0461:合流前。
2022.09.05投稿 1/2回目
――お腹も膨れて満足。
食堂でご飯をご馳走になって、外に出ると竜の大群が帝都の空を埋め尽くしていた。
以前は空を飛んでいる側だったから凄いなあくらいの感覚だったけれど、立場が逆になると結構怖い状況だな、コレ。サイズの大きい竜は陽を遮って影になるし、小型の竜と言えど人間一人相手をするくらい些末なことで。中型の竜も混じって居るうえに、竜の背中からワイバーンが飛び立つ所も捉えてしまった。
公爵さまかディアンさまが考えたのか知らないけれど、恐怖演出が凄い。帝都に居る人たちは恐れおののいて尻餅を付いていたり、頭を抱えてしゃがみ込んでいる人も。子供は呑気なのか凄いと空を見上げながら、危ないから家の中へ入りなさいと親に怒られていた。
「凄い騒ぎだね」
はえーと空を見上げていた私は、帝都の状況を見て言葉を口にする。阿鼻叫喚の縮図とまではいかないけれど、帝都の皆さんは顔面蒼白状態。
一応、私を迎えに竜の大群が来るとは告げてあるが、全員が全員知っている訳でもないので、知らない人はこうして驚いていた。
「だな」
「ね」
ジークとリンが短く言葉を返してくれた。私を攫ったことを根に持っているのだろうか。あまり気にした様子はなく、周囲の警戒を重視している。
「あ、あの! 良いんですか? 皆さん、凄く怖がっていますが……」
「ええ。この状況をどうにかしなくても良いのでしょうか?」
フィーネさまとメンガーさまが少し驚きながら私に問いかけた。どうにもならないし、どうすることもできないので放置が一番だ。アルバトロスや亜人連合国と聖王国に喧嘩を売れば、こうなるよという見本でもあるのだから。
帝都の人たちが悪いわけではなく、第一皇子殿下一派が執り行った召喚儀式が原因だから帝都の街に住む人たちを気にするのは分かる。
「どうにもならないので無視します」
うわあ……とドン引くメンガーさまとフィーネさま。気持ちは理解できるけれど仕方なく、流石にこれだけの人数の混乱を鎮めるのは大変。今頃は皇宮の人たちも驚いているんだろうなあ。どう対処しようかとも悩んでいるだろうし。
公爵さまはこれからどうするのだろうかと、空を見上げていると小型の竜がこちらへやってくる。待っていると静かに降り立って、口に咥えた手紙を私へと差し出した。
『ハイゼンベルグ公爵からだって』
クロが小型の竜の代わりに答えてくれた。
「ありがとう」
小型の竜の顔を撫でて手紙を受け取って、手で破って開封した。こういうものは早く読んだ方が良いので、お行儀が悪いけれど仕方ない。手紙の内容は帝都の外で待機すると書かれており、来れるようならこちらへ来いとも。おそらく何パターンかの手紙を用意しておいたのだろう。
封筒の端には番号が振られており、直面した事態で渡す手紙を選ぶことが出来るように。最悪の事態は私が死んでいたり怪我を負っていた場合だったのだろう。そうなると一瞬にして帝都は火の海に包まれ、数日後には焼野原となっていそうだと苦笑い。
「紙と筆があれば良いけれど……持っていないからなあ」
「ナイ」
「どうしてジークが?」
ジークから手渡されたのは、私が先ほど言葉にした紙と筆記用具だった。筆や紙が高価そうなので、ジークの持ち物じゃないなあと首を傾げる。
「ヴァイセンベルグ嬢が、戦場での連絡手段は富んでいる方が良いと言って渡された」
「そっか」
セレスティアさま、この場が既に戦場の認識らしい。間違ってはいないけれど、外交手段でどうにかする方を先に想定してください。
彼女も最悪の状況を考えた上でジークへ荷物を預けたのだろうが、思考が好戦的過ぎやしませんかね……。人の事は言えないか。受け取った紙には『帝都で暴れておいたので心配なさらず。とりあえずそちらへ合流しますね』と書き記して、小型の竜に咥えて貰う。
「お願いします」
