0460:帝都の空を竜が覆う。
2022.09.04投稿 4/4回目
食堂を開いているという夫婦の言葉に甘えて、ご飯を頂けることとなった。街の商業区から皇宮までは距離があるというのに、ここまで子供を連れてこられたのは馬車でやって来たから。
ただ七人とご夫婦と子供が乗って馬車を動かすとなると、馬にかなりの負担がかかる。クロが馬車を引っ張ることを提案してくれたが、目立つこと極まりない。どうしたものかなと考えているとロゼさんが転移で街中まで戻ることが出来ると言った。
――聞いてないよ!
ロゼさんが転移魔術を使えるなんて。副団長さまも副団長さまである。ロゼさんをどこまで凄いスライムさんへと成長させる気なのだろうか。私が使えないから有難くはあるけれど、どんどんロゼさんがスライムという概念から外れていくことに心配を隠せない。
「黒髪黒目のお方、どうされますか?」
旦那さんに問われてはっと意識が戻る。そうだご飯を頂けることになるんだった。決戦前だし、気合と集中力を高める為に腹ごしらえは必要である。
「申し訳ありません、わたくしたちは転移で街中へ戻ろうかと」
ロゼさんは一度行った場所でないと転移が不可能らしい。だから皇宮から中央広場へと戻る予定だ。旦那さんにお店の名前と大体の場所を聞くと、都合よく中央広場の近くに店を構えているそうだ。
労働者階級の人たちに人気のお店なので、貴族である私たちには申し訳ないが腹を満たすことくらいは出来るからと。三人とも元日本人の普通の感覚の持ち主なので問題ないし、ジークとリンも今はお貴族さまだけれど元は孤児。泥水を啜ってでも生き抜いてきたのだから、街中の食堂でも何の問題はない。ただ夫婦はその事実を知らないので、恐縮してばかりだが。
「では俺たちは先に行きます。転移の方が早いでしょうから」
帝国では魔術が廃れて久しいというのに案外あっさりと受け入れられ、いそいそと夫婦は馬車へ乗り込んで出発した。これで良いのかアガレス帝国と訝しんでいると、髑髏の幽霊が声を上げた。
『廃れたは廃れたが魔術師は存在しておるし、黒髪黒目伝承で魔術があることは平民の間でも知られておるからのう』
アンバランスだなあ。なんだか恣意的なものを感じる。科学技術が発展していないから、魔術って割と欠かせないものなのだけれど。まさかワザと魔術を廃れさせたとか言わないよね。東大陸の人たちが有する魔力が低くて、魔術を行使するまでに至れないだけ。
『死んでから分かったが、巨大魔石の所為で地上の魔素が随分と減っておる。廃れたのはその所為だろうて! いやはや困った困った!』
フィーネさまの話によると、巨大魔石が溜め込んだ魔素を利用して飛空艇を動かしているそうだ。昔の遺跡から発見されたものを使っているようで、当時に飛空艇を考えた人たちは凄いよねえ。私たちより技術や知識があった証拠だし、文明とか栄えていたのかも。美味しいものも絶対にあったんだろうなあ。良いなあと考えていると、またお腹が鳴った。
『ナイ、大丈夫?』
「大丈夫。二、三日食べることが出来ないのはザラだったしね。ここ最近は料理長さんの作るご飯が美味しくて仕方ないから、空腹も苦じゃなかったけれど流石に丸一日食べていないのはキツいね」
孤児時代は本当に食べることに特化していたよねえ。食べ物を手に入れることが最大目標で手を尽くしていた。欠食児童だったから、今の私がちんまいのも仕方ないのだ。クロはアルバトロスから帝国へ向かうことになって、随分と無茶したようだけれど大丈夫なのと問い返す。
『ボクは平気。ただちょっと今まで貯めてた魔力を消費しちゃったから、取り戻したい気持ちはあるかも』
「落ち着いたらクロに魔力を渡すよ。お迎えありがとう」
『どういたしまして』
