0466:会談前の挨拶を。
2022.09.08投稿 1/2回目
アガレス皇帝が大きな体を持て余しながら、馬車から降りた。第一皇子殿下は金ぴかの鎧を身に纏ったまま、白馬に跨りこちらへやって来たようだ。
全員ではないが他の皇子たちも姿を見せており、第一皇子の後ろへと並んでいた。近衛軍だろうか、兵士の数が尋常ではない。この場を他国もしくは帝国を恨んでいる国内の人たちから狙い撃ちされれば、ひとたまりもないから理解は出来るけれど。
念の為にアルバトロスからやってきている魔術師さんが、竜騎兵隊であるワイバーンの背に乗って地上を警備しているから、妙な人たちは近づけないはずだ。自分たちの国の都合で会談の場を壊されても困るので、対策は公爵さまが取っていた。本当なら帝国側の仕事だろうけれど、私が魔石を壊したので空からの警備は無理だろう。
「ようこそ、帝国へ。アルバトロス王国、ハイゼンベルグ公爵。亜人連合国代表。――吾はアガレスなり」
おお、皇帝が凄く普通に挨拶した。でも巨漢なので、ちょっと息が切れているし辛そうだけれど。皇帝が外になんて出ないだろうし、体力がないのも仕方ないのか。彼を上手く乗せればダイエットにも勤しみそうだけれどね。痩せて体力付ければ、夜の生活がもっと充実したものになるかもしれないのに。
私はアドバイスできる立場にないので、こうして頭の中で考えるだけだけど。公爵さまを見ているようでいて、地面へ転がされているヒロインちゃんに彼の視線が注がれている。移り気せずにヒロインちゃんに心を奪われていて欲しいものだ。アルバトロス上層部が許可さえ出してくれれば、ヒロインちゃんはリボンを付けて送って貰えるだろうから。
「御身と相まみえることになろうとは、感謝いたします。再度になりますがアルバトロス王国、フランツ・ハイゼンベルグ公爵であります」
公爵さまは相手が皇帝の為なのか丁寧な言葉遣いではあるものの、眼光は鋭く声も重い。お互い握手なんてしないし、帝国側の皇帝に侍っている人たちはハラハラしている。皇帝が一応格上になるし、彼自身が求めていないのだから手を差し出す必要性もない訳で。仮に公爵さまが手を伸ばし、皇帝が拒めば揉める原因になるのだから多分これでいいのだろうか……。
「亜人連合国代表だ。名乗る文化がない故、許して頂きたい」
ディアンさまの言葉にゆっくりと頷いた皇帝。第一皇子殿下を始めとした彼の一派が怒りを露わにするけれど、帝国で一番偉い皇帝が認めたのだから突っかかっては来なかった。
ディアンさまの後ろで控えているダリア姉さんとアイリス姉さんに、皇帝が視線を向けると直ぐに視線を逸らした。ダリア姉さんとアイリス姉さんはエルフなので、かなり美人だしグラマラスな体。そんなお二人に好色な皇帝が見向きもしないなんて。コッソリとお姉さんズへ視線を向けると顔が怖かったので、皇帝は身の危機でも悟ったのかもしれない。おそらく他のアルバトロスの女性陣に対しても同じなのだろう。
「アガレス帝国第一皇子、アインだ。――小国の者が勝手に我が帝国の地を踏んだこと真に不愉快である!」
皇帝の指示もないまま第一皇子が一歩前に出て声を張り上げた。豪華な金色の鎧を身に纏い腕を組んで、凄く偉そうな雰囲気を醸し出している。勝手に帝国の地を踏んだけれど、その前に第一皇子殿下たちが黒髪黒目召喚を執り行ったのが原因である。
アルバトロスと亜人連合国のみんなは、私がアガレス帝国に居ることは賭けだったろうけれど実際に居たのだから問題ない。
後は聖王国からも大聖女を務めるフィーネさまを巻き込んでいるし、メンガーさまもお貴族さまの子息な訳で。国家と国家の問題にならない訳はないのだから、第一皇子の言葉がアガレス帝国にとって危うい発言だと本人は気付いて……気付いていないから、真顔で言い切っているんだろう。
