0459:夫婦と子。
2022.09.04投稿 3/4回目
――皇宮に着いた。
そういえばご飯を全く食べていないのだけれど、我慢するしかない。途中で屋台でもあれば良かったのだが、まだ開いていなかったので諦めた。
私たち一行の後ろを付けている帝都の皆さんは、皇宮に辿り着いたのは良いものの何をすべきなのかは分からないようだ。
煽って第一皇子殿下の所業を責め立てて頂いても良いのだけれど、これは帝都の皆さまが気付いて自ら実行すべきことなので手は出さない。
「うーん……皇宮に戻るより、魔石を壊す為の旅に出た方が良かったかもしれない」
外に出る為の装備や荷物を用意できていないので、諦めるしかないけれど。おそらく帝都には皇宮の格納庫に納められていた飛空艇しかないはず。他にあるとすれば重要都市か空軍基地のような所に飛空艇があるのだろう。
もう皇宮に来ちゃったし、本隊の到着までいくらも時間はない。なら皇宮周辺をウロウロするか、一所で待機するか、ウーノさまと接触を図るかのどれかになる。心残りは格納されていた飛空艇三十隻の内、二十隻分の魔石しか壊せなかったことだから、再度侵入して壊したい……けれど、そうなるとやり過ぎになるから駄目だ。
『ナイ、どこまで帝国を追い込む気なの?』
「私に手を出すのを諦めるまで。黒髪黒目を召喚する為に、また儀式を執り行われても困るから、そっちの欲も消しておきたいかなあ」
いい加減にして欲しいよねえ。自分たちの都合で召びだしておいて、自分たちの都合の良いように使われるのだから。意識のない人形ならば問題ないけれど、召喚されたのは人間で自分で考える力がある。夢や将来進む道にやりたいことがある人ならば、迷惑極まりない話だ。
だからこそ召喚儀式の鍵となる巨大魔石を壊しておきたい。第一皇子殿下の巨大魔石を五つも使って呼び寄せたという言葉が、儀式に必要な物だと言っているようなものだし。ただ帝国全土でどのくらいの数があるか分からない。
むやみやたらと歩き回るよりも、ハイゼンベルグ公爵さまに丸投げして約束を取り付けた方が楽なんだよね。次にやったら今度こそ帝国を潰すとかなんとか脅して貰って。
「ま、まだヤル気なのか……」
「徹底的に潰すようですね……」
『……末恐ろしいのう』
メンガーさまとフィーネさまに幽霊が何か言っているけれど気にしない。今回は容赦はしないと決めてあるけれど、そろそろ時間が近づいているのでこれ以上は無理だろう。やはり皇宮を目指すんじゃなく、帝都の外を目指すべきだった。考えが甘かったかと反省しつつ、ウーノさまとの接触を諦めてこの場で時間を潰すことを決めた。
「ナイ、公爵さまを待つのは良いがどうやって合流する?」
「何にも考えてなかった。真っ先に公爵さまがやりそうなのは、アルバトロスの黒髪黒目は居ないかという問い合わせだろうから――」
クロが大きくなったので乗せて飛んで貰うことも出来るだろうけれど、七人とスライムさんとフェンリルを乗せなきゃならなくなる。重いだろうから無茶は言えない。
「それなら街の中には入ってこないか」
「入れないが正解かな。無理矢理に押し入って家探しなんて出来ないでしょ」
流石に竜と人間の混合軍勢が帝都の中に入っては問題がありまくり。戦争まっしぐらだし、一方的な蹂躙にしかならない気がするから、アルバトロス的には問題ないけれど今後を考えると面倒だ。話が通じず武力で押し通す国と勘違いされても……あれ、困らないかもしれない。ま、まあいいや。とりあえず、印象大事。気性の荒い国だと意識付いても迷惑な話。
帝国側も勝手に領土侵犯するなと主張するだろうけれど、貴国の使者が我が国にも同じことをやり、アルバトロスもアガレスの流儀に倣っただけと突っぱねれば文句は言えまい。
先に威圧的な外交手段を取ったのはアガレスなのだから。ウーノさまの話だと皇帝を適当に丸め込んで、第一皇子殿下が使者をアルバトロスへ向かわせたそうだ。黒髪黒目を探す為に褐色の奴隷を放ったのも、第一皇子殿下一派。なんだか役満になっていっているけれど、無能が一掃されるならそれでいいか。アルバトロスや周辺国が平和ならば、私の仕事も減るだろうし。
「公爵さまならやりそうだがな」
