0454:思考誘導、脅しともいう。
2022.09.03投稿 2/4回目
アガレス帝国帝都、中央広場。初代アガレスの巨大像の足元で、帝国の人たちの視線を一手に集めていた。黒髪黒目の私が現れたことによって、アガレス帝国万歳三唱が起こっている。本当に黒髪黒目は信仰されているんだと実感したけれど、アルバトロスから強制的に召喚されたのだから、嬉しくはない。
巻き込まれたメンガーさまもフィーネさまもいい迷惑だろうし、こうして無為に過ぎる時間は本来自分たちの為に使う時間だろうに。また薄暗い早朝だというのに騒ぎを聞きつけ、新たにこの場に足を踏み入れる人も多数いるので、そろそろ喋り始めても大丈夫そうだとすっと片手を上げる私。
黒髪黒目信仰のお陰か、広場で盛り上がっていた人たちは私の言葉を聞こうとしんと静まり返った。こういう時だけは有難い。
「この場にお集まりの皆さま、もう一度自己紹介をさせてくださいませ。わたくしは――」
もう一度所属国と役職に貴族であることを告げる。理性的な人がこの場に居れば、この後に続く言葉の不味さに気付くはずであろう。
「昨日、黒髪黒目であるわたくしは儀式召喚によってアルバトロス王国から突然アガレス帝国へと拉致されてきました!」
ついでに巻き込まれた方も居ると付け加えておくことを忘れない。銀髪くんとヒロインちゃんは認識阻害魔術で見えていないので、巻き込まれたのはメンガーさまとフィーネさまということになるが問題はない。髑髏の幽霊は帝都民の皆さまには見えていないようだ。横で愉快そうな雰囲気を醸し出しているのに、全く気付かれていないのだから。
「ら、ち……?」
「嘘だろう? 黒髪黒目のお方の意志を無視したというのか?」
「しかしアガレスへ召ばれたならば、贅沢が出来るというのに彼女は不満なのか?」
「だが母国では貴族らしいぞ」
「向こうの大陸の事情は知らないが、こちらは帝国だ。嬉しくはないのか?」
一旦言葉を止めて広場に集まった人たちを観察していると、反応は様々。私たちが拉致されたことが信じられないという人、アガレス帝国へ召ばれたならば、幸せなことだと考える人。
アルバトロスの事を知らない人。別の大陸とは不干渉を貫いているようだし、情報が少ないから自分で想像するしかないものねえ。まあ、建築物や衣装を見ている限り、帝国の方が進んでいる感じはする。
「此度の一件を企てたのは第一皇子殿下を始めとした皇子殿下の皆さまでございました! 皇帝陛下や皇女殿下方からは謝罪を頂いております!」
皇帝からは微妙な所だけれどヒロインちゃんをちらつかせれば、宰相閣下が上手く執成してくれるだろう。ウーノさまからは謝罪は頂いているし、帝位に就くことが出来れば何かしらの賠償も頂けるはず。なので彼ら彼女らの評判を落とす訳にはいかないのだ。無駄にした時間は、お金にでも換えて貰わなければ割に合わない。えっと、雷系の魔術を心の中でトリガー詠唱となる第一節を唱えた。魔力の無駄遣いだけれど、バレる訳にはいかないのでやむを得ずだ。
「しかし第一皇子殿下方の凶行をわたくしは許せるはずがありません! 話し合った末にアガレス帝国へ招かれるのが常道、魔術による召喚儀式を使用し強制的に連れてこられたのは言語道断!」
黒髪黒目の者が怒っていると知れば、黒髪黒目信仰のある東大陸にある国々は帝国へどういう視線を向けるかなんて明らかだよねと脅しを掛ける。
一応アルバトロスには東大陸にある帝国の次に国力のある共和国との伝手がある。それを利用すれば、他の国々も巻き込めるはずだ。ウーノさまには悪いが、これで帝国が滅びるならば運命だろうし。
『おおう。敵に回したくないのう……怖や、怖や』
私は幽霊である貴方の方が怖いのですが。訳の分からない理由で、死者が存在しているのは理解できない。亡国最後の王でアガレス初代に殺されたのならばお墓なんてないだろうし、やはりきちんと浄化儀式を執り行うべきではないだろうか。本人の意志も大事だけれど、あの世に行けば愛している婚約者さまとの再会も叶うかもしれないのに。
「黒髪黒目のお方! 今の話は事実なのでしょうか!?」
まだ年若い青年が私を見上げて問いかけてきた。一応こちらがステージ上になっているので、私の視線の方が上となる。
「事実でございます。もし疑いを持たれるならば皇帝陛下かウーノ第一皇女殿下にお問い合わせください」
ウーノさまとはこの辺りも話し合っているので問題はない。まあ……彼女は血の気を失うかもしれないが。
無理矢理に拉致されたし、私の護衛の任に就いてくれている人たちにも大迷惑な行動だったのだ。それを不問にする為には派手なことをやらかして、なにかしらの益をアルバトロスや聖王国に齎さないと。次、魔力を更に練る。私が練った魔力によって、髪がふわりふわりと空に揺れ。
「……そんな……アイン皇子が……」
年若い青年が信じられないといった顔で呟いた。すまぬ青年よ、まごうことなき事実で嘘など一ミリもない。帝国内での第一皇子殿下の評判は良いものなのかもしれないが、噂なんてどうとでも脚色できる。
無能な皇子であっても皇宮の官吏たちの手に掛かれば、あら不思議、有能殿下の出来上がりだ。あとは第一皇子殿下が軽い神輿になってくれれば良いけれど、あの感じだと自意識過剰そうだから無理だろう。金色の派手なフルプレートの鎧を身に纏っていたことが証左な気がする。
「もし仮に帝国に住まう方々が第一皇子殿下の味方というのであれば、帝国の未来はこうなりましょう!!」
発動詠唱と威力増加の詠唱をまた心の中で唱えた。――次。流石に破片が周囲に飛び散って危ないので粉塵レベルに切り刻まれるよう、風系統の魔術を四節唱える。私の後ろに立っている初代アガレス皇帝像の頭に雷が一発落ちたと同時に轟音が鳴り響いた。
アガレス皇帝像が崩れ去り始めたその瞬間、風系統の魔術によって切り刻まれ被害はないも同然で。粉塵を吸ってしまうかもしれないので、先ほど唱えた風魔術にちょっとした仕掛けをしておいた。なるべく人のいない方向へと風が吹くように詠唱しておいた。
「なっ!」
「雷が落ちて、初代さまの像が粉微塵に!」
「黒髪黒目のお方が怒っていらっしゃる!」
「皇子たちは何をしてくれたんだ!」
良かった、ちゃんと私の話を聞いてくれていたようだ。上手く皇子たちに矛先を向けることが出来たなと、ほくそ笑んだその時。
――あれ?
朝陽が差し込み始めた中央広場に影が差したけれど、直ぐにまた朝陽が差し込む。気になって顔を上に上げると、竜が一頭飛んでいた。白銀の巨体を悠々と空に浮かべて、帝都の空を旋回しているのだった。