この場にやって来た帝国の面々を見る為に、視線だけを動かす。
――ウーノさまが居ない……。
不味いなあ。第一皇子を止める人が居ない。皇帝に付き従っている宰相閣下は口を出せないはずだ。
ウーノさま、会談には必ず顔を出すと言っていたのに一体何処に行ってしまったのだろう。供の人や護衛が居るのだから、身に危険が迫っているとかではないはず。可能性として、第一皇子殿下一派の誰かに足止めでもされているのだろうか。もしくは人質でも取られ、身動きが出来ない状態とか。彼女の周囲を詳しく聞いておくべきだったかと後悔する。
『様子を見てきましょうか?』
お婆さまが私の耳元で小声で話しかけた。私は喋る訳にはいかないと、お願いしますと強く願う。
『魔力を頂戴! こっちは魔素が薄いから疲れやすくっていけないわ!』
お婆さまの言葉に魔力を練る。持っていけるだけ持って行っていいから、ウーノさまを頼みます。特徴は第一皇子と似ているから、見ればきっと分かるはず。
私が魔力を練った所為なのか、お婆さま以外の亜人連合国の方々が気が付いた。竜の方々が一斉にこちらへと顔を向けたので、使者さんたちが驚いている。仕方ないことだし、竜の方々や他の方が魔力に気が付いただけなので問題ないだろう。
『ありがと! それじゃあ行ってくるわ。――ふふふ、また寿命が延びたわね』
ぱっと姿を消したお婆さまの最後の方の言葉は聞き取れず。
お供の方々がこの場で口を出すとすれば、皇帝や皇子に助言をするくらいだろう。皇子の強気な……いや、暴言を止めなければならないが今出来る状況じゃないのかも。公爵さまやディアンさまが取引を失敗することはないが、第一皇子によって円滑に話が進まなくなってしまうのは確かで。
「陛下、発言の許可を」
たまらず公爵さまがアガレス皇帝へ許可を求めた。おそらく第一皇子への抗議だろう。先の発言から周囲の温度が一気に下がって怖い。向こうのマトモな方たちも気が気じゃないだろうけれど。
「構わんよ、公爵。――その前に少し良いか?」
「?」
「……」
公爵さまとディアンさまが不思議な顔になった。公爵さまが発言の許可を取った理由を皇帝が分かっているのならば、意味のない行動なのだから。不思議に思って顔に出ても仕方ない。とはいえ国の代表者を務める方たちだから、一瞬で鳴りを潜めたけれど。
「吾は帝国を采配出来る身ではない故な。周りの者に頼るのだが、構わんか?」
ぶっちゃけた。ぶっちゃけてしまったよ、この人。話が円滑に進むならこちらとしては全然構わないのだけれど、皇帝としての威厳は気にしない人なのか。
ハーレムを形成できるならば頑張れる人と聞いたから、あまり問題にしていないのだろうな。軽い神輿として自覚しているだけ有難いが、がっくりと肩の力が抜けた。私たちの後ろには大小さまざまな竜の皆さまが居るのだけれど、彼らを気にした様子もない。ハーレム以外に興味はないのだろう。ある意味凄いと感心するが、ああはなりたくはない。うん。
「承知いたした。帝国の事情であり我が国は関知せぬ、で宜しいか?」
「亜人連合国も承知した」
公爵さまとディアンさまの言葉に頷き、いつの間にかセッティングされている椅子へと腰を下ろした皇帝。簡易ではあるけれど机もキチンと用意されて、陽を遮る為の天幕も張られていた。アルバトロスと亜人連合国側にも椅子が用意され、こちらへ来るようにと皇帝に促される。
「話が逸れて済まぬな、公爵。して、発言とは?」
しかしまあ、本当に。この状況で態度を変えない皇帝はある意味最強なのではと、ディアンさまと公爵さまの間へ座った私は微妙な気持ちになるのだった。






