0478:得物の差。
2022.09.12投稿 1/2回目
ゆらりと揺れたジークが構える剣の先。亜人連合国から賜った、ドワーフの職人さんが気合を入れて作ったという一品はこの世に二振りとない仕上がりとなっているらしい。
リンが賜った剣も貴重なもので、リンが扱い易いようにと彼女の意見を取り入れて鍛えてもらったものだ。そんじょそこらの刀匠が鍛え上げたものとは違う品らしく、ジークもリンも手に馴染むと言って大層気に入っている。
――負けられないのだよ、この戦いはっ!
第一皇子は叫びながらジークへとの距離を詰める。今度は鍔迫り合いとはならず、お互いに剣戟を繰り出して互角の攻防戦となっている。剣に関しては素人極まりないので、分からないけど。後ろに控えているリンが『兄さん遊んでる』と呟いたけど、聞こえないフリをしておいた。
私は剣に関して素人であり、何でもありな喧嘩殺法の方が勝負の行方が分かりやすいという、残念な脳味噌の仕様である。第一皇子も帝国の皇子として武力は鍛えているはず。
「ジークが勝つよね?」
腕に抱いているクロを撫でながら、小さく呟くと耳聡くリンが拾ってくれたようで。
「……兄さんが勝つよ」
リン、第一皇子の相手に選ばれなかったと言って不貞腐れなくても。立会人を務めている公爵さまは、静かに見守っていた。周りの観衆も、二人の剣捌きに見惚れているようだけど、見惚れる要素がどこにあるのだろう。普通に斬り合いをしているようにしか見えないんだよね。この辺りが素人と玄人の差だろう。
「ぐっ!」
金属同士がぶつかって鳴る音が響いていたけれど、一際大きい音が一度鳴ると、第一皇子の声が漏れた。大きな音の正体は、幾度もの斬り合いの末に金属劣化し折れた第一皇子の剣の悲鳴。くるくると回りながら空中で放物線を描きながら、地面へ突き刺さる。
「誰か剣を持てっ!」
剣一本しか持っていないのだから、折れてしまえば後は素手で勝負するしかないのでは。決闘のルール次第だけれど、ちょっと卑怯じゃないかな。周囲に観客が居るから成立する言葉だし、第一皇子の考えは甘い。
「し、しかし!」
第一皇子が連れてきた兵士の一人が戸惑いつつも、それは出来ないとやんわり否定。立会人の二人は止めないのだろうかと視線をやれば、第二皇子はおろおろ、公爵さまは腕を組んでジークへお前が決めろという感情をありありと醸し出している。
「構いません。彼の言う通りに」
ジークが視線を第一皇子から外さないまま、戸惑っている兵士へ言葉を投げた。彼の声に反応して兵士が佩いていた剣を下げている革帯を外し、鞘ごと地面を滑らせた。
直接、第一皇子へ渡さなかったのは神聖な決闘を邪魔してはならないという、気持ちのどこかにある考えだったのだろうか。兵士が第一皇子へと向けた剣は大人の人間程の距離を空けて止まっていた。
「ちっ! 愚かな奴め……!」
第一皇子は忌々しそうに舌打ちをして、地面の剣へ視線を向ける。
「どうぞ、拾って下さい。私は騎士、武器を持たぬ相手を斬る無作法は致しません」
ジークが落ち着いた声で、内心は焦っていそうな第一皇子に告げた。ジークは平気で嘘を吐いたものだ。討伐遠征に向かった際には何でもアリの方法で倒そうとしているし、見習い教会騎士として鍛えられていた頃、生き残る為には手段を選ぶなと教え込まれていたし。おそらく、余裕があるからこそのやり取り。リンの言葉によると、遊んでいるだけらしいが。
ジークから視線を外さず、剣がある場所へと腰を低く屈めながらジリジリと摺り足で移動し、辿り着くとバッと手を伸ばして鞘を握る。柄に手を伸ばし抜剣した第一皇子は鞘を捨て、剣を後ろに向けながら走り、ジークと距離を詰めると勢いよく後ろから前へ剣を繰り出した。
――キンッ!