竜の顔を撫でると、翼を広げて上空へと舞い上がっていく。見守っていると竜は大型の竜の上に乗ったようだ。暫く待っていると竜の大群は同じ方向へと体を向けて、帝都の空から移動をし始めた。
「ロゼさんの転移は一度行った場所じゃないと飛べないしね」
転移を私が完璧に扱えていたら良かったけれど、残念ながらまだ未完成。
『ごめんなさい、マスター……』
べちょーとなったロゼさん。役に立てなかったことが悲しかったようだ。大丈夫だよと伝えて伸びたスライムの体を抱えると、元の丸みを帯びたスライムさんへと戻る。腕の中でロゼさんを何度か撫でていると、ご機嫌は少し回復したようだ。
『ボクがみんなを乗せるよ。ちょっと狭いけれど我慢してね』
七人乗せられるのだろうかと疑問になるけれど、クロが言い出したのだから安全は確保されているだろう。
『わふ!』
縄を咥えたままで一鳴きしたヴァナルが尻尾を思いっきり振りながら、私の顔を見上げていた。
「どうしたのヴァナル?」
何かを訴えるように、右前足を地面で搔きながら体を左右に揺らしつつ顔も上下に動かしている。どうしたのだろうと首を傾げると、ヴァナル専用通訳者であるロゼさんが声を上げた。
『ヴァナルが大きくなって、この二人は背中に乗せて移動するって』
「振り落とされるんじゃあ……」
振り落とされて置き去りでも良いんだけれど、ヒロインちゃんは確保しておかないと。皇帝への貢ぎ物になる可能性が捨てられない。上手く使えば彼女を手に入れる為に頭の一つや二つ下げてくれそうな勢いだったから。
『拘束魔術をロゼが使う!』
そんな魔術存在していたのか。本当に副団長さまはロゼさんにいろんなことを仕込んだなあ。ロゼさん本人にやる気があったのも理由の一つだろうけれど。ヴァナルが立ち上がると三メートルくらいの大きさになった。軽量化の魔術を施している銀髪くんをロゼさんがぴょんと一緒に飛び、体を勢いよく伸ばしてヴァナルの背中へ乗せた。
ぐへ、と妙な声が漏れていた気がするけれど気にしない。次にヒロインちゃんをぶっ飛ばして、ヴァナルの背に乗せたあと、術式を発動させて胴回りに縛り上げた。
これってヴァナルが帝都の街中を駆けることになるんだよね。衝撃吸収なんて便利なものはないし、帝都の外壁を飛び越えることになるんだけれど、下手なジェットコースターより怖いのでは。メンガーさまとフィーネさまが、凄く哀れみの視線を向けているけれど気にしないことにした。
「ナイ、俺とメンガーさまもヴァナルの方へ乗る」
あー流石に女性陣に挟まれるのはいろいろと不都合があるか。フィーネさまがいらっしゃるので、ジークも問題があると判断したのだろう。ヒロインちゃんは犯罪者で女性ではないという考え。
「大丈夫?」
「ああ。ロゼの拘束魔術に掴まっておけば問題ない」
「……え?」
騎士のジークと伯爵家子息でしかないメンガーさまだと体力差が大きいから自信がないのだろう。
「メンガーさまは俺が支えます」
「う、すみません。よろしくお願いします」
『我を落とさんでくれよ、エーリヒ少年!』
髑髏の幽霊はしゃれこうべのまま彼の腕の中で。善処しますと力なく答えたメンガーさま。諦めて大人しくヴァナルの背にいそいそと乗っている。
「行こうか」
問題は解決したし、そろそろ出発するべきだ。
『みんな、そのまま乗って良いよ。鱗に覆われているから踏まれても痛くないからね』
えへんとちょっと自慢気なクロの背に乗る。ディアンさまの背に乗った時や白竜さまの背に乗った時より狭いけれど、女三人乗れないことはない。体格順にロゼさん、私、フィーネさま、リンである。
『女の子ばかりだし、急いでいないからゆっくり飛ぶね』
翼を広げるとふわりと浮くクロの体。ヴァナルはゆっくりと歩き始めて加速した。帝都の空を飛んでいた竜の大群は外壁の東側へと消えていたから、そちらへ行くことになる。合流したらいの一番にごめんなさいと頭を下げなければと、帝都の街を見下ろしながらゆっくりと変わる景色を眺めていた。