0448:【モブくん】旅は道連れっていうけれど。
2022.08.31投稿 2/2回目
大聖女さま、もといフィーネ・ミューラー嬢と帝国の皇宮廊下を走る。アルバトロスの王城にすら立ち入ったことのない俺が、隣の大陸にある帝国の皇宮に先に足を踏み入れるなんて誰が思うだろうか。メンガー伯爵家の三男として生まれた俺は、爵位を継ぐこともなく気ままに学院に通ってゲームに関わることのないようにと、ここまできたというのに。
何故、三作目のヒロインの友人ポジである大聖女と行動を共にしているのだろうか。アリスや銀髪の青年は別として。というかアリスは確実に転生者で、俺のようにゲーム知識があるんだろうな。アガレスへと召喚されて直ぐ、第一皇子殿下に駆け寄ろうとしたのは、もしかしてアガレス帝国もゲームの舞台だからと考える方が自然かもしれない。
俺の隣を走るミューラー嬢も転生者でゲームの知識持ちなのかもしれない。海を隔てた東大陸の情報は少なく、情報を知る者は一握りだろう。アルバトロスではなく聖王国出身だから少しは事情が違うのかもしれないが、東大陸と西大陸はお互いに不干渉のはずである。
黒髪の聖女、もといミナーヴァ子爵へと助言をしていたのは、第一皇子が両刀使いであることと飛空艇の格納庫が宮を出た外にあるということ。第一皇子の事情なんてトップシークレットだろうから、帝国人ですら知らないはず。だというのにミューラー嬢は知っていた。やはり、転生者でゲーム知識持ちと考える方が腑に落ちる。
ミナーヴァ子爵も転生者でゲーム知識持ちなのだろうか。その割にはシナリオを全く気にせず自由気ままに動いているから、フラグを壊すことに愉悦を覚えるタイプか全く知らないのどちらかなのだろう。
「ミナーヴァ子爵! 止まってくださいっ!」
しかしまあ、竜を従えるような彼女が幽霊関係が苦手だと誰が思うだろう。ぶっちゃけ、魔物や魔獣が存在する世界だ。
幽霊の一つや二つ居たところで、驚くようなことではないのだが。正直俺はミナーヴァ子爵の方が怖い。竜を肩に乗せて学院へ通っているし、昼休みや放課後彼女の後ろで控えている赤毛の双子の眼光はかなり鋭い。おまけに公爵令嬢と辺境伯令嬢が侍っているのだ、怖くて近づけやしない。
彼女の後ろ盾、軍を司るハイゼンベルグ公爵家、辺境警備と魔物の脅威の両方に打ち勝てる力を持つヴァイセンベルク辺境伯家、そしてアルバトロス王家。挙句の果てには亜人連合国もだし、最近ではリーム王国も彼女に対しては友好的。
そんな彼女に下から数えた方が早い伯爵位であるメンガー家の三男坊が逆らえるはずもなく。まあ、逆らうようなことはやらないし、ミナーヴァ子爵も常識を弁えているから問題など起こりようはずもない。こうして巻き込まれてしまうと、台風のような風に晒されてしまう訳だが……。
「ナイさま! ――遠く離れたので大丈夫ですよ! お化けは追いかけていません!」
ミューラー嬢の声にミナーヴァ子爵が振り向いて、髑髏の幽霊が追ってきていないことをようやく理解して立ち止まった。大理石の床を盛大に引き摺られた銀髪の青年とアリスは驚いて呻いているが、罪を犯し反省していない者に掛ける慈悲などはなく。
「お、追って来ていませんか……?」
顔を引きつらせながらミューラー嬢を見上げるミナーヴァ子爵。大丈夫というようにミューラー嬢がミナーヴァ子爵の背を擦って落ち着かせていた。
ミューラー嬢は新年度からアルバトロスの王立学院二年生特進科に留学すると通達がされていた。書かれた名を見て引っ掛かりを覚え、頭の隅っこからようやく情報を取り出すことができたのだ。ゲーム三作目の主人公も彼女と一緒にこちらへ来るそうで、どうなることやらと頭を抱えていたのだが、先にこうして邂逅することになるなんて。
「はい。あの場所に縛られているので、こちらへ来ることはないかと」
