0467:遊ぶ公爵さま。
2022.09.08投稿 2/2回目
竜の皆さまやアルバトロスの面々が降り立った野原には、いつの間にか天幕が張られ机と椅子も用意されていた。帝国側の近衛兵が必死で頑張ったのだろう。粗相があればすぐに竜の皆さまが、何かしらの行動に出てもおかしくはない。
荒事に持ち込もうとする竜のお方が居れば、クロが諫めてくれると言っていた。話し合いで済むなら話し合いで済ませたいそうで。クロがそう言うならば、亜人連合国の方々はクロの意志を汲むしかない。
第一皇子殿下の喧嘩腰な最初の一言で現場は凍り付いた訳だけれど、公爵さまが皇帝に発言の許可を求めたのだ。
その間にちょっと話がズレたのはご愛敬だけれど、円滑に会談を進める為には必要なことだったかも。皇帝は自分が無能であると自覚した上で、周囲に頼るからソレを咎めないでねという前置きだったのだから。
「アイン殿下と申したかな。今の状況を正確に理解しておらぬようだが、貴殿はどう捉えておるのだね?」
左隣に座っている公爵さまからの圧が凄い。言葉は柔和だけれど、腹の中は沸騰中なのだろうなあ。その証拠に第一皇子以外は口を出すなと、帝国の面々に視線で牽制してる。立ったまま後ろに控えているソフィーアさまは苛っときているみたいだし、セレスティアさまは会談の場なので鉄扇を広げずに手元で握りしめミシミシいわせている。他の護衛の面々や副団長さまは小国と堂々と言ったことに対して怒りを露わにしている。ジークとリンは馬鹿だなあといった感じで、後ろで控えているようだけれど。
ちなみに召喚に巻き込まれたフィーネさまとメンガーさまは、私の直ぐ後ろで椅子に座っている。フィーネさまは状況を観察している雰囲気だし、メンガーさまは落ち着きなさそうにしゃれこうべを膝の上に乗せている。髑髏の幽霊は帝国の皇帝と相まみえる気はないようだ。会談がどう展開するかだけは気になるようで、しゃれこうべになっているのだろう。
「小国の公爵が俺に問うとは……まあ良い。会談の場だ、答えようではないか。――我々アガレスは黒髪黒目の者を召喚し、手に入れた!」
私は帝国のモノになった気は微塵もないのだけれど。あ、ダリア姉さんとアイリス姉さんの殺気が湧きたったし、右隣に腰を下ろしているディアンさまも視線鋭く第一皇子を見ている。少し意外だったのはお姉さんズの隣で人化した白竜さま、もといベリルさままでキレかけていることだろうか。
そんなに接点はなかったというのに、私の事でそんなにならなくとも。一応、武力は身につけていた上に、帝国の貴重な巨大魔石を二十五個は確実に破壊した。アルバトロスで駄目にした小麦畑の復讐は果たしたつもりだし、拉致されたので暴れても咎められない状況だったので丁度良かったというか。
第一皇子はアルバトロスと亜人連合国の面々を全く意に介さず、喋り続けていた。黒髪黒目の者がいかに素晴らしく、手に入れる為に召喚に至った経緯や自分の将来。そんなこと聞いていないけれどと心の中で深く深く溜息を吐きながら、目の前の彼が喋り終わるまで待っている私たちは、素晴らしい人格者なのだろう。
「帝国の貴重な魔石をいくつも破壊したのだ! 帳尻合わせに黒髪黒目の者を我らが手に入れても構わぬだろう……!」
「ほう。貴殿は黒髪黒目の者を……我が国のナイ・ミナーヴァ子爵を壊れた魔石程度の価値しかないと仰るのだな。――笑わせる。のう、代表よ」
くくく、と口を歪に伸ばした公爵さまは視線だけをディアンさまへ向ける。引き受けましたと言わんばかりに、ディアンさまが口を開いた。
「ですな。――確かに魔石は貴重で高価だよ、殿下。だが彼女にそれだけの価値しかないと言われようとは、貴殿が言う黒髪黒目の者の価値を見誤っていないか?」
長い脚を組みなおして腕組みをし、第一皇子を見るディアンさま。公爵さまと彼の言葉に頷く人たちが多数居るうえ、竜の皆さまが咆哮を上げる。便乗してヴァナルも遠吠えしているし、姿は見えないけれど妖精さんも居たようでピカピカ光っていた。
お姉さんズは魔力を練って威嚇しているし、ソフィーアさまもセレスティアさまも魔力が漏れてる。フィーネさまとメンガーさまがおっかなびっくりとした様子で縮こまってしまったじゃないか。大丈夫かなと後ろを振り向きたくなるけれど、なんだかアレから視線を外すのは駄目な気がする。