ジークが小さく笑いつつも周囲に気を配っていると、手を剣の柄に添えたその時。
「黒髪黒目のお方、お願いがあります! 我が子の怪我を治して頂きたい!」
人垣をかき分けて一組の夫婦がこちらへとやって来た。父親が抱えている子供の足が腫れているので、病気じゃない限りは骨折だろうか。添え木がされているけれど治るまでには時間が掛かるだろうし、子供は痛みを耐えている状態。痛み止めの薬なんて、凄く高価な代物か存在していないかのどちらかだろう。
「黒髪黒目のお方には不思議な力が宿っているとお聞きします。言伝えでは怪我や病気も治してくれたと! ですから、ですからっ! 我が子の怪我を……!」
頭を下げて必死な声で母親が訴える。これで黒髪黒目の人間が治せないとか治すことをしなければ、信仰度合いが下がりそうだけれど。子供のあの様子は不味いなあ。怪我を負っていれば感染症とかも心配になってくる。
「ナイさま、あの子は早く魔術を施すべきですが……」
聖王国の大聖女であるフィーネさまも子供の状態に気付いたようだ。見立ては同じようだし、更に逃げる訳にはいかなくなった。
「少し、この場で待って頂けますか?」
治癒してくれず子供が死んだなんて耳にすれば寝覚めが悪い。メンガーさまとフィーネさまは私の言葉に頷いてくれたので、仕方ないと親子の下へと歩き始めるとジークとリンも一緒に付いてくるし、クロとロゼさんとヴァナルもだった。
フィーネさまとメンガーさまに例の二人が居る場所には、防御魔術を施したので周囲から襲われたとしても弾かれる。
「わたくしはアルバトロス王国で聖女を務めております。ナイ・ミナーヴァ子爵です」
悠長に自己紹介なんてしている場合でもないけれど、所属は大事。ご両親に意識を植え付ける為、ワザとやっているのもある。個人情報という考えがまだない世界だし、名前は勝手に知れ渡っているようなので今更だった。
「ではっ! では、子供の怪我を治して頂けるのですね!?」
アルバトロスの聖女はなにも無償奉仕を標榜している訳ではない。仕事としての側面が強く職業の一つだ。
「お金、もしくはお金に準ずるものを頂くことになりますが、宜しいでしょうか?」
周りに居る人たちが金を取るのか、聖女なのにとか疑問を呈しているけれど、私は帝国に所属している黒髪黒目ではないし、本来ならば子供を治す義理もない。
酷い話ではあるが、他国の人間なのだから放っておくのが普通だろう。慈悲深い人ならば何も考えずに治癒を施しただろうが、それを行えば後が怖いし。やれ病気を治してくれ、怪我を、何かをと強請られるのがオチ。
「……我が子の命には代えられません! いくらでも請求なさって下さい! 俺が一生を掛けてでも返してみせますっ!!」
父親がそう叫ぶと母親も一緒に声を上げた。ならやることは一つ。子供を寝かせて貰って患部をみると、割と酷い事になっていた。何をしてこうなったのかは分からないけれど、子供の行動は突拍子もないからなあ。想像付かないことをやってのけて、怪我を負ったのだろう。
「――"君よ陽の唄を聴け""光よ彼の者に注ぎ給え""安らぎと平穏を"」
状態が酷いので通常唱える治癒魔術よりも一節分増やしておいた。後は解熱やら痛み止めやらの効果がある魔術も掛けておく。
「まだきちんと治った訳ではありません。無茶をすればまた再発してしまいます。五日間ほどは安静に」
子供だと無理な注文だが、そこは両親が管理して頂くしかない。魔術を施して少し時間が経つと子供の顔色が随分と良くなってきた。ご両親もその姿に安堵したようで、胸を撫で下ろしている。
――ぐるるるるるるるる……。
あー。魔力を使い過ぎて、お腹も限界かあ。割と酷い音が鳴ったけれど仕方ないよねえ。
「あ、あの食事を摂られていないのですか?」
「丸一日食べていませんね」
思い出したくなかったのに。こっちに来てから全く食べていないんだよね。
「では我が家で食べませんか? 大したものは出せませんが、食堂を経営しているので、腹を満たすことくらいはできます」
私もだけれど、メンガーさまとフィーネさまも同じ状況だ。夫婦のご厚意に甘えるかと、ジークとリンに振り返ると好きにすればいいという視線で答えてくれた。ならあとはお二人に許可を取るだけだなあと、彼らの下へ歩く私だった。