0444:気になるけれど後回し。
2022.08.29投稿 1/2回目
ウーノ第一皇女殿下が皇宮の貴賓室に現れた。一体何事だろうと訝しみながら面会してみれば、割と腹黒いというか……帝国も一枚岩ではなく、派閥が沢山ある模様。アレな第一皇子殿下よりはマシだし、皇女殿下方は帝国の未来をきちんと考えていたらしい。
共和国や他国、そして占領した土地から割とスパイが入り込んでいる状況で、帝国破壊工作を目論まれておりそろそろ爆発しそうなんだとか。
阻止する為にはウーノ皇女が帝位に就いて、領土縮小の方向で明け渡していくらしい。かなり壮大な計画だし、帝国内の第一皇子殿下のような方々が黙っていないだろう。その苦労は皇女殿下方が背負うべきものだから、何も言わなかったけれど。
あと数十分で交渉の席に着く。参加者は皇帝陛下に第一皇子殿下、ウーノ皇女殿下方に帝国上層部のお偉いさん。三対多数となるのだけれど、さてどうなることやら。荒れる未来しか想像付かないけれど、荒れれば荒れるだけ、皇女殿下の望みが叶うようになるから、荒れて欲しい所。
「大聖女さま、貴女は何を望みますか?」
大聖女さまには聞きたいことがあるけれど、それは帰国してからで問題はない。ヒロインちゃんが第一皇子殿下の名前を知っていたこと、ゲームと以前に呟いていたこと。
大聖女さまが第一皇子殿下の性癖を知っており、私に助言したこと。もしかして生まれ変わったこの世界はゲームの世界ではないかという疑問が湧いているけれど、まあどうでもいい。出来るならば大聖女さまの知っている限りの情報を得たい所だけれど、情報を鵜吞みにして選択を間違えそうで怖いし。
「へあ? ――……何をって、何をですか?」
大聖女さまは皇女殿下方との面会が終わって、気が抜けていたのかきょとんと私を見る。ちなみにヒロインちゃんと銀髪くんは拘束具を帝国から借り受けて、床に転がしている。
銀髪くんはまだ手の痛みに耐えているのか、顔色がよろしくない。ヒロインちゃんも皇帝陛下との邂逅がショックだったのか、ぼーっとしたままだ。静かだし問題を起こされても困るので、しばらくこのままで居て欲しいものだ。
「アガレス帝国から迷惑を被ったのです。せめて無駄にした時間分の補償は頂きませんと」
アガレス帝国へと召喚されて三時間。三時間あればいろんなことが出来ていたはずである。子爵領からタウンハウスへ戻って、報告書の作成や新学期の準備をする予定だったし、大聖女さまも公務やアルバトロスへの留学準備もあっただろう。
第一皇子殿下は渋りそうだけれど、皇帝陛下とその下に就いている宰相閣下辺りは上手く執り成してくれるはず。他国から拉致してきたのだから犯罪だ。アガレス帝国に黒髪黒目の人が居てくれれば、何の問題も起こらなかったのに。
西大陸でも黒髪黒目は少ないようだから、まあ仕方ないのか。力のない人が呼ばれて、祖国に戻れず帝国で贅沢な暮らしを提供されながら一生過ごすってどうなのだろう。
本人が良ければ問題視されないけれど、もし病んで自殺とかしたら居たたまれないし。ある意味、力を振るうことが出来る私で良かった。その代わり帝国が滅んでしまいそうな事態に陥っているけれど、ある程度の道筋をつけることが出来そうなので、あとは強制的に帝国へ召ばれた責任を取って頂くだけ。
「え、え?」
困惑している大聖女さまから視線を外して、クラスメイトであるメンガーさまに視線を変える。
「メンガーさまもです」
椅子に座って、銀髪くんとヒロインちゃんが妙な事を仕出かさないか見張っていた彼が、私の声に驚いてぎょっと目を見開いた。
取って食いやしないんだから、そんなに驚かなくても。ただこうしてマトモに喋ったのは初めてだなあ。クラスでも関わりを持たなかったし、話す機会もないままだった。一番大きな原因は性別の違いだろう。これで同性だったなら、彼と友人になっていた未来があったかもしれない。