「閣下、代表さま、アガレス陛下。発言のご許可を」
この場のトップは皇帝であるが、最後に言ったのは私が貴方をアルバトロスや亜人連合国の方たちより上に見ることはないという意思表示。鈍ければこの順番の意味は分からないだろうし、聡い人ならば気づくはず。第一皇子殿下に許可を頂くつもりなど毛頭ない。
「構わんぞ」
「ああ。構わない」
「黒髪黒目の者が言うならば」
お三方からの許可は頂けたので遠慮なく。小麦の恨みは晴らしたけれど、アガレス帝国へ召喚された恨みは晴らしていないのだから。
「わたくしの価値がその程度と仰るならば、帝国にある魔石を全て壊して参りましょう。それでも足りぬでしょうし、帝国領土外縁部は反帝国の立場を取る者が多いと聞き及んでいます」
人の命が安いこともあれば、高いこともある。自分の命に価値があるかと問われれば、どうだろう。ただ今回だけは誇張してみる。公爵さまとディアンさまによるお膳立てもあったので、はっきりと第一皇子に告げる丁度良い機会だ。
「わたくしが帝都で民の皆さまへ告げたように、第一皇子殿下を始めとした一派の方々によって無理矢理にアガレス帝国へ拉致されたと告げれば反発は免れないでしょう」
黒髪黒目信仰はアガレス帝国だけではなく、東大陸全土にあるものだそうだ。共和国からの使者さんは私を見て手を合わせたらしいので、確かな情報だろう。
「……なっ! 貴様……っ!」
第一皇子はガタリと椅子から立ち上がって、顔を真っ赤にしている。最初から正しい判断なんて出来てないけど、もっと迷走すれば良い。
この場で失態させてウーノさまに道筋を作っておきたいという下心もある。この話は公爵さまにディアンさまたちも知っているので問題ないし、ウーノさまは皇帝を始めとした上層部を説得する自信があるそうだから。
「帝国の終焉が訪れる良い機会では?」
「たった一人で何が出来ると言うのだっ!!!」
やろうと思えばできないことはない気がする。地理に詳しくないので、時間が掛かるだろうけれど。
「おや。殿下は黒髪黒目は偉大であると申されました。ならば黒髪黒目であるわたくしは、帝国崩壊という覇業を成しとげるべきと判断したまででございます」
「何故そこまで話が飛躍する!! 帝国の為に貢献せよと言っておるのだ!!」
立ったままで、だんと机を叩く第一皇子に、私はにたりと口を伸ばす。
「ああ、東大陸を掌握――」
ノリと勢いで大陸統一も無理ではないと言おうとしたら、私の言葉を遮る人が居た。ふうと息を吐いて左と右から軽い視線が私へ向けられる。
「――ナイ、そこまでにしておけ」
「そうだな。それくらいに」
視線の正体は公爵さまとディアンさまで。ジークとソフィーアさまから、悪ノリしすぎだという視線を頂いている気がしなくもない。
「はい。聞き苦しい発言をお許しください」
公爵さまとディアンさまに頭を下げ、念の為に皇帝にも視線で申し訳ありませんと伝えておく。驚いているのか呆れているのか皇帝はこくんと一つ頷いた後、宰相閣下が耳打ちしてる。
「このようにな、アルバトロスに居る黒髪黒目の者は血の気が多いのだよ」
「ああ、実力故に数多くの竜を従えているのだ。――証拠は目の前にあるのだから、証明など必要なかろう」
血の気は多くないと思うけど。あとディアンさま、竜を従えていると誤情報を流すのは止めて欲しい。
お願いしたら何故か竜の皆さまは快く引き受けてくれただけである。決して従えた訳じゃない。クロだって、従っているというよりは一緒に居るだけなんだし。まあ政治的な場面だし、はったりや多少の嘘も必要なのかもしれないが。
「アイン、お前はこの場に相応しくない。吾の権限により退場させる」
皇帝が椅子に深く腰を掛けたまま、右腕だけを前に出して命令を下した。
「近衛兵! 殿下を皇宮へ!」
宰相閣下が指示を出すと、はっと短く返事をする帝国近衛兵の皆さま。
「なっ! おい、何故俺をっ! 触るなっ!! ――貴様、褐色肌が高貴な者に触れるな!!」
なんだか上に立つ者として不適切な発言があるけれど、この場で気にしても仕方ないので聞き流す。さて、一派の長である第一皇子が退場したけれど、彼に連なる人たちはこれからどうでるのだろうかと前を確り見据えるのだった。
 