ロゼさんとヴァナルにも感謝しなきゃねえ。もちろんアルバトロスと亜人連合の皆さんにも。ジークやリン、ソフィーアさまとセレスティアさまにもだし、クレイグとサフィールも心配しているだろう。子爵邸で働く人たちも少しくらいは案じてくれているだろうか。戻ったらお礼を沢山言わないとなあと、心に誓う。
『マスター、行こう?』
「そうだね。ロゼさん、よろしくお願いします」
髑髏の馬から離れたロゼさんは、私の足元でちょこんと丸くなっている。ヴァナルも銀髪くんへ悪戯していたのだけれど、飽きたのかこちらへと戻っていた。
みんなで一塊になってロゼさんの転移魔術陣の上に乗った。クロの尻尾が陣から出ていたので、丸めて貰って準備は整った。魔力の光が立ち込めて私たちを包み込むと、その数秒後には中央広場へと転移していたのだった。
転移と馬車では移動速度は全然違う。観光がてらに街中をうろついてみようとなるのだけれど、フィーネさまとメンガーさまは不安顔。襲ってくる人が居れば真っ先にジークとリンが気付くし、何かしらの隠蔽していてもクロとロゼさんとヴァナルが気付いてくれる。
銀髪くんはヴァナルが例のフェンリルと気が付いたようだし、ヒロインちゃんも感づいている。フィーネさまとメンガーさま曰く、ゲーム一期の主人公は前足に傷が残ったフェンリルを使い魔にしたんだとか。
ああ、それで合同訓練の時に狂ったフェンリルの前へと飛び出したのかと納得。馬鹿なことをしたもんだねえと、ヒロインちゃんを見るけれど自由を失っているので今更どうこう出来ない。ジークに粉を掛けようとしたけれど、喋りかけるなと一蹴されているし。
時間はお昼前。巨大な竜が帝都の空を飛んだというのに、日常の光景が帝都の街に広がっていた。帝都のお金は持っていないし両替屋か質屋が見つかれば良いのだけれど。お金があれば買い物ができるし、クロやヴァナルが食べる果物も買えるようになるから現金が欲しい。
『これを使うとよいぞ! 黒髪黒目の者は怖いからエーリヒ少年に渡しておく!』
転移の際には何故か体を消して本当にしゃれこうべだけになって、メンガーさまに抱えられていた。メンガーさまは髑髏の幽霊に良いように使われていないかなと疑問が湧いたけれど、聞かないことにしたのだ。
なんだか苦労人の気配が漂ってきているし、触れない方が幸せだろう。古い硬貨だけれど、ちゃんと価値はあるんだって。幽霊なのにお金を持っているってどういう事だろうと疑問に思うが気にしたら負け。どこかから拾ってきたのかも知れないし、真相は闇の中で十分だ。
「ど、どうも」
微妙な顔を浮かべてメンガーさまが小袋を受け取った。使ったお金はあとでキッチリ返すとして、とりあえず飲み物でもと屋台に突撃。次に果物屋さんに、先ほどの夫婦の子供へのお土産とクロとヴァナルのご飯を仕入れて食堂を目指す。小さなお店だけれど、中は綺麗だし何の問題はなかった。
帝国の定番の料理と説明されて、口を付けると美味しかった。アルバトロスとは方向性の違う味で、似て非なるものだった。でもこっちの味付けはちょっと塩気が強いかも。
食堂の夫婦に治癒代の説明と、今回頂いたご飯代――雀の涙程度しか引かれないだろうけれど――はそこから引いておきますねと伝え。あとウーノさまに食堂の方たちの保護か監視をお願いしないと。変なのに絡まれそうだし、せっかく治したのに家庭崩壊とか洒落にならないから。
「おい、空を見ろ!」
「またドラゴンが現れた! なんでこんなことに……!!」
今度は一頭だけじゃなくて、大小合わせて様々なサイズの竜が帝都の空を埋め尽くしているのだから、現れた理由を知らなければ怖いだろうなあ。ご飯を頂いたお礼に食堂の夫婦には、私を迎えに来ただけなので落ち着いてくださいねと伝えて食堂を出る。
「さて、公爵さまたちと合流しようか」
事情説明や公爵さまの考えに亜人連合国の考えも聞かないといけないだろうし。食堂の外に出て私はここに居ますよと魔力を練るのだった。






