0470:髑髏の幽霊の様子。
2022.09.10投稿 1/4回目
帝国から取れるものは取れたのかな。会談が終わって雑談タイムが始まっていた。例によって皇帝はさっさと皇宮へと戻って、ハーレムを満喫するそうだ。
会談が終わったあとも社交の場なので、早々に立ち去ることはしない方が良いのだが、好色皇帝らしいというかなんというか。
ウーノさまは自分を売り込む為、私に一言告げた後は公爵さまとディアンさまと話をしている最中。
第一皇子殿下の尻拭いを行った本人だし、彼女に代わると会談の進み具合が全然違ったので好印象だったようだ。
――帝位に就けるか?
会談終わり直ぐに、公爵さまが呟いた言葉だった。彼の率直な疑問だったようで、アルバトロスと亜人連合国に搾り取られた形となったが故に、私たちが去った後彼女の身が危ないのではと仰っていた。確かに第一皇子殿下の妨害によって会談現場へ遅れて登場したのは、周囲の方々が第一皇子殿下が差し向けた人を押し切れなかった為。
武力で応じることが出来れば、定刻通りに会場へ姿を現したはずである。無論、手荒な真似をしたくなかったのも遅れた一因だろうけれど、斬ることだけが武力ではないしなあ。後はやはり男尊女卑が酷い帝国で、単純に女性が玉座へ就けるかどうかの心配だったのだろう。
会談の場でしか実力を伺っていないし、彼女の後ろ盾もはっきりとしていない。玉座を手に入れると意気込んでいたけれど、実際はいばらの道なのだろうなあ。私はそういう物に全く興味がないので、見ていることしかできないけれど。
「ナイさま。再度になりますが、この度は多大なご迷惑をお掛け致しました」
公爵さまとディアンさまとの話を終えて、私の下へとやって来たウーノさま。公爵さまとディアンさまも一緒にやって来たので、割と大所帯になった。私の側には今回一緒に召喚されたフィーネさまとメンガーさまが居る。メンガーさまの腕の中にはしゃれこうべ姿の髑髏の幽霊まで居た。
『本当にアガレスは横暴だな! が、我は強くなったのでこれ以上は言わぬ』
何故か私が喋る前に、髑髏の幽霊がしゃれこうべのままで言葉を口にした。驚いた顔を浮かべたウーノさまに、公爵さまとディアンさまは余計なことをするなみたいな顔を浮かべ。帝国に思う所があるのは理解できるけれど、空気の読めない発言である。逆に、空気を読んだ上であえての発言ならば、どうしてしゃしゃり出たのか謎が残るけれど。
「あ、あの……こちらの方は?」
ウーノさまは動揺しまくりながら、どうにか平静を装って言葉を口にした。その様子に髑髏の幽霊はカカカと愉快そうに笑っている。
名乗れば吃驚すること間違いないのに、本当に目立ちたがり屋というか、なんというか。でもまあ、過去を知る人物だし五百年前の正しい情報を手に入れられるならば、貴重な存在ではある。帝国至上主義みたいな妄信を捨て去ることが出来る一歩を踏み出す可能性だってあるのだから。
『我はアガレスに滅ぼされたヴァエールである! 初代アガレスの血を引く者よ、我の婚約者を無理矢理奪われ、恨みがある故に五百年消えずに皇宮に憑りついておったのよ!!』
どやあ、としゃれこうべが目を細めて大音量で告げた為に、残っていた帝国の方々の視線が集まった。何をやっているのやらと、メンガーさまの腕の中にいる髑髏の幽霊に顔を向け、出方を伺う。ウーノさまの立場を悪くすることだけは避けなければなるまい。彼女には帝位に就いて頂かないと困るのだから。
「なっ!」
『今の皇宮の場所も元は我の居城よ!!』
帝国の方たちに動揺が走る。もしかして、彼らの知っている歴史とは違うのかも。情報を残すには紙が一番簡単で良いけれど、何百年も持つ紙となると皮で拵えたものとなって高級品。インクも経年劣化で消えてしまうだろう。口伝は長い時間が経つにつれて、都合よく改竄されそう。で、今がその瞬間なのかも。
髑髏の幽霊、もといヴァエールは最後の王として、初代アガレスと直接対面した後に討ち破れたそうだ。
逃げろと告げていた彼の婚約者は最後まで一緒に居て、そのままアガレスの戦利品として奪われた。死のうとしても初代アガレスが見逃してくれないし、民を人質に取られては初代アガレスの妃になるしか道はなく。
「…………」
『恨んでおらぬとは言えぬ。だが五百年も経ち、広場の不愉快なあ奴の像も粉微塵となったしな。事実をアガレスの者へ伝えるのも一興かと思えるようになった』
そこに居る黒髪黒目の者のお陰だよと髑髏の幽霊。髑髏の幽霊の婚約者さまは黒髪青目という、ある意味で特徴的な容姿だったそうだ。彼女を妃に据えれば黒髪黒目の者が生まれる可能性もあると、時の王から髑髏の幽霊へ幼い頃に宛がわれた、ヴァエール国の高位貴族だった婚約者。
最初こそはぎこちなかったもののお互いに時間を掛けて歩み寄り、好意を寄せ愛へと昇華させていった。そして良い国を作ろうと目指していた矢先、初代アガレスが父王を殺し当時王太子殿下だった髑髏の幽霊を殺したと。
王太子ではあったが、父王が死んだことにより自動的に王となり、即位から数時間で在位を終える。婚約者は黒髪の者としてアガレスに無理矢理に奪われたと知ったのは、死んでから数年後。彼が皇宮で幽霊として目覚めた時。
『確かに黒髪黒目の者は強大な力を持ち、奇跡を起こすことが出来る』
しゃれこうべから髑髏の幽霊へと姿を変えた。そしてウーノさまへと向き直る。
『だがな、妄信し過ぎては駄目だ。私は黒髪黒目信仰を信じ過ぎてはならんと常に警鐘を鳴らしていたが、結局変わることはなかった』
髑髏の幽霊が黒髪黒目信仰に疑問を呈したのは、彼の婚約者の存在だろうか。珍しい黒髪というだけで、黒髪黒目の者に近い扱いだったが、彼女自身には特出した力は持っていなかったそうだ。あるのは自力で手に入れた、王太子妃、王妃としての力のみ。彼女自身も悩んでいたそうだ。普通の人間でしかないというのに、周囲から期待の眼で見られること、奇跡を望まれることを。
『まあ、もう彼女も既に居ないから、言っても詮無い事ではあるが……』
髑髏の幽霊は至極真面目な声色で、帝国では五百年前の出来事をどう教えられているのだとウーノさまへと問う。告げられた事実を認めるか認めないかは、聞いた人次第。ウーノさまは苦虫を嚙み潰したような顔で、髑髏の幽霊を見上げる。
「初代アガレスが、この地を統べる暴君を倒した、と」
『そうか。敗者に口はないからな』
致し方のないことよと続ける髑髏の幽霊。彼の父が暴君だったのかどうかは、五百年前にこの地に住んでいた人たちにしか分からない。このやり取りが、何かの切っ掛けになると良いのだけれど。
「ヴァエールさま。過去は変えられませんが、事実を知る機会はあるべきでしょう――」
『――いや、必要ない。言っただろう、私は負けたのだよ。この感情は為政者としての矜持なのかもしれんな』
くくくと笑う髑髏の幽霊に、周りの人たちがしんみりとしている。何だろうこの空気と訝しみながらも、口を出す訳にはいかないと黙って見守るしかなかったのだった。






