0479:やっと寝れる。
2022.09.12投稿 2/2回目
案の定、第一皇子はゴネていた。使っていた剣に明確な差があったとか、西大陸の者は魔力量が多いのだからズルいとか。
第一皇子がどれだけ叫んで主張しても、紙に証拠が残っているのだから全て無駄だ。第一皇子お抱えの兵士が今し方、皇宮を目指して連絡を取るのだし。決闘だし、紙に証拠を残しているのだから逃げられない。鴨がネギと鍋を背負ってやってきた状況だったけど、こうも上手く嵌るとは。
「クソっ! クソっ! クソっ! クソぉぉおおお!! ――熱っ!」
語彙力が崩壊している第一皇子に厳しい視線が注がれている。決闘が終わった今、第一皇子は皇籍から抜けているので、一般人扱い。
後ろ手に縛られ、足も拘束されて身動きが取れない状況である。子飼いの兵士で忠誠心の高い人は、泣きそうな顔でぐっと堪えて居る。こんなどうしようもない人にも、人望があるのかと驚く。篝火の下にいる所為か、火の粉が落ちて熱かったらしい。
勝負は終わっているので、各々好きな行動を取っていた。決闘は終わったので必要のない篝火は片付けられており、周囲は少し暗くなっている。それでも篝火は割と用意されているので、夜の帳が降りていても十分に活動出来る。
「馬鹿だな。相手の力量も図れず、真っ直ぐ突っ込むしか能がない者に、帝国という巨大な国を統べる事など無理な話だよ」
公爵さま、相手の地位が剥奪された所為か言いたい放題だ。不満を溜め込んでいたんだろう。近くに居るディアンさまとベリルさまも静かに頷いていた。
第一皇子さえ居なければ順調に交渉は進んだはずだし、そもそも拉致事件なんて起こっていないのだ。本当に余計なことをしてくれた。まだ問題が綺麗に解決した訳ではなく、カニバリズム国家の件が残っている。
ウーノさまが責任を持って帝国が処理致しますと言い残して去って行ったけれど、どうするつもりなのだろう。後腐れがないようにするなら、滅ぼすのが一番楽だ。山間の小国みたいだし、残っている飛空艇を動かせば降下部隊とか出来るのかなあ。縄を垂らして、ぴゅーと降りてみたいな。楽しそうだし。
「馬鹿が馬鹿をした結果がコレね」
「本当、馬鹿だよね~」
『うーん、こんなのを揶揄っても楽しくないわね』
ダリア姉さんとアイリス姉さんにお婆さまも呆れていた。楽に事態が収拾したんだし有難いと言えば、有難いのだろうか。また第一皇子みたいなのが現れると困るので、早くアルバトロスに戻りたい。私が転生者だということもバレたから、クレイグとサフィールにもきちんと話したい。
こちらの文明を破壊するような知識は持ち合わせていないし、陛下から確認を取って許可が出れば、住んでいた所がどんな場所だったのかも幼馴染組には言いたいし。出来ればアルバトロスも日本みたいな治安の良い国になって欲しいけど、日本って元が農耕民族だったとか宗教観が特殊で文化の醸成方法が違うから。
平和って難しいねと頭の中でぼやいていると、野営をしている場所が騒がしくなる。どうやら帝国の回収部隊がやってきたようだ。
事態は予測済みだし、ウーノさまの意見を聞いてアルバトロスと亜人連合国が言い出した事。これでウーノさまの地位が強くなるなら、嬉しいこと。民衆の支持が彼女に向けば、割と自然に彼女が玉座へ就くことになるのだろう。
男尊女卑が激しい国だから彼女が玉座へ就けば、厳しい目が向けられるかもしれないが、それはウーノさまも覚悟していること。あとはゆっくりと価値観を変えていくしかない。女帝が続くと反発が強そうだし、男児を儲けないと大変だろう。というかウーノさまの次は男児でないと荒れる。
男兄弟が多いということは、帝位継承権を持つ者が多くなる。当然、欲の深い人は次の皇帝へ子を据えようと画策する訳で。王族って面倒だけれど、日本の一般家庭でも遺産相続で揉めていたりするし、規模の大きさが違うだけだ。
