0453:初代アガレス像の下で。
2022.09.03投稿 1/4回目
――あと数時間で明るくなる、そんな時間。
更に歩くこと暫く。商業区画を抜けて中央広部へと辿り着いた。途中、私が黒髪黒目であることに驚いた帝国の方が、拝んでいたけれど何故そうなるのか。
『黒髪黒目はここ百年ほど現れていないからなあ。そりゃ有難がられるのも仕方ないぞい』
「どうして東大陸では黒髪黒目の方を崇めていらっしゃるのですか?」
メンガーさま同様にフィーネさまも髑髏の幽霊には慣れてきたようで、普通に語り掛けている。私は驚かされたことを根に持っているので、あまり語り掛けたくはない。なのでお二人に任せてしまっている。
『確か、大陸を築いた女神さまのお言葉が始まりではあるが……――』
フィーネさまはゲームで東大陸の事情に詳しかったが、深い所までは知らないようで馬の幽霊に乗った髑髏の幽霊を見上げたまま話を聞いていた。メンガーさまも同じで、東大陸については疎いらしく幽霊の言葉に耳を傾けている。私も移動しつつ意識の一部は髑髏の幽霊の話を聞いていた。
東大陸が出来た当時に住んでいた人間は黒髪黒目だったそうだ。女神さまがそうさせたのかどうかは分からないが、伝承が残っているのだとか。
魔素も十分に満ちており、魔力量の高い者が多く魔術も発展し文明を築いていたが、ある時期を境に南と北の大陸から移入者がやって来た。彼らの大陸に魔術は存在しなかった。魔術を習いつつ魔力量の多い黒髪黒目の者に目をつけ、魔力を多く持つ者の血を取り入れた。
「北や南の大陸に魔術が存在していないのは、魔力を持っていないから?」
『魔力を持っていないというよりも分からなかったのだろうな。東の大陸にやって来て初めて魔術に触れ、便利な物だと気付いたのではないか?』
南と北の大陸に魔素は満ちているから技術を習得して、魔力持ちを自大陸に戻して魔術を普及させたのだとか。これがきっかけだったのか、混血化が進んで黒髪黒目の者が少なくなっていったとか。北大陸から来た人たちとの混血は白い肌に金や銀の髪が特徴。
南大陸から来た人たちとの混血は褐色肌で銀髪が特徴で。東大陸の北半分と南半分で綺麗に分かれていたけれど、アガレス帝国が大陸の約六割を統治してから、東大陸南部の混血化が始まって、褐色肌の人も北部でも見るようになったと。
「西大陸だと魔力を持っていれば、魔術は普通に使えますからね」
「ないと不便なのは理解できます」
もう慣れてしまったから、今更魔術を使うなと言われても無理である。医療技術が発展していないから、魔術は医療の代替品だ。使えなくなったら病気や怪我が治せないし、困る人も多くなる。
『混血化は仕方ない。そんなこともあって黒髪黒目は有難いのだよ。魔力量が多いしなあ』
「でもこちらの大陸は魔術が廃れていると聞きましたが……」
『時間が経つにつれて魔素が薄くなった上に、魔術を使いこなせる十分な魔力をほとんどの者が所持しておらんのだから、廃れるのは当然よ』
あれ、私って東大陸の魔術師たちには絶好の狙い目では。魔力量が多いから黒髪黒目との混血を望んだのだから、そういうのが目的の人たちからは絶好の機会のような。その手の話になったならば、子供を道具にしそうだし断固拒否だ。そもそも結婚する気ないんだし。
「確か巨大魔石が東大陸の魔素を吸っているんでしたね」
『お嬢ちゃん、それに気づいているとは流石だのう! 我も最初は分からなかったが、死んでからの五百年で正解を導けたぞ!』
幽霊になって魔力感知に長けたらしい。魔素が魔石に吸収されているのが分かったんだって。魔石が魔素を取り込んで力を貯めるは普通のことだが、こちらの大陸の魔石はやたらと大きい。吸い取る量が段違いで大陸に満ちているはずの魔素が薄くなり、魔術を使いこなすことができる魔力持ちも減ったのだとか。