「え、俺もですかっ?」
敬語は必要ないのだけれど、アルバトロスでの立場は子爵家当主である私が上になるから仕方ないのかと苦笑い。気が抜けたのか肩にいつもの重みがないのが気になり始めた。クロが居れば『ボクはクロ。名前を教えて貰っても良いかな?』とか言い始めそうな状況で。
ジークとリンが後ろに控えていないのも落ち着かないし、空気が寂しいというか、締まりがないというか。ロゼさんとヴァナルも影の中に居ないのが分かる。ソフィーアさまとセレスティアさまも一緒に居てくれただろうし、寂しいからアルバトロスに早く戻りたいなあ。
「土地が欲しいとか、お金が欲しいとかあれば交渉の場で願い出るのもアリかと」
メンガー伯爵家での立ち位置も確保できるし、頂けるものは頂いておいた方が得だと思う。アレな帝国だけれど、一応帝国という大国。
お貴族さまとして伝手があれば、他の家より優位に立てる可能性もあるんだから、欲は掻いておくべきかと。メンガーさまも大聖女さまもその手の物に興味がなさそうだけれどね。あまりお貴族さまらしくない……まさか、ねえ。
ふと大聖女さまもメンガーさまも、転生を果たした人ではないのかと考えが浮かぶ。仮にそうだとして、今を生きているのだからあまり特別視することもないのかなあ。特殊な職業に就いていたならば技術や知識の発展に役に立つだろうけれど、それは本人たちが望まなければならないし。
「俺は……アルバトロスに戻ることが出来ればそれで構いません」
「私も聖王国に戻って今回の件を報告して、アルバトロスの王立学院へ留学する準備をしないと」
二人とも欲がないなあ。床に転がっている二人なら帝国での爵位寄越せとか土地をくれとか、男と女を侍らせろとか強請りそう。交渉の場で二人に何が欲しいと聞いたら愉快なことになるけど、面倒なことにもなるだろうから我慢だ。
「では事後処理はメンガー伯爵にお任せするのですね?」
未成年だし、ご当主さまに任せるのが一番かな。アルバトロスの伯爵家では下の方から数えた方が早いとソフィーアさまとセレスティアさまから聞いている。でも曲がりなりにも高位貴族となる伯爵家のご当主さまならば、きっちりと帝国から頂くものは頂くだろう。
「え、ええ。そうなるかと」
メンガーさまが何故か私から視線を逸らして、明後日の方向を見た。どうしたのかと問いたいけれど、彼にも考えることがあるのだろう。
「大聖女さまも聖王国の上層部の方に任せると?」
「はい。政治面は政に詳しい方に任せた方が安心ですから」
苦笑というか、力ない笑顔を浮かべる大聖女さま。
「疲れましたか?」
「いえ、怒涛の展開で驚いているだけです。まさか何の前触れもなく、聖王国から他国へ転移するとは全く考えていませんでしたし」
私も驚いた。しかも影の中に居るはずのロゼさんとヴァナルを置き去りにしたものだから。転移の術式を開示してもらうのも忘れずにお願いしないと。副団長さまが小踊りしている姿が浮かんだけれど、解析するなら彼の協力が必要。手土産になると良いけれど、さて交渉の場ではどうなるか。
「ああ、その辺りも交渉の場でちゃんと話しておかないといけませんね」
召喚儀式の禁止条約も結ばないとなあ。これを結ぶとなるなら西と東の大陸の国々を巻き込まないと意味がない。骨が折れるだろうけれど、政治面に携わる方には頑張って頂かないとね。また召びだされても困るし、妙な国なら暴れなきゃならないもの。
「そうですね。また誰かが犠牲となってはなりません」
大聖女さまも同じ意見ならば、ちゃんと提案しておかないと。三人が確りと頷き合うと同時、扉をノックする音が響く。さあ、交渉の時間だと椅子から立ち上がるのだった。