0456:放置プレイ中。
2022.09.03投稿 4/4回目
中央広場に集まった人たちの様子がおかしい、というよりも本当に竜を従える人間がいるなど思ってもいなかったと言うべきか。ぽかーんとした顔でクロと私のやり取りをみているのだから、仕方ないといえば仕方ないのか。
「帝都の皆さまへの説明よりも、彼らへの説明を優先させます」
まずはジークたちに説明をしてアルバトロスと亜人連合国の状況を聞き出さないと。乗り込んでくる可能性があるし、状況によればアガレス帝国を滅ぼせとか言い出しかねない。なので今の状況を帝都の皆さまに説明するよりも、身内の皆さまへの説明が優先。
『え~……。一応、我の民でもあるからせめて命だけは保障して欲しいのだが?』
確か五百年前に国を取られてしまったのだから、帝国、帝都に住む人たちは髑髏の幽霊が守るべき人々の子孫。
でも第一皇子殿下方を擁護するならば、問題があるので黙らせる必要が出てくる。黒髪黒目召喚を何度も執り行われて、違う世界から呼び寄せられても困るのだ。乙女ゲームのような主人公ならば問題ないが、力を持った銀髪くんのような人ならこの世界を蹂躙しそうだし。
「命は奪いませんし、告げたとおり狙うは第一皇子殿下方のみです」
容赦がないのうと髑髏の幽霊がボヤいていると、ジークが口をひらく。
「どういうことだ?」
『一体何があったの? というか聖王国の聖女さまと特進科の子が居るね。どうして?』
「その辺りもちゃんと説明するよ。長話になるかもしれないけれど、時間潰しにはちょうどいい気がする」
多分だけれどアルバトロスと亜人連合国がタッグを組んで準備していそうなんだよねえ。竜の背中に乗れば人員派遣は容易だし、荷物も一緒に運んでもらえば良いだけだ。一番先に確認するのはその件だよねとジークに聞いてみると、答えはイエス。
五、六時間ほど遅れて到着するだろうとのことだから、それまではこの場で時間を潰しながら、ウーノさまたちには知らせておくべきかな。本隊の指揮はハイゼンベルグ公爵さまが執っているとのこと。あーあ……無血で辿り着いた挙句、帝国は問答無用で賠償金やらをきっちりと毟り取られてしまうなと口の端を伸ばした。
ただ今回は容赦のない人選の方が良い気がする。召喚儀式魔術の禁止条約を結ばなきゃならないし、強気で行ける人が必要だ。西大陸の小国が舐めた口を利くんじゃないと言われて、反論できる人でないと。その辺りは外務卿さまだとちょっと不安なので、公爵さまならばノリと勢いで乗り越えられる。軍の総指揮官なのだから脅しが効くだろうし。
ジークと話している間にクロはちゃっかりとフィーネさまとメンガーさまに挨拶を済ませているし、何故か髑髏の幽霊とも打ち解けている。背中にくっついているリンが離れてくれないのはご愛敬だ。公式な場ではないし問題ない。
「クロさま、よろしくお願いします」
『うん、よろしくね。フィーネ』
随分と大きくなられましたねえと感慨深くフィーネさまがクロに言うと、今回は緊急事態だったからと答えたクロ。迷惑を掛けてごめんなさいと黙ったまま謝るけれど、悪いのは召喚を執り行った第一皇子一派な訳でして。
ここではないどこかから黒髪黒目の者を召ぶ算段だったようだけれど、黒髪黒目の犬や猫とかだったらどうするつもりだったのだろう。信仰の対象はあくまで人間だろうし、適当に宮の中で飼うつもりだったのだろうか。あと黒髪黒目の悪魔とか召喚したらどうするつもりだったのだろうか。
「よろしくお願いいたします」
『ずっと学院の教室に居たのに挨拶が遅れてごめんね、エーリヒ』
気になさらないで下さいと、メンガーさま。クロに頭を下げられたらそう言うしかないのか。ほんと竜って存在が尊いのだなあ。何度かフィーネさまとメンガーさまと交わしたのちに、髑髏の幽霊に気が付いたクロはそちらへと顔を向けた。
『強き方とお見受け致します。我は五百年前に死に失せたこの国の王。このような形で貴方のような方とお会いできるとは恐悦至極』
髑髏の馬から降りて、クロに礼を執る髑髏の幽霊。凄いなクロ、幽霊まで従えることが出来るのか。
