0443:【後】第一皇女殿下の内心。
2022.08.28投稿 4/4回目
――嗚呼、なんと幸せで贅沢な瞬間でございましょう!
非才の身の前に黒髪黒目のお方が立ち、その瞳の中に私を映しているのですから。十五歳と聞き及んでおりますが、随分と背の小さな方。幼少期に栄養が不足しておられたのでしょうか。
彼女の過去を聞き及んでおらず想像に過ぎませんが、不遇な扱いを受けつつも子爵位を手に入れたような方であれば、ご立派な方でございましょう。実力故の成り上がりと判断しても良さそうな気配がひしひしと感じられます。ご両親を引きずり下ろしたのか、単身で貴族位を手に入れたのかまでは分かりませんが。
「中へどうぞ。但し、魔術障壁を展開しての面会となります。ご了承下さい」
警戒心の強いお方ですが、弟のように頭の固い方ではないのでしょう。無礼を働いた私たちにも慈悲の心を見せ、こうして会ってくださるのですから。
巨大魔石を五つ同時に壊す力があるというのならば、黒髪黒目のお方は皇宮を抜け出すことなど簡単です。帝国のことも考えて、交渉の席を申し出てくれたことには感謝しかありません。
「勿論でございます。本当に此度の件は申し訳ありません」
頭を深々と下げます。第一皇女という身でありながら、他国の者に簡単に頭を下げるなと周囲から咎められるでしょうが、目の前のお方は黒髪黒目のお方。ただの貴族ではございません。私の頭一つで済むというのならば、いくらでも下げましょう。それが国を預かる者の務めでしょうから。
「謝罪は必要ありません。わたくしが要求することは一点のみ。――母国への帰還です」
まだ十五歳というのに、随分と確りとしておられますね。弟のような者よりも、このような方に帝国を任せるべきなのです。残念ながら他国のお方なので無理ですが。
「理解しております。第一皇女としての価値しかございませんが、必ずアルバトロス王国へ皆さまを送り届けましょう」
「有難うございます。そう仰って下さる方がアガレス帝国に居て安心致しました」
私などの言葉に黒髪黒目のお方は確りと頷いてくれました。これは弟よりも信頼が出来ると判断されたとみても良いのでしょうか。
そうであれば至上の喜び。黒髪黒目のお方に欠片でもそう思って頂くことが出来るとは。貴賓室の中へと案内され――妙な表現ですが仕方ない状況ですので――席へと導かれます。対面には真ん中に黒髪黒目のお方。そして右隣には銀髪の少女と左隣にはくすんだ金色の髪の少年が。
彼と彼女は黒髪黒目のお方と、かなり距離が近いのでその位置と変わって欲しいと願ってしまいます。私と黒髪黒目のお方とは距離がありますし、魔術障壁による見えない壁で隔たれており、これが私たちとの距離だと告げられているようで胸が痛んで仕方ありません。せめて弟がもっと軟化した態度であれば、こうも拗れることはなかったでしょうに。
桃髪の少女と銀髪の青年は拘束され、床に転がっておりました。どうやら、あちらの大陸でも雑な扱いを受けているご様子。何かしら問題を起こした二人なのでしょう。この二名は放っておいた方が無難なようですね。召喚された当初に妙な行動に出ようとして止められていましたし。
「改めまして、アルバトロス王国で聖女を務めております、ナイ・ミナーヴァ子爵と申します」
聖女という言葉に疑問符を浮かべそうになります。東大陸での聖女の定義は、宗教に敬虔であり、社会――特に弱者――に対して大きく貢献した、高潔な女性を指して呼びます。宗教とは無関係に慈愛に満ちた女性を指して形容し賞賛する場合がありますが、ほとんど形骸化しております。
そのような方が現れるのは珍しいことでありますし、余裕のない方が多いのが現状。アルバトロス王国では職業の一種なのだとか。国や大陸が違えば同じ言葉でも意味合いが違うことに感心します。
「アガレス帝国第一皇女、ウーノでございます。何度も申し上げますが、この度は大変なご迷惑をお掛けいたしました。黒髪黒目のお方以外も巻き込んでしまったご様子」
必ずや母国へ送り届けますと言葉を付け足しました。本来ならば身分の高い私が名乗る方が先でございましょうが、これで良いのです。この場では彼女が上の立場であるという、明示でございましょうから。聡い者であれば、このやり取りの意味合いを理解していることでしょう。
「此度の件は不幸な事故でありましょう。第一皇子殿下がどのような理由で召喚儀式を執り行ったのかは理解いたしかねますが、無事に送り返してくださるならば何も言いません」
黒髪黒目のお方を狙って召喚したのははっきりと理解なされているでしょうに。アガレス帝国とアルバトロス王国が揉めない為に不問……とはなりませんが、ある程度は見逃してくださるようです。
「有難うございます。しかしながら我が国の第一皇子たちが犯した罪を問わないという訳にはなりません。黒髪黒目のお方はどのような処分をお望みでございましょう」
「第一皇女殿下でしかない貴女に、第一皇子殿下を処すことが出来るのでしょうか? 見ていたところ帝国は男性の方が優位な立場」
見透かされていますね。あの短い時間で、それぞれの立場を勘定されていらっしゃるのは流石。
「私は帝位を狙っております。その時は必ずや第一皇子を始めとした、此度の召喚に関わった者たちを処分致すことを確約しましょう」
そう、弟たちでは大陸の六割を占めているアガレス帝国を運営することは無理。私でも無理なので、領土縮小を考えております。
帝国外縁部は侵略して得た土地や武力を振りかざして併合したのです。解放するとなれば、話の席へ就いて頂けるでしょう。もちろんタダで譲る気など毛頭なく、帝国が開発の為に投入した資金の回収やら、やるべきことはありますが。
黒髪黒目のお方に隠し事は無駄と考えて、私や妹たちの腹の内を全て曝け出します。
「皇女殿下のご意思は理解いたしました。交渉の席にて妙な事態となれば、その場を辞し好きに振舞わせて頂きます」
「承知いたしました。すべての責任は私が取りましょう。黒髪黒目のお方のご意思のままお動き下さい」
私の腹の内を曝け出すと、黒髪黒目のお方も考えを私にお伝えくださいました。なるほど面白いと納得いたしました。さて、交渉の場で帝国上層部の馬鹿な方たちは無事で居られるのかとほくそ笑みます。
「皇女さま、わたくしのことはナイとお呼びください。身分上、そうした方が得策かと」
「いえ、しかし……」
黒髪黒目のお方を私のような者が名前で呼ぶなどと愚かな、と考えてしまいます。
「わたくしはウーノさまとお呼びいたしますので」
まあ、まあまあまあまあ! なんと私を名前で呼んでくださるとは。敬称は余計ですが、なんと嬉しいことでしょう。彼女は他国のお方ですし、致し方のない部分もあるのでしょうね。
「では、ナイさまと」
「さまも必要ありませんが……」
「いいえ、帝国では皇帝陛下の次に黒髪黒目のお方は位置します。その方が自然かと」
仕方ないと言いたげにふうと息を吐いたナイさま。そういう所はまだ十五歳の少女でしかないのですねと、笑みを浮かべるのでした。