないかな』
無理して大きくなったから、魔力消費が多かったらしい。ほのぼのと会話を交わしていると、こちらへ走ってくる方が。どうしたのかと、やって来た人に体を向け、私の下に来るまでじっと待つ。
「聖女さま、帝国の皆さまがいらっしゃいました!」
来るなんて聞いていないけれど、お見送りなのかな。陽が出る前に出発するとは伝えていたんだし。呼ばれたので現場へと移動すると、既に公爵さまとディアンさまがウーノさまと言葉を交わしていた。皇帝の名代って言っていたから、ウーノさまの地位は向上したようだ。
「お見送りありがとうございます」
「いえ、この度は本当にご迷惑を。――また日を改めてアルバトロスと亜人連合国へご挨拶に参ります」
少し疲れているようだ。第一皇子の事後処理に昨夜は追われていたのだろう。宰相閣下や他の上層部も目の下に隈が出来ている。
派手なやらかしだった故に、影響が大きいのだろう。この機を捉えた帝国外縁部の動向とかも気にしなきゃならない。帝国の仕事だから関知しないけど、ウーノさまには上手く治めて地位を盤石にしないと。
いつの間にか場を離れていたディアンさまとベリルさまは、大きな竜の姿に。
『乗ると良い。――さあ、帰ろう』
ディアンさまの言葉でみんなそれぞれ竜の背中に乗り込んで。ゆっくりと上昇していく景色を眺めながら、地上で私たちを見送るアガレス帝国の面々が小さくなり、見えなくなるのだった。
本日の更新は一回です。
今日から本格的に書籍化作業に入ります! 十月の中頃までは一日に一話更新とさせてください。文章の勉強からやり直しかなあ……。主語と述語すら怪しい作者ですorz 一巻はweb版よりも面白くなるはず! 作者が怠けなければっ!!