0465:会談できるかな。
――貴殿らの要望は聞き入れられた。
使者さんから返ってきた言葉だった。皇帝陛下とウーノさまはこちらへと来ることを了承してくれたと。第一皇子殿下は随分と渋ったそうだが、周囲の説得の末聞き入れたとか。
連れてこなくても良いのではと訝しんだけれど、向こうには向こうの都合があるのだから仕方ない。使者さんも板挟みにされて大変だねと、また皇宮へ戻っていく後ろ姿を見ていると、背広を着たサラリーマンとなんら変わらないなあと妙なことを考えてしまう。
「さて、これで交渉へ移れるなあ……!」
くくく、と喉を鳴らす公爵さまの顔は超攻撃的なものに変わっていて怖い。そういえば帝国の陛下とは初対面になるし、皇帝の情報を詳しく話しておかないと。
説明はしたけれど簡単なもので細かくは話していない。ヒロインちゃんに興味を凄く引かれていたと伝えてはいないし、魔眼のこともあるから簡単には手放せないのかも。個人的にはジークとリンへの暴言を理由に帝国へ売り飛ばして欲しいけど、副団長さまを始めとした魔術師の皆さまが許してくれなさそう。
「閣下、ディアンさま」
「なんだ、ナイ」
「どうした?」
遠くなっていく使者さんたちの背を見ていた公爵さまとディアンさまへ声を掛けた。ディアンさまの背は高いけれど、公爵さまもなかなかに高いので首が大変。お二人を見上げて、何を伝えるべきか取捨選択しながら口を開いた。
「必要はないのかもしれませんが、皇帝陛下を始めとした方々の印象をお伝えしておこうかと」
情報は大事だし、皇帝は好色。第一皇子は両刀。ウーノさまは……凡か優かどちらだろうか。三人の中ではマトモだし帝国の未来を憂いて裏でいろいろと動いているので、協力はやぶさかではない。
彼女が帝位に就いた際は、黒髪黒目召喚を禁じて貰う約束も取り付けているから。あとアルバトロスや亜人連合国との外交も。西大陸だけだったものが、東にも広がれば利益はあるだろう。何を出して、何を受け入れるかは上層部の仕事なので丸投げになるが。
「皇帝に会ったのか?」
「召喚された際に現場に居なかったので、最高責任者を出せと言いましたから」
その際に巨大魔石を壊した。一応は伝えてある、あっさりと概要だけだけど。
「ふむ。小麦を駄目にした報復になったか。まだ足りんが会談の場で憂さを晴らすか」
公爵さまは小麦を駄目にしたことよりも、アルバトロスの面子を潰されたことに腹を立てているのだろう。帝国から訪れた使者はアルバトロスを小国と侮って随分と横柄な態度だったし、駄目にした小麦畑は補償するってお金で解決しようとしたから。
まあ情報不足からくる誤算があっただろうから、今、こんな事態に陥っているけれど。そういえばお土産のマンドラゴラもどきはどうしたのだろうか。
食べていたら凄いよなあ。アレを食するにはちょっと、いや随分と勇気が必要になる。ルカが食べていた所を見たけれど、生の状態でマンドラゴラもどきをあげた為に悲鳴を上げながら食べられていた……。
腹いせは第一皇子殿下へお願いします。必ず不躾な態度を取ってくれるだろうから、暇つぶしにはなるんじゃないかと。
「無茶をする。君が捕まってしまえば元も子もないだろう。あまり危ない橋を渡るべきではない。誰かを頼れ」
公爵さまの後にディアンさまが続いた。心配してくれていたようだ。
「ありがとうございます。でも、必要なことでしたから」
巻き込まれてしまったメンガーさまとフィーネさまを守らなければならなかったし、副団長さまたちに魔術を教えて貰った上に試し打ちまでしている。人に向けて撃つのは気が引けるが、私は魔石を狙ったから遠慮なく魔力を注ぎ込んで壊した訳だけれど。
「ねえ、私たちが生半可でない魔法を教えようかしら?」
「そだよ~。ナイちゃん、魔力が多くて魔法は強力なものを使えるし、守りに入れば鉄壁だよ」
ダリア姉さんとアイリス姉さんから教わった魔法は結構強力なものだし、魔術では再現不可能なことが出来る。的を追尾できるものだったり、更にそれを応用して何発も操作できるようなもの。ちょっと頭に負荷が掛かるのが問題だけれど、乱戦の場では役に立つ。
大将首だけを狙うとか、弓兵だけ狙うとかできるから。戦意を削いで投降してもらったり、逃げてもらったりと、出来ることの幅が広がる。古代魔術も広域殲滅魔術とか、ふざけたレベルの術が多く、種類も多いときた。使いこなせる魔術師が居なかったそうで、私は副団長さまの興味の対象である。どうにか理解して現代魔術に落とし込みたいとか言っていたし、既に研究対象なんだろうなあ……。
