0439:蛙の子は蛙、蛙に失礼だけど。
2022.08.27投稿 4/4回目
皇帝陛下と第一皇子殿下の親子喧嘩が始まったなあと成り行きを見守っていると、問題児が問題発言をする為に口を開く。
「――はっ! 帝国がどんなものかと思えば、馬鹿の集まりじゃねぇか!」
ざわりと帝国人がざわめきたつ。そりゃ西大陸の人間に小馬鹿にされたのだから怒りは理解できる。私と大聖女さまとメンガーさまは、どうしたものかと顔を見合わせた。銀髪くんも犯罪者だし、今更罪が増えたところで問題はないなと結論付けて、数歩彼から距離を取って関係ないアピールをしておいた。ヒロインちゃんは、彼女のストライクゾーンに位置していない皇帝に口説かれた為にまだフリーズしたまま。この状態ならば放っておいても大丈夫だろうと
「なんだと……貴様ぁああ!」
皇帝陛下はくくと余裕の笑みを浮かべ、第一皇子殿下が激高する。他の人たちは第一皇子の行動を観察しているのか、動かない。歪な状況だなあと見