0450:髑髏の幽霊の正体。
2022.09.01 2/2回目
アガレス帝国の皇宮の廊下を速足で歩く私の後ろをフィーネさまとメンガーさまが付いて来ている。そして五メートルほど離れた所に髑髏の幽霊。
移動する際は髑髏の馬に乗るようで、なんであんなに恰好を付けているのやら。鎧は装飾が確り施されていて豪華だし、馬にも鎧を着せて立派だった。だが幽霊である、骨である。あの世へ帰れと願わずにはいられない。この世に未練があるというならば、地縛霊にでもなっておけばいいのに。それなら近寄らなければ済むのだから。
「えっと、ずっと付いて来ていますが放っておいて良いんですか?」
「皇宮の地理に詳しそうですし、話を聞いても良い気がしますが……」
フィーネさまとメンガーさまが私に声を掛けるけれど、立ち止まりはしない。後ろに振り向くことになるし、そうなれば髑髏を視界に入れる羽目になるのだから。
「じゃあお二人で聞いてください。私は怖いのと腹が立つのといろんな感情が混じって、今すぐに消し去りたい気持ちで一杯一杯なんです」
本当に。銀髪くんとヒロインちゃんを繋いだ縄を握る手に力が籠る。フィーネさまとメンガーさまは髑髏と言葉を交わすのは嫌なのか。
じゃあ、無視してどんどん廊下を進みましょう。皇宮の地図なんて手に入れられないし、あてずっぽうで歩いていくしかない。格納庫に辿り着くまでに一体どれだけ時間が掛かるのやら。
『おお、魔力!』
どうやら演技は止めたらしい。喜びながら私が漏らした魔力を吸い取っているようだ。あ、魔力を限界まで髑髏に吸わせれば、私の制御下に置けるのだろうか。それならばやる価値はありそうだけれど、アレを従えたところで何も嬉しくはないなと考えを改めた。
『いやあ、もう直ぐ魔力が枯渇して我消えちゃうと嘆いておったが、こんなこともあるんだのう』
なんだか一人で喋り始めた。勝手に喋る分には勝手だから放置で良いだろう。なんだか愉快そうな調子で、髑髏の馬に跨ったままゆっくりと私たちの後ろを付いて来ている。
「出口はどこでしょうか」
「なかなか見つかりませんね」
『アガレスが我を殺して五百年経つが、いやあ我はよく五百年も保ったわい!』
フィーネさまと私はきょろきょろと周囲を見渡しながら、廊下を歩いているとメンガーさまが歩く速度を落として、髑髏の幽霊と並んだ。勇気があるなあと思いつつ、すたすたと歩く速度は落とさない。
「…………あの」
髑髏の馬に乗っているので、メンガーさまは見上げる形となっているのだろう。前を向いて歩いているから推測でしかないけれど。
『どうしたね、少年よ!』
テンション高いなあ。本当に五百年も前に死んだ人なのか疑問である。それとも幽霊として過ごしてきたであろう五百年という時間が、髑髏をあのような性格に形成させたのだろうか。
「俺はエーリヒ・メンガーと申します。貴方は一体どちらさまでしょうか? 話を聞く限り五百年前に生きていた方だと推測できますが」
本当に勇気あるな、メンガーさま。私は真似できないし、幽霊は見たくない派なので後ろは向かない。存在しても良いけれど、人間とは関わらないで欲しいと言いたい。怖いから。
見えない――前世の話――から余計に怖いし、見えるという人から聞く心霊体験を聞く度に苦手になったのだ。
働いていた職場は埋め立て地で、潮の流れの関係上水死体が上がりやすい場所だったとか、建屋内を子供が走っていたとか、休日出勤して誰も居ないのに足音がしたとか脅されるんだもの。たまったものじゃない。見えないから余計に怖いという悪循環だった。
『そうか、エーリヒ少年! 我はこの宮本来の主! ヴァエールだ!』
殺されたということはアガレス繁栄の礎となったなのだろう。メンガーさまが髑髏の幽霊を上手く執成して話を聞き出していた。
髑髏の幽霊は名乗った通り、アガレス帝国初代に殺されたそうだ。彼がアガレス初代に殺されてから、アガレスは帝国と名乗るようになった。国を奪われてしまった事よりも、愛していた婚約者を奪われたことが一番腹に据えかねていると。
アガレス初代は民を騙して、求心力を集めたそうだ。アガレス初代はその手の扇動が上手く、力もカリスマも持っていた。だからこそ東大陸で帝国を名乗り、彼が死んで以降も二代目が領土を広げ、三代目が飛空艇の発見に勤しんだ。そこからまた何代も経て今に至る。髑髏の幽霊は機会があれば、皇宮で働く人たちや皇族を驚かしていたんだとか。みみっちいと言われようとも、婚約者を奪われたことが悔しいらしい。
『まあ、飛空艇も使いこなせていないからのう。古き時代の産物だが、我らには理解できんものよ』
五百年前に生きた人でも理解は無理なのか。機械工学とか習っていれば私でも多少は理解できて違っていたかもしれないけれど。飛空艇なんて科学力の結晶だから、専門家でも連れてこないと分からないはず。ヴァエールと名乗った髑髏の幽霊も詳しく知らず、更に古き時代に生きた人が考えたものらしい。東大陸では古代人によって魔法や魔力を利用した技術が発展していたそうだ。飛空艇もその名残で、動力は魔石。やはり壊しておくべきだなと決意する。
『――おお、今悪寒が走ったぞ! 死んでから初めてだわい』
呵々と豪快に笑っているようだけれど、恐ろしいのは私ではなく髑髏の幽霊で。早く消えてくれるか、どこかへ行ってくれないかなあと願う。
「あ、出口……」
「ようやく見つけましたね!」
暗い廊下を歩くこと数十分、髑髏の幽霊の所為でかなり時間が経ったように思えるけれど、実際はそんなものだった。大きな扉を開けると、庭園へと繋がる場所だったようだ。ここから飛空艇が格納されている場所へと行けると良いのだけれど。
「飛空艇が格納されている場所があるらしいのですが、知りませんか?」
『我の住処だから、もちろん知っているとも! ――案内しよう』
髑髏の幽霊はまだ私たちの後ろを付けていたようで、メンガーさまとも会話を続けていたようだ。有難うございますと頭を下げる彼に、明るい雰囲気の髑髏の幽霊。
魔石壊してくれると嬉しいんだがのうと言っている。幽霊の気持ちに答える訳じゃないけれど、魔石を壊すことは私の中で確定事項。問答無用でキャパオーバーの魔力を詰め込めば壊れるのは証明済みだ。るんるんで馬に跨って前を行き始めた髑髏の幽霊の後を、ゆっくりと付いて行く私たちだった。