『ああ、そんなに畏まらないで。ボクはクロ。とある竜の生まれ変わりだから、新参も良い所なんだ。出来れば仲良くしたいから、普通に接してくれると嬉しいな』
というか髑髏の幽霊が普通に喋っている。あのちょっとお爺ちゃん染みた軽いノリは演技だったのか、それとも今のは対外用なのか。
『おや。では遠慮なく。我、帝国に不満を持ちまくりなのじゃが、どうにか痛い思いを与えてくれんかのう?』
頭を上げて、元の喋り方に戻った幽霊はクロに遠慮なく語り掛けている。
『それは自分でやるべきじゃないかなあ?』
『そうなのじゃが幽霊の身では出来ることが少ないわい。黒髪のお嬢ちゃんが愉快なことを起こしてくれたから我は彼女に付いて来た次第!』
髑髏の幽霊をロゼさんが不思議そうに見上げている。スライムの丸い体を伸ばして、ちょこんと触れて驚いたのか直ぐに引っ込めた。
なんだかちょっと可愛いと眺めていると、もう一度トライするようだ。ちょこんと伸ばして触れて、感触を確かめている。まさか幽霊も擬態するつもりなのだろうか。人間でもないし、危険な魔獣でもないからどうしたものかと考えていると、ロゼさんは髑髏の幽霊にべったりとくっ付いた。
『なんじゃこりゃー!』
そう叫んだ髑髏の幽霊だけれど、面白いから放置しておこう。幽霊ならば私を驚かさない限りは問題ないし。ロゼさんが他の人を驚かそうとしたら止めれば良いだけだしね。
『あ、なんだか理解できた気がするよ。ナイ、召喚されてからなにがあったの?』
叫んでいる髑髏の幽霊を無視して、クロは私の方へと向き直った。説明させて頂きますと、クロの大きな体の横に座り込んで背を預けた。ちょっと堅いけれど、問題はない。リンが私の横に立ち、ジークが周りを気にしつつ立ったまま話を聞こうとしている。
落ち着いて話せないなあと防御魔術を張ったらジークが良いのかと首を傾げたので、構わないと無言で肯定しておく。メンガーさまやフィーネさまも地面に座り込んで、話に加わるようだ。銀髪くんとヒロインちゃんは防御魔術の中には居るけれど、少し離れた場所に。
あ、ヴァナルが銀髪くんの前で後ろ足の片方だけを上げた。地味な嫌がらせだけれど、続きを見たくないので視線を逸らすと、髑髏の幽霊も話の輪の中に加わるようでロゼさんに纏わりつかれたまま胡坐を組んで座った。
私の話に、フィーネさまとメンガーさまが時々補足しつつ状況を伝える。クロはちょっと呆れて、リンとジークはいつもと変わらず。ロゼさんは髑髏の幽霊の顔の部分でゴソゴソしていた。ヴァナルはこちらへもどって私の側に寄って寝息を立てている。
「無茶をしたな。だが無事で良かった」
「心配したんだよ。前に舌を噛み切る、なんて言っていたから」
身内への説明なので、無礼をお許しくださいとメンガーさまとフィーネさまには断ってある。快諾してくれたので有難く、ジークとリンと幼馴染として話すことが出来た。
「ごめん。まさか現実になるとは考えていなくて」
例えばの冗談だったのに、召喚されるなんて誰が思うだろうか。帝国が私を迎え入れるつもりなら、武力で奪うと考えていたし。
「えっと公爵さまがこっちに来るんだよね?」
「ああ。竜の方々の背に軍の人たちを乗せてな」
あと聖王国の政治を司っている代表者と銀髪くんを預かっていた国の人たちや彼の護衛に就いていた亜人連合国の方たちもだ。副団長さまも混じっているようだし本気度が伺える。
「みんな気合が入っていたよ。アルバトロスの黒髪の聖女を攫うなんて許せないって」
戦争不可避な状況だけれど、私が随分とやらかしているからなあ。飛空艇二十隻分の魔石を壊してあるし、多少は帝国の戦力を削っているはずだけれども。
亜人連合国は竜のみなさまとエルフのお姉さんズにお婆さまが来るそうだ。あー飛空艇が彼らに迫れば問答無用で墜とされそう。魔法で中の人は無事という不可思議も起こるだろう。――取り敢えず。
「もう一度、皇宮に戻ろうか」
この騒ぎを聞きつけている……というか密偵くらい付けていただろうし、私たちの行動は筒抜けだろう。ウーノさまに再度接触できると良いなあと願いつつ、立ち上がってお尻についた汚れを払うのだった。