0455:帝都の皆さんに上乗せされた。
2022.09.03投稿 3/4回目
でかっ。でっか!
アガレス帝国帝都を一頭の白銀の竜が悠然と飛んでいた。帝都の空を旋回しながらゆっくりと高度を落としている。なんだか既視感があるようなと、記憶をほじくり返してみるけれどあんな大きい銀色の竜なんて見たことない。
私が見た中で一番大きかったのは亜人連合国代表であるディアンさまと白竜さまだ。お二方を余裕で超えた大きさに、驚きを隠せない。竜は体の大きさで強さが決まると言っていたから、一体どれほどの力を持っているのだろうか。
「ド、ドラゴン!?」
「どうしてドラゴンがっ! ドラゴンは絶滅したんじゃなかったのか!?」
東大陸では竜は滅んでいたのか。人前に現れなかっただけかもしれないが、絶滅という言葉が叫ばれているならばそれに近い状態なのだろう。慌てふためく帝都の人々と、落ち着いた様子で空を見上げている私たち三人と幽霊一体の落差が酷い。
「こちらの大陸では竜は珍しいのでしょうか?」
『我も見たことがないからの! なんじゃあのデカいドラゴンは! あんなのが現れたら帝都は滅びてしまうのう……皇宮だけ壊してくれんかなあ』
フィーネさまが髑髏の幽霊へ疑問を投げかける。幽霊の癖に竜に驚くとは意外だと目を細めつつ、再度上空を飛んでいる竜を見る。まさかあの竜はクロとか言わないよね。一夜にしてディアンさまや白竜さまを超える竜に育ったとか聞いていないんですけれど。
大きくなれるとは聞いていたけれど想像の埒外だし、あんなに大きくなるだなんて誰が思うだろうか。ちょっと体格が細いけれど、大きさはかなりのものだからなあ。帝都の人々が驚いても仕方ない。
「竜じゃなくてドラゴンって呼ばれているのか……」
西大陸では竜と呼ばれているが、東大陸ではドラゴンと呼ばれているようだ。メンガーさまが上空を見ながら、ボソリと呟いていた。暫く帝都の空を旋回する竜を目で追っていると、高度を下げて随分と距離が近くなっている。
近くなっていくたびに帝都の人たちの恐怖心は上がっているようで顔色が悪くなっている上に、家々の窓から顔を出して竜を見上げている方も増えている。竜の正体は察しがついているし、これ以上恐怖心を煽っても仕方ないよなあと、一歩前に出ようとしたその瞬間。私の前に立つ人が。誰でもないメンガーさまとフィーネさまだった。
「帝都の皆さま、恐れないでください! 彼の竜は黒髪の聖女さまを守護する一頭! 第一皇子殿下に黒髪の聖女さまを攫われたことを案じ、大陸を超え帝都まで飛んでこられたのです!」
フィーネさまが銀糸の髪を靡かせながら胸の前で両手を組んで、中央広場に集まり絶賛動揺中の帝国民に語り掛けた。話を聞いて少し落ち着いたようだけれど、それでもまだ突然訪れた脅威に打ち勝つことはなかなか難しいようで。
「帝都の皆さま安心してください! 黒髪の聖女さまは道理に反した者にだけ怒りを向けておられます! 皆さまが正しい判断をなされれば何の問題もないのです!」
今度はメンガーさまが止めとばかりに言い放った。確かに第一皇子殿下方には不信感しかないので、これから友好的なお付き合いは無理だろう。そもそもウーノさまが次代皇帝の席を狙っているのだから、この絶好の機会は逃すまい。
メンガーさまの言葉は割と帝都の皆さまの心に刺さったようで、皇子殿下方に向けられていた憧れやら忠誠心やらを霧散させている様子。民からの求心力を失えば、皇太子殿下として立つことは難しくなるだろう。これで皇女殿下へと鞍替えしてくれると有難いのだけれど、帝国の政治に深く関わるのはよろしくないので程々にしておかないと。
『なんじゃ、二人とも慌てて民の前に立ちよった。――まさか、反論でもしようものなら首を刎ねる気じゃったの、怖っ。我、タマは消えてるのだが……縮んだぞい』
知りたくもない情報は要らないんだけれどな。……首は刎ねないけれど、第一皇子殿下方の擁護を続けるならば黙らせるくらいはしたかなあ。物理的手段では敵わないので、魔術による威嚇やらなにやらでだけれど。帝国では魔術は廃れているようだし、珍しいもののようだから目立つだろう。訳の分からないものって怖いから、恐怖は十分に煽れるはず。
――轟っ!