「……はあ。構わんが、人の道から外れるようなことを教えてくれるな。――話が逸れた、聞こう」
ディアンさまの言葉に答えないまま、笑みを深めたエルフのお姉さんズ。まあ、魔力量が尋常じゃない時点で、人としてはちょっと逸脱しているのは自覚してる。貧民街から救われたので、結果的にみれば文句はない。
ディアンさまと公爵さまは私に向き直る。現場にいたフィーネさまとメンガーさまも、情報の確度を上げる為に話の補足や個人的な意見を求められていた。
『頑張るんじゃぞ、少年。こんなところで縮こまっているようでは先が思いやられるわい!』
髑髏の幽霊はケタケタと笑いながら、メンガーさまへ向けて言葉を送っている。転生者だし、何かしらの専門知識を持っていれば引っ張り込まれるだろう。フィーネさまは聖王国で大聖女さまとして盤石な地位を築くためには丁度良いかもしれない。適当に吹き込めば、聖痕持ちと前世の記憶持ちという箔が付くのだし。
『ねえ、なんで髑髏の精霊はあの子に懐いているのかしら?』
お婆さまが私の耳元で問いかけた。おそらく髑髏の幽霊をぞんざいに扱った私に対する反動が、メンガーさまへ向いたのだろう。幽霊相手に丁寧に接していたし、気に入られたんじゃないのかな。それよりも幽霊から格が上がったって本当だったのか。
『五百年も幽体として維持できていたなら精霊か妖精の素質があったのでしょうね。で、貴女の魔力が止め!』
嬉しくない! お婆さま、嬉しくない情報だから。幽霊なので髑髏の中に塩でも盛って消えて頂こうと考えていたのに。精霊になってしまったのならば、無理じゃないか。
『えげつないことを考えるわねえ』
『我の扱いが悪いんじゃよ。どうにかしてくれい!』
妖精同士だからか、声が届きやすいらしい。
『え、無理。私、この子に嫌われたくないから!』
『……世知辛いの』
お婆さまは私とお姉さんズに聞こえる音量で喋っていたというのに、髑髏の幽霊はちゃっかりと声を拾っていた。……どうにかして除霊する方法はないのだろうか。
『本気みたいよ?』
『泣いて良いかのう……』
五百年を幽霊として生きてきた人の泣き顔なんて見たくない。虚しいだけだろうし、本人がスッキリするだけだろう。そんなこんなで、アガレス帝国側主要メンバーの話を終えると、公爵さまがソフィーアさまへと顔を向けて、ヒロインちゃんへと顎をしゃくった。
「ふむ。ソフィーア、コレに思う所は?」
顎をしゃくるなんてお貴族さまらしくない行動だけれど、誰も咎める人は居ない。問われたソフィーアさまは、地面に転がっているヒロインちゃんを一瞥して、公爵さまへと顔を向け直す。
「最初こそ何をしてくれたと怒りを覚えたことはありますが、今となっては何も。国が預かっているのです、国の為に役立てるべきでしょう」
第二王子妃の座を奪われた形であるし、真面目なソフィーアさまのことだからいろいろと考えていたのだろう。
結果は婚約白紙となったし、新たな婚約者も見つかっていない。ヒロインちゃんさえ居なければという気持ちは強かったのかもしれない。今更どうこう言っても仕方ないし、ゲームだとソフィーアさまは戒律の厳しい修道院送りだったそうだ。
「そうか。――ヴァレンシュタイン、アレに価値はあるのか?」
「そうですね。魔眼については大方調べ終えております。これ以上の収穫はなさそうですし、国の為というならば如何様にも」
子供は作らないのか。次世代に受け継がれれば、貴重な魔眼持ちが増えると考えていたのだけれど。
「…………!」
ヒロインちゃんは何かを言おうとしたけれど、こちらへやって来てすぐ猿轡を噛まされていたので無理だった。
「陛下の許可が必要だが、釣り餌には丁度良いか。――して、代表殿。こっちはどうされますかな?」
公爵さまはヒロインちゃんの隣に転がっている銀髪くんへと視線を変えて、ディアンさまに問いかけた。
「話を聞く限り、アガレスの皇子に払い下げでも問題ないかと。未だ反省しておらぬならば、丁度良い薬になるやもしれぬ」
ふうと息を吐きながらディアンさまが答えて、銀髪くんの未来が決定した。クロは銀髪くんに何も思う所はないのだろうか。わざわざ聞く必要もないし、小物過ぎてどうでも良いのかもしれないなあ。それにディアンさまたちを信頼していることもあるのだろう。
帝都の門から豪華な馬車列がこちらへとやって来たのが見えた。
今日の更新は一回です。┏○))ペコ