甲高い音がまた鳴ると、打ち合いが再開したのも束の間、第一皇子の剣がまた折れた。剣の質に差があり過ぎだな。第一皇子がゴネそう――。
「――公平ではない! 剣に重大な差があり過ぎだ!」
文句付けちゃったよ。それなら最初から同じ剣を使うと取り決めしておけば良いのに。後出し発言過ぎると頭を振っていると、ジークが取り換え要請を立会人に伝えた。公爵さまから第二王子、そして待機していた兵士の一人が剣を差し出した。受け取った第二王子から公爵さまへ。
「ジークフリード」
公爵さまは声を掛けると彼は鞘へ剣を収めた。公爵さまは頷いて力を上手く使い放り投げて、難なくジークは受け取る。
「有難うございます。――これで得物による差はありません」
鞘から剣を抜いて構えたジークに、第一皇子も構えた。我儘皇子の相手を務めるってこんなに大変だね。彼の側近に苦労している人が居るならば労ってあげたくなる。長い間こんな人の相手を務めるなんて、胃か頭に重大な症状が出そうだから。
「ああ、これで最後だ! ――参る!」
第一皇子は大上段に構えて走り出す。この構えを取ると負けフラグが立った気がするのだが。入学前の試験でジークかリンに当たった人がこんな構えを取って見事に負けていた記憶が残っている。隙の大きな動作故に、打ち込まれるのは必然。ただジークが持っている剣の切れ味は悪い。長い脚を利用してジークは一気に第一皇子の間合いに入り込み、柄の先は鎧の脇を狙っていて。
「ぐほっ!」
大きく踏み込まれ驚いた第一皇子は何の対処も出来ぬまま、勢いの付いた剣の柄を受け止めるしかなく。力任せで振られた柄の勢いに抗えず、第一皇子は横へと勢いよく倒れこむ。鎧越しに放たれた一撃は、かなりの威力があったらしい。肋骨の下辺りを抑えながら、咳き込んでいた。
命は奪わないと決められており、立ち上がれなくなった者の負けとなっている。フィーネさまと私が居るから多少の怪我も問題ないが、第一皇子に処置は施したくない。もしかしてジークは私の気持ちを見越して、剣の柄で殴打という手法を取ったのだろうか。少し悩んで偶然だと結論付け、流れを見守る。
第一皇子は慣れぬ痛みに耐えているものの、立ち上がれそうもない。勝負は付いたから公爵さまへ視線を向けると、第二王子がまだ粘っている様子で。こちらとしては構わないけど、これ以上は彼の地位を更に落とすだけである。いや、まあ負けると地位が無くなるので、無用な心配かもしれないが。
「ま、まだ、やれるぞ。――くっ!」
結局立ち上がることは出来ず、公爵さまが第二王子を説き伏せ、というか鋭い眼光だけで捻じ伏せ第一皇子の負けが確定。公爵さまが決闘の終わりを告げた。借りた剣は丁寧にジークが兵士へと返した後、くるりと方向を変えて歩き始める。
「一応、花を持たせたつもりだが」
まだ立ち上がれない第一皇子を置き去りにして、ジークが私たちの方へと戻った第一声である。
「勝てると思っていた勝負に負けたから、滅茶苦茶落ち込んでるよジーク。まあ、良いんだけど」
苦笑いを浮かべながらジークへ声を掛けると、リンが私の横に立った。クロは疲れているのか、いつの間にか眠っている。この状況で眠れるとは、将来大物になりそう。
「兄さん、遊びすぎ」
リンはむうと口をへの字にして、ジークに抗議する。
「リン、花を持たせたと言ったぞ。一瞬で負ければ噂が立つだろう?」
ジークはふっと鼻を鳴らす。恐らくリンの言う通り遊んだのだ。別の言い方だといたぶると言えば良いだろうか。兎に角、第一皇子が皇籍から抜けることが決定した。本人、盛大にゴネそうだが勝負前に書面に残しているので、もう逃げられないのである。






