0457:本隊到着間近。
2022.09.04投稿 1/4回目
取り敢えず皇宮に戻るけれど、出発する前にやっておかねばならないことがある。
巨大な竜の登場でぽかーんとしている帝都の皆さまを放っておくわけにはいかないと、防御壁を解いて広場に集まっている方たちを見下ろす。
割と長い間話し込んでいたのだけれど、仕事に行かなくて良いのだろうか。遅刻はボーナスの査定に響くから、真面目に務めた方が良いよとアドバイスを送りたいが、残念ながらボーナスという概念はあまり浸透していない。
「西大陸から竜の軍勢がやってきます。この場に居る方が何よりの証拠でございましょう!」
公爵さまが軍を動員してアルバトロスの人たちもやって来るけれど、その辺りは伏せておく。センセーショナルな話題だし驚いて本当にと訝しんでいる人も居るが、嘘か本当かは時間が経てば分かる。嘘を吐く必要もないし、帝国の方たちを騙している訳ではないから心も痛まない。ばっと右腕をクロへと向けると、あまり脅しちゃ駄目だよと目で訴えていた。
騙してはいないけれど、脅してはいるなあとクロを見ながら苦笑い。ただ第一皇子殿下のような強硬策を取る人がこれから先も現れる可能性もあるんだし、抑止の為に派手に暴れておかないとね。亜人連合国の皆さまには迷惑を掛けて申し訳ないけれど、今回は助かった。なるべく派手にしたいし、東大陸の人たちに手を出せばタダじゃ済まないアピールをしたかったから。
後は皇帝陛下と第一皇子殿下にはアルバトロス王と聖王国の上層部の方々に頭を下げて頂き、召喚魔術禁止条約を東と西の大陸で結べば大丈夫だろう。髑髏の幽霊の話では北大陸と南大陸の存在も明らかになった訳だが、繋がりはないそうだから絡んできた時に対処するしかない。
「わたくしは今一度皇宮を目指し、帝国上層部の方々に西大陸から竜が迫ってきていることを知らせます! 帝国の対応次第で皆さまの未来が決まりましょう!」
帝国上層部は知っているんだけれど、帝国民の皆さまはこの事実を知らず今知ったのだから問題ない。
『扇動しておる……黒髪黒目の者ってこんなにも過激であったかのう……』
過去に居た黒髪黒目の人たちの気性がどんなものかは知らないけれど、普段は慎ましく生きているというのに、何かしらに巻き込まれると大事になるのだから打って出ないと。迷惑を被るのはミナーヴァ子爵家で働く人たちや仲間のみんなと私である。舐めた真似をしてもらうと困るのだ。
アルバトロスにも迷惑を掛けてしまうし、今回の遠征費用は一体どれだけのものなのか。竜の皆さまには私の魔力で対価を払うとして、アルバトロスには何を齎せば良いのだろう。うーん、皇女さまに次代の皇帝に就いて貰うことを約束して、交易とかできるようになれば良いのだけれど。アガレス帝国の印象は最悪だから難しい気がするが、時間を掛けてイメージが払拭されれば解決するかな。
『悪いのは帝国!』
ロゼさんが割と大きな声を上げた。
『ああん! 骨の中に入っちゃらめえ! 我はなにもしとらんぞい!』
髑髏の幽霊に纏わりついているロゼさんが何故か骨の隙間へと入り込んでいった。外側の解析が終わったから今度は中も調べ尽くすのだろうか。
カタカタと骨が音を鳴らして、愉快な光景となっていた。幽霊だしこの世にはもう居ない存在なのだから、ロゼさんが髑髏の幽霊の中へ潜り込んでも問題ナシ。あれ、幽霊なのに触れられるのか。そういえば少し前に幽霊から妖精に近づいたとかなんとか言っていたので、肉体――正しい表現なのかは分からないが――が現れたのだろうと勝手に納得。
「帝都で安穏と暮らし平和を享受できるのは夢物語となってしまう可能性があります。――皆さまに問いましょう!」
帝国上層部の態度次第で戦端が開かれる可能性が高い。今回のアルバトロス側のトップは公爵さまなのだ。あの方がタダで済ませる訳はなく、舐めた態度を取るならばキッチリと締め上げる。あとこっちに攻め込んでいる形だから、守るべき民も居ないので遠慮がないはず。
玉砕しても皇帝のタマを頂くぞ、とか言いそうなんだよね……。それに付き合わされる軍の人たちが可哀そうだけれど、何気に公爵さまに対する忠誠心が高い。
ハイゼンベルグ公爵家当主という身分でありながら、貴族と平民を分けていないし面倒見が良いので慕う人が多いから。私もそんな公爵さまに恩があるので、裏切るなんてあり得ない。公爵さまが決めたというならば、帝国に牙を剝くだろう。
「せ、聖王国の時より酷い脅しのような……」
「え、ミナーヴァ子爵は貴女も脅したのですか?」
フィーネさまがぼそりと呟いた声をメンガーさまがきっちりと拾ったようだ。脅したとは失礼な。覚悟を問うただけである。そしてフィーネさまは見事に応えて、聖王国を正常な道に戻した功労者なんだからもっと自信を持てば良いのに。フィーネさまがメンガーさまに聖王国で起こった事の経緯を解説しているけれど、何も聞こえないフリをしておこう。
「第一皇子殿下の態度次第で帝都は火の海に包まれましょう!」
黄金の鎧に気の強そうな金髪紅眼だし、態度も大きかったものなあ。会談の場に同席すれば公爵さまに喧嘩を吹っ掛けそうだし、公爵さまも使者の件から腹を据えかねているから二束三文で買うだろう。
しかも公爵さまの後ろにはディアンさまにダリア姉さんとアイリス姉さんとお婆さまが控えているのだ。……私でも怖いなあと遠い目になる。これで副団長さまも追加されれば更にカオスだ。上手く執成さないと本気でこの場所が火の海になるから、割と本気で煽っておかないと。
――この難局をどう乗り越えますか?
本当、どう乗り越えようか。帝都の皆さまが皇宮を取り囲み、事の次第を訴えてくれると一番良いのだけれど。聡い人ならば第一皇子殿下たちに罪を被せれば、帝都壊滅は避けられると気が付くだろう。
『やり過ぎじゃないかなあ?』
「でも、また召喚儀式とか執り行われても困るから」
一度あったことは二度、三度と繰り返されそうだ。歴史は繰り返すとか言うし、第一皇子殿下のような人が居ないとは限らないからねえ。
『ジークとリンはナイを止めなくて良いの?』
私を止められそうにないと悟ったクロはジークとリンへ問いかけるけれど、二人が私の行動を止めることは早々ないから。人選間違えたねえと苦笑しつつ、二人の言葉を待つ。
「俺はナイの護衛騎士です。彼女が望むことを後ろで護るのが騎士でしょう。もちろん、間違えた選択を取るというならば止めますが」
「ナイは間違った選択なんて取らないから。だから私はナイに付いて行くだけ」
『君たちも随分と染められているねえ』
ジークとリンは私に対して甘いから。過ごした時間がそうさせたのかも知れないが後悔なんてしていない。これが私たち三人、いや五人の関係性だから。認めてくれなくても良いけれど、放っておいてくれさえすれば良いのだ。メンガーさまとフィーネさまに許可を頂いて、改めて皇宮を目指すのだった。






