0442:【前】第一皇女殿下の内心。
2022.08.28投稿 3/4回目
――嗚呼、なんてお可愛らしい方。
黒髪黒目のお方を、まさかこの目で拝める日がくるなんて。アガレス帝国第一皇女として、こんな嬉しい事はありません。出来れば近くに寄ってご尊顔を拝見したい所ですが、そんなことをすればアレらと同じと捉えられるでしょうし、今は我慢。
せめて関係を築き上げてから、知人、友人、それ以上の仲と変化させていかねばなりません。もちろん帝国の第一皇女として、婚約者も居ますから同性愛者だと疑われないように立ち回らなければ。勘違いされても困りますが、私は純然たる異性愛者なので、黒髪黒目のお方が女性であったことは少々残念です。
ですが、百年振りにお姿を見せてくださったのですから、こんなに嬉しい事はありません。
アガレス帝国、いえ東大陸ではここ百年ほど黒髪黒目のお方が現れたという話は聞きません。東大陸では黒髪黒目のお方は、東大陸を創造したという女神さまの生まれ変わりと言われ、数々の奇跡を起こしてきたと言い伝えや文献が残っております。
我が国でも、アガレス帝国初代皇帝に付き従い、帝国制定に助力したと聞いております。ですが本当に望んで初代さまに従い、帝国の覇権を握ったのかと問われれば疑問が残ります。その時の黒髪黒目さまが野心家であればもちろん協力したのでしょうが、もし仮に初代さまが無理矢理に従わせていたとすれば。事実の改竄など簡単でありましょうし、当時を知る由もありません。父王と弟である第一皇子を見ていると、嫌なことを考えてしまいます。
竜の大群やアルバトロスの魔術師たちが帝国へ乗り込んでくる。
先ほど、黒髪黒目のお方、ナイ・ミナーヴァさまはそう仰られていました。一体どういう事でございましょうか。西大陸のアルバトロス王国は引き籠りの臆病国家と、西大陸南東部の国へ向かった者が現地の方からそう聞いたと報告書にあったというのに。
まさか、嘘を教えられていたとでも。それとも臆病国家というのは仮の姿で、見えない所ではきちんと牙を研ぎ備えていた、一番相手にしてはいけない国だったのでしょうか。お互いの大陸の事に関しては今まで不干渉を決め込んでいましたから、誤情報は致し方ないのでしょう。
西大陸の同盟国でもない国へ勝手に乗り込んでいったのは我々アガレス。奴隷の扱いが悪いと理由を付けて弟が命を下したようですが、不干渉を決め込んでいたのに突然飛空艇で現れれば、向こうの政に携わる方たちの機嫌も損ねてしまいましょう。本当に弟は頭に筋肉を纏っておりますね。父帝が帝位は私に譲りたいと以前にボソリと呟いておりましたが、男性優位の帝国で難しいことでございましょう。
可能性は微塵もないという訳ではございませんが。
上手く立ち回れば帝位を手に入れることが出来ましょう。今回の皇子たちの失敗を帝国上層部の方々に申し立てれば希望はあります。しかし、国土を大陸の六割占めている領土を纏めるとなれば少々重荷。弟は武力によって治める気のようですが、帝国外縁部の者はもともと小国であり純粋な帝国民と言う訳ではありません。
謀反を噂されていましたし、実際に軍備を整えております。私が帝位の座を得られれば交渉の席へ座らせ、時間を掛けた解放を約束しようと考えておりました。
皇女の身でありながら、帝国を危機へ陥らせないため方々を回り危険の芽を摘み取って参りましたが、限界に近い状態。共和国との接触も露見しないように図って参りましたし、弟を引きずり落とす証拠もある。ですが私は女。かなり分の悪い状況です。
そのような時期に黒髪黒目のお方が現れる。
召喚の儀の際に現れた黒髪黒目のお方は随分と小柄な少女。父の趣味から外れていることに心底安堵し、また弟たちも興味の対象外。
これで黒髪黒目のお方まで、父や弟たちのような方であれば、私はいろいろと諦めねばならぬ所でしたが、真っ当な方で安心いたしました。外務大臣の報告では、いたって普通の小柄な十五歳の少女と判断されていましたが。
外務大臣は正しい事を見定める目は持っていない様子。機を見て更迭しなければ……。
黒髪黒目のお方は私たちに交渉の席を用意するよう提示され、我々帝国も交渉の席へ就くことを吞みました。
どうやら竜の大群がアガレス帝国へとやってくるようです。黒髪黒目のお方の話によれば、乗り込んでは来るものの無差別に襲うことはないだろうと。彼女たちの身の安全が確保できれば、あとは外交手段で今回の件の収め所の探り合いになる、と。アルバトロスは小国故の引き籠りと侮った外務大臣はやはり更迭ですね。
「失礼いたします」
交渉の為の準備に入っている帝国側の都合により、黒髪黒目のお方や一緒に巻き込まれてしまった方々四名は帝国側が用意した客室で待機して頂いております。
供の者と妹たち四人を引き連れて、貴賓室の前へと立ち扉を数度叩きました。部屋の中には帝国側の者はおりません。外の警備だけで済ませてあります。信用など欠片も得られていないでしょうし、これ以上彼のお方に高圧的な態度は取れません。取る気もないのですが、弟がアレなので。
「どちらさまでしょうか?」
扉越しにくぐもった声が聞こえて参りました。この声の主は黒髪黒目のお方。我々を全く信用なされていない為、直接扉の前に立っているようです。桃髪の少女と弟が気に入った銀髪の青年も、黒髪黒目のお方が引き取りました。
銀髪で虹彩異色の者は黒髪黒目のお方へあり得ない暴力を振るいましたが、とある国の所有物なので勝手に裁く訳にはならぬと申されました。
極刑に値する行動なのですが、黒髪黒目のお方が言うならば致し方ありません。それに西大陸の方々の都合もありましょうし。手枷足枷に猿轡を噛ましておりますが、弟のような気質の銀髪青年です。おそらくしぶといでしょうから、心配でございます。桃髪の少女も随分と股の緩そうな方でしたので、あまり一緒に居させたくはないのですが……。
「アガレス帝国第一皇女、ウーノでございます。お話ししたいことがあり、この場へと参りました。今まで我々が貴女さまに与えた不条理を考えれば、勝手なことを申しているのは承知の上」
それでも直接お話ししたい、と私は黒髪黒目さまに告げます。国賓扱いの最上級の部屋へご案内差し上げておりますが、気に入って頂けたでしょうか。一応、お茶と菓子を用意しましたが手を付けては頂けないでしょうね。仮に私が召喚儀式の指揮を執ったとして、黒髪黒目のお方を御せたとは到底思えませんが、弟たちよりはマシな結果になっていたという自負はあります。
ゆっくりと扉が開き、黒髪黒目のお方が私の前に立ったのです。






