0464:帝都の中では。
2022.09.06投稿 2/2回目
――どうして……こんなことにっ!
アインが召喚儀式で呼び寄せた黒髪黒目の少女は小柄で可愛らしいと、初めて見たときはそう感じていたのに。
東大陸に伝わる黒髪黒目のお方通り多大な魔力量を持ったその子は、嵐のような子だったのだ。皇宮で行った会談を途中で退席した彼女たちは、飛空艇の格納庫へ向かって動力である巨大魔石を二十個ほど壊した後に帝都の街へと向かったと報告があった。
それは彼女との挨拶と話の中で聞いていたし、街へ出てからの行動も聞いていた。帝都に住まう人間を捕まえて、第一皇子殿下による不遇な扱いを訴えると言っていたが。皇宮を囲む高い壁の上で、どうしてこんな事態に陥っているのかと片手で目を塞ぐ。
中央広場の初代アガレス皇帝陛下像の足元に立り、堂々とアガレス帝国第一皇子殿下が黒髪黒目の者を無理矢理に拉致したと言い放った末に、皇帝像を魔術で破壊したそうだ。
しかもご丁寧に粉微塵に粉砕して。おそらく怪我人が出ることを考えた上での行動であろう。その後に巨大な白銀ドラゴンが帝都の空を舞った。見惚れてしまうほどに綺麗という気持ちは直ぐに飛んで行った。ナイさまの予言どおりに事が運んでいる。次はドラゴンの大群が本当に押し寄せて、帝都の外へと降り立った。
ナイさまは思慮深いお方である。
私の帝国での立場を告げると、きちんと理解し優位に立てるようにと彼女が取る行動を教えてくれたのだから。暗に皇帝の座を奪えと言われている気もするが、黒髪黒目の方が望むのであれば手に入れて見せよう。
けれど……けれど、この惨状は如何なものだろうか。
「姉さま、大丈夫ですか?」
私の隣に立っている第二皇女のドゥーエが、眉根を寄せて心配してくれている。弟たちとは違って、本当にいい子である。
嫁ぎ先である婚約者とも仲が良いようだし、この先も幸せでいて欲しい。で、あれば……私が行くべき道は決まっているのであろう。アインが帝位に就いた時を考えると、目も当てられない。アレには暴君の気質がある。
「第一皇子殿下はどこだー!」
「無理矢理に連れて来たというのは本当なのか!」
「ドラゴンが黒髪黒目のお方の言う通りにやって来たぞ! どうしてくれるんだー!!」
中央広場でナイさまの言葉を聞いた者たちによって、不安を煽られた帝国民が皇宮へと詰めかけていた。口々に叫ぶ人たちを見ていると心が痛む。せめてアインがもう少し上手くナイさまと接してくれていれば、あのような怒りを向けられることはなかったというのに。
拉致したことには変わりないが、彼女が望んだアルバトロスへの帰還を約束していれば……手心を加えてくれたのでは。巨大魔石五つに飛空艇へ乗せていた魔石二十個、帝都民の皇家への不満は抑えられていたはずだ。
「ええ、どうにか。――このままでは我々への不信感が募るばかりですね」
私にナイさまほど人心を射止められるとは思えないが、これでも第一皇女として帝都の人々には顔が売れている。
皇帝陛下である父にはあまり期待が出来ない上に、好色と知られ周囲に頼り切りと知られているので人望はあまりない。唯一の救いは、父が囲っている正妃である母や側妃たちは何故か陛下を慕っている上に女同士で仲が良い。父がどういう方法で彼女らを纏めたのかは知らないが、本当に不思議であった。
「――皆さま! 私はアガレス帝国第一皇女、ウーノです! この度は帝都の皆さまを驚かせたこと真に遺憾であります」
宮を囲む壁の見張り場へ立ち、声を張る。それに気づいた人が私を指さすと、周りの人たちも顔を上げて私へと視線を向けた。第一段階は突破した。騒いでいる人たちから注目を集めるのは難しい。武力で抑えることもできるが、兵士を出して民を鎮圧すれば不満が溜まるだけ。
「東大陸には黒髪黒目の者はここ百年現れておりませんでした。しかし西大陸に黒髪黒目のお方が居ると知った第一皇子殿下を始めとする者たちが――」
一連の経緯を丁寧に説明する。おそらくこれでナイさまの演説と私の演説で第一皇子であるアインの評判は地に落ちるだろう。民や貴族からの求心力を失えば、権力者など脆いものである。陛下を適当に説得し、外務大臣を西大陸のとある国やアルバトロスへ向かわせたのは、誰であろうアインだ。
父には黒髪黒目のお方が女性であると伝えて興味を引かせれば頷くはずである。ただナイさまは父の興味の範囲外だったようで、早々に手を引いていた。ナイさまが父に気に入られ無理矢理に手に入れていれば、帝国は完全に焦土と化していただろう。権力や地位にお金はあまり興味はなさそうだし、貴族としての婚姻なんて望んでいないのは直感で分かった。
「ウーノっ! 貴様、こんなところで何をしている!」
「アイン……!」
どうしてこの状況を理解していないのだろうか。第一皇子であるアインの行動はこの場に集まった人たちへ説明済み。
「女が出しゃばるなと言っているだろうがっ!」
鎧が擦れる音と大股で怒りを露わにした足音が私へと近づいてくる。
「っ! ――帝都の皆さま、誰が玉座に相応しいか、よくお考え下さい!!」
腕を伸ばしたアインの右手が私の左腕を力一杯掴んだ。痛みで言葉を発しそうになるのを我慢して、壁の下に集まっている人たちに私は問うた。民意は怖いですからね、とナイさまの言葉が蘇る。この言葉を聞いていなければ、今の台詞が私から出ることはなかっただろう。
男性優位であるアガレスで皇帝の座に就きたいのならば、貴族やアガレス帝国上層部の人間を味方に付けるのも大事だが、帝都や国に住まう方たちからの信頼も必要だと言っていた。以前から味方に付けた方が良いのではと考えてはいたものの、皇宮から出ることのない身であるし、視察に行っても民と話すことなどなかった。
側付きの供から言葉を聞くだけで、直接の声など私の耳にはいることなんてあり得なかったし周囲の者もそうさせなかった。
「兵を出せ! 集まった者を抑えろ! 抵抗する者は反逆者として捕まえても構わん!! ――行けっ!」
人としての価値はこういう時に出てしまう物なのでしょう。召喚儀式を執り行い無礼な態度で接したことや、アガレスの都合のみしか考えない頭。本当に次代の皇帝としては不適格な人物だ。アインに続く、ツヴァイもドライもフィーアも似たような性格である。彼らが皇帝の座に就いた未来を思い描けない。
ナイさま、こちらも温めておきましたよ。
ナイさまほど熱くはありませんが、それでも貴女の一助となれたのならば。黒髪黒目を信奉する一人として誇らしい事でございましょう。
さて、この後はアルバトロスと亜人連合国の使者の方々との会談となります。おそらく帝都の外で行うとナイさまは仰っていましたが、本当によろしいのでしょうか。本来ならば皇宮へ招いて歓待するのが筋と言うものですが。何かしらの理由があるのだろうと、アインに腕を掴まれたまま宮へと戻るのだった。
前話にて、公爵さまのファーストネームが被っていたので、ヨアヒム→フランツへ変更しました。アタマオハナバタケー戦隊の一人と被ってましたorz 8時過ぎに修正かけたので、念のためこちらでも報告しておきます。┏○))ペコ