「迎えが来たな。――さて、これで正式に皇籍から抜け出る事となるな」
これで貴様が誇っている帝国の権威とやらは使えないなと、公爵さまが言い放った。
「――っ爺……!」
皇籍を抜けているから不敬は首を切り落とされても抗議すら叶わないのだが。本当に状況を理解していない。ガタゴトと車輪が回る音と馬の蹄の音が大きくなると、皇宮からの馬車は静かに止まった。割と大所帯となっていて、馬車は何台も連なっている上に、最後尾は檻付きの護送車。
夜に女性がウロウロするのは危ないと判断されたのか、ウーノさまではなく使者として顔を見せたのは最初に接触した方だった。私たちに顔が知れ渡っているから選ばれたようだ。アルバトロスと亜人連合国の上層部が控えている場所へ、緊張した面持ちで走ってやって来る。
「夜分に失礼いたします! ――」
また名乗った使者さんに、公爵さまが事情を話す。決闘を申し込まれて受けたこと、証拠は紙で残っているから徴収しろ。元第一皇子たちが隠したりワザと紛失したなら、公爵さまが持っているもう一枚の紙を証拠として、帝国へ提出することが可能なこと。
「帝国の者がご迷惑をお掛け致しました」
話し終えた後に使者さんは私たちに深々と頭を下げ、第一皇子を微妙な顔で捉えて声高に叫んだ。
「元第一皇子並びに、第二、第三皇子を捕らえよ! ――皇子に従い集まった帝国兵士よ、武装解除すれば謀反の意思なしと判断しよう。我々に歯向かうならば同胞でも斬る!」
近衛隊長の言葉に帝国兵の方々は急ぎながら革帯から剣を置いて、その場に座り込んで抵抗の意志なしと主張した。第一皇子と第二、第三皇子に従ってこの場所へやって来た罰は受けるだろうが、酷いことにならぬようにと願うばかりだ。
「これで少しはウーノさまが動き易くなると良いのですが……」
帝位に就いて貰わないと困る案件が多い。先ほど発覚した狂信国家や、異世界召喚を施せる魔術師が居ること。後は黒髪黒目信仰を少しは緩和して頂かないと、この先に生まれてくる黒髪黒目の子供が持て囃される状況はよろしくはない。
力を持っていないこともあるだろう。その時、対抗手段を持っていないければ、搾取されるだけになってしまう。本当、碌な信仰じゃないなと溜息を吐く。
「なんの事だか……?」
公爵さまが、そう嘯いた。これで同意すれば内政干渉の可能性が出てくるからだろう。あくまで第一皇子が勝手に行動した果てに自滅しただけ、ということにしたいようだ。決して、ウーノさまと共謀した訳ではないと。公爵さまが愉快そうに笑いながら、私を見下ろす。
「さて、寝るぞ。明日の出発は早いからな」
軍の方やジークとリンは歩哨がある。公爵さまも途中で起きて、警戒に当たるそうだ。慕われているのはそういう所なのだろう。
ソフィーアさまとセレスティアさまも私の天幕を警備するって教えて貰っている。一人だけ楽をして申し訳ないと頭を下げたあと、天幕の中に入り簡易ベッドへ倒れこむ。
「終わった……」
本当に波乱だった。しかも召喚されてから二日経っているのだから。アルバトロスに戻れるのは明日の昼過ぎらしい。
『お疲れさま、ナイ』
「クロ、お迎えありがとう」
寝転がった私の顔にクロの顔が近づいて、スリスリと撫でられる。手を伸ばして、お返しとばかりにクロの体を撫でた。
『ナイが無事ならそれで良いよ』
「ロゼさんもヴァナルもありがとう。お陰でアルバトロスに戻れる」
影の中に潜んでいたロゼさんとヴァナルが飛び出て来た。ロゼさんのまん丸な体とヴァナルの頭を撫でていると、眠気が襲ってくる。
『おやすみ、ナイ』
『マスター、おやすみ』
『オヤスミ』
聞きなれない声が響いたけれど、落ちた瞼は朝まで開くことはなかった。