「良かった……幽霊とか非科学的なものは苦手で…………あ……」
アルバトロスには『科学』というものは根付いていない。科学の前身として錬金術があり、日夜錬金術師がいろいろと開発を頑張っている。
文明社会で生きていた所為か随分と遅れていると感じてしまうが、現場の錬金術師は必死にやっているのだろう。魔術が存在する為に隠れがちな存在であるが、技術の進歩は大事だから頑張って欲しいものである。
「え?」
ミューラー嬢がミナーヴァ子爵の言葉の意味に気が付いたようだ。幽霊は呪術や魔術の分野に分けられているから、科学なんて言葉は出ないのだから。
「あー……前世の記憶持ちですか?」
もうまどろっこしい事を考えるのは止めにしても良いかと本題に入った。腹を探り合うより、こうしてぶっちゃけてしまった方が楽だろう。目の前の二人がアリスのような奴ならば警戒するが、彼女たちは大丈夫だろうという打算もあった。
ゲームを知っているかどうかは別だろうし、そこまで追求はしないが。
「……はい。ということはメンガーさまも?」
ミナーヴァ子爵は俺の言葉に驚きつつも、言葉を受け入れてくれたのか真っ当な顔になって視線を合わせて聞いてきた。
「今まで黙っていて申し訳ありません。俺はここではない世界の日本という国で暮らしていた記憶があります」
「奇遇ですね、私も前世は日本人でした。黙っていたことを謝る必要はないかと。それだと私も謝らなければなりませんから」
なんとなく日本人ではないかと考えていたが、俺の予想は当たったらしい。どことなく懐かしい雰囲気のするミナーヴァ子爵だ。
転生特典で多大な魔力量を得たとなれば、余計に合点がいくが聞いても問題はないだろうか。今の立場は子爵家当主と伯爵家の子息だから、あまり無茶はしない方が良いだろう。無礼だと言われてしまえば、そこで話が終わってしまう。
「え、え?」
ミューラー嬢は事態を呑み込めていないのか、俺とミナーヴァ子爵を交互に何度も視線を変えていた。その姿に苦笑しながら、ミューラー嬢はどうするのか暫く黙って待っている。
「わ、私も日本人でしたっ!」
意を決したようにミューラー嬢が元は日本人であったことを告白した。ミューラー嬢はおそらくゲームの知識を持っているのだろう。第一皇子を始めとした帝国の皇子たちがヒーローだったとすれば、アリスが突撃したこともミューラー嬢が帝国について詳しい事も説明がつく。
「本当にこんな偶然があるんですね。なら今回召喚された原因は元日本人繋がり……の可能性が高そうですが……」
ミナーヴァ子爵が銀髪の青年へ視線を向ける。アリスへ向けないということは、元日本人だとなんとなく分かるのだろう。
「猿轡を外す訳にはいきませんよね……」
銀髪の青年の猿轡を外せば、また騒ぎ立てるに違いない。不敬を働きそうだし、余計な事しか言わないだろうからこのままの方が良い気がする。大聖女としての判断なのだろうか、ミューラー嬢が銀髪の青年を見下ろしながらボソリと呟いた。
「アリス・メッサリナはゲームであることを知っているようですし」
これは確定だろうと俺が言葉を口にした。でなければ王族や側近とハーレム築こうなんて考えなんて持たない。現地出身者ならば無謀過ぎて、やらないはず。
「ゲーム……」
ミナーヴァ子爵が呟いて、アリスの方を見るのだった。もしかしてミナーヴァ子爵はゲームを全く知らない人だったのか。最初からミナーヴァ子爵はイレギュラーな存在だった。シナリオを好き勝手に壊していくし、親父からは接触命令が出たりする。
でもまあ知らないからこその行動だろう。彼女はシナリオの破壊神であるが、結局は丸く収まっている。ゲームを知っていても知らなくても、己の力で道を切り開いてきたのならば、それは賞賛すべきことだろうから。
彼女にはこの世界がゲームの世界であることを告げなければと、俺は説明に入るのだった。