帝都に並び立つ家々の屋根ぎりぎりを攻めた飛行を私の後ろから前へと飛んで行った白銀の竜。というかクロ。遅れて乱れた気流が背中から前へと吹き抜けた。一体何がしたいのだろうと首を傾げていたら、空から降りてきた者たちが居た。
「ナイっ!!」
超低空飛行したクロから飛び降りたらしいリンとジークにロゼさんとヴァナル。地面に膝と手を突いた瞬間、リンが勢いよく顔を上げて私の名を叫び、だっと走って私の下へとやってきて抱きしめられた。
「リン」
「良かった無事で!」
離れて十二時間強の時間が経つけれど、随分と懐かしく落ち着く香りだった。力を抜いてリンに両手をまわす。
「心配を掛けてごめ……骨、折れる! 力強いって!」
なんで毎度お約束のように、リンは加減を覚えてくれないのだろうか。騎士と聖女では力の差があり過ぎるので、こうして骨が不味い音を立てる。ぺしぺしとリンの背中をタップするけれど、今回は力を抜いてくれない。
「リン、そこまでにしておけ。――ナイ、無事でよかった。だが、これは一体どういうことだ?」
ジークがリンを諫めてようやく力が抜かれたけれど、抱きしめたまま解放してくれない。暫くはこの状態かなあと諦めて、ジークを見ると広場に集まる人たちとフィーネさまにメンガーさま、そして銀髪くんとヒロインちゃんへと視線を移動させていた。
私だけ拉致られたのかと思っていれば、西大陸に居るはずの人たちが居るのだからジークの疑問は尤もだ。問いに答えなければと口を開こうとしたら、先に私へ声を掛けるスライムさんがぽよんと揺れた。その横にはヴァナルが綺麗にお座りしつつ、銀髪くんの方も気にしていた。
『マスター! 大丈夫?』
スライムの丸い体を上手く使って、私の胸元へと飛び込んできたロゼさん。珍しい行動だなあと目を細めつつ、リンの腕から上手く逃れて両手を差し伸べると真ん中へ収まった。右腕にロゼさん、左腕でヴァナルの頭をゆっくりと撫でる。リンは私の背中へするりと回り込んで、腹に手をまわして離すつもりはないらしい。
「大丈夫。傷一つないよ。――みんなお迎えありがとう。あと心配させてごめんなさい。で、クロは一体どういう状況なの?」
「ああ、ナイを迎えに行くからと体を大きくさせたんだが、戻るのには少し時間が掛かるといって空を飛びながらある程度の大きさに変えるそうだ」
ジークの説明によると、ディアンさまたちのような竜の姿ではなく、速度特化の姿となったのでスレンダーな体形になったらしい。
大きさ、というか全長は彼らを優に超えている。ただ横幅が細いのだ。確かに飛ぶのが早そうなスタイルだよなあと空へと顔を向けると、五メートルほどの大きさに戻ったクロがゆっくりとこちらへ降りてきた。
『ナイ! 大丈夫、怪我はない!? 変なことはされてないよね? してもないよね?』
大きな顔を私に近づけて、すんすん鼻をならしながら問いかけたクロの顔を撫でると、クロは目を細めつつ私の体に顔をすりすりしている。大きくなっても声のトーンは変わらないのかと苦笑しつつ、こういう所は以前と全く変わりがない。ないのだけれど最後の言葉はどういう意味だったのか。
「大丈夫だよ、クロ。それにしても急に大きくなったね……もう私の肩には乗れないか」
『体の大きさの調整はある程度できるんだけれど、元の大きさに戻るのはちょっと時間が掛かるかなあ。ナイに貰った魔力を使い果たしちゃった……』
魔力ならまたあげればいいのだから、何の問題はないだろう。クロやみんながこうして迎えに来てくれたことが嬉しいし有難い。
さて、これからどうするのか。アルバトロスへ直帰しても良いし、クロたちの腹の虫が収まらないというのならば帝国で暴れるのもまた一興。みんなと相談しようと視線を向けると、ぬっと黒い影が遮った。
『感動のご対面の所悪いのじゃが、コレどうするつもりなんじゃ?』
ぽかーんとしている帝都の皆さまに視線を向けた髑髏の幽霊が、私たちの再会を阻むのだった。