それだと吸い込む魔素がそのうち尽きるだろうから、わざわざ魔石を壊さなくても良かったかも。巨大魔石の数が減れば魔素は自然と満ちて、その内魔力持ちも増えるような気がしてきた。巨大魔石を利用して飛空艇を作った昔の人は、魔術が嫌いだったのだろうか。これで飛空艇を作った人が知識を持った転生者だったとかなら笑えるなあ。今の時代だけではなく、昔にも転生者が居ても可笑しくはないんだし。
「凄く……」
「大きいですね」
二十メートルくらいはあるのではと三人そろって、初代アガレス像を見上げる。帝国に忠誠を誓っている人や帝国の人たちはこの巨大な像に敬礼したり祈りを捧げたりするのが常なんだとか。厳つい顔をした初代アガレス像を髑髏の幽霊が静かに見上げていた。
『恰好を付けおって、忌々しい……!』
国と婚約者を取られたんだから、髑髏の幽霊にとっては憎き敵なのであろう。なんとなくではあるけれど、皇帝や第一皇子に似ている気もする。五百年という時間を経ても血はちゃんと受け継いでいるのだなあと感じた。幽霊にとっては嫌かもしれないけれど。
初代アガレス像の足元へとすたすたと歩いていく。まだ縄は持ったままなので例の二人も一緒である。何度か魔術を掛けたので意識はちゃんとあるので問題はない。私が手枷足枷をした若い男女を引き摺って歩いていると噂されても、他国でのことなので痛くも痒くもないのだから。
――空が少し白み始めていた。
この時代、というかこの世界の人たちの行動は随分と早い。灯りは高価な物なので、日が昇り始める少し前に起きて行動し始める。街を歩く人々も酔っ払いの人から、仕事に出かける人たちへと様子が変わっている。出勤前にも初代アガレス像へ挨拶する人たちは居る。
アガレス像の前に立つ黒髪黒目の人物。奇しくもその光景は初代アガレスの側に付き従っていたという、黒髪黒目と同じ構図だった。私は凄く小さいけれど。見えても問題ないのだけれど、話がややこしくなる場合がありそうなので、銀髪くんとヒロインちゃんには認識阻害魔術を掛けておく。これで帝国の皆さまに見えるのは、初代アガレス像とその足元に居る私に、少し離れた場所にメンガーさまとフィーネさまに髑髏の幽霊が控えていた。
「――帝国の地に住む皆さま! わたくしはアルバトロス王国で聖女を務めております、ナイ・ミナーヴァ子爵と申します」
朝早く、仕事へ向かおうとしている人たちの視線が集まり少しざわめき立つ。さて、適当に喋り始めたのは良いけれど、何も考えていない。即興でらしいことを言わないと、視線を集めた意味がないし馬鹿なことを言えば石を投げられそうだ。
『え、聖女なの? 嘘じゃろ、嘘と言うてくれ。聖女ではなく破壊の神じゃろうてアレは』
破壊神って失礼な。巨大魔石を壊したけれど、壊したものはそれくらいである。やろうと思えば飛空艇も壊せたのだから破壊神なのではなく、自らの身の安全を確保する為に致し方なく魔石を壊してのけたのだ。うん。
「彼女は聖女ですよ。嘘は言っておりません」
「はい。アルバトロスの教会所属の聖女さまです。破天荒な方ではありますが」
ゲームのシナリオを私が大きく変えているので、フィーネさまの破天荒という言葉を否定できないけれど。説明有難うございますと内心でお礼を述べていると、髑髏の幽霊がまだ疑いを持ったまま私を見ている。
「黒髪黒目……嘘、だろ……」
「黒髪黒目のお方がっ! 黒髪黒目のお方が現れたぞ!」
うーん、アルバトロス所属だと言ったけれど、黒髪黒目の方に意識がいっているなあ。
「アガレス帝国万歳!」
「アガレス帝国万歳!」
「アガレス帝国万歳!」
朝の早いうちから元気なことでと目を細める。さて、私の口から齎される事実に広場の人たちはどういう反応を見せるのやらと、目を細めたのだった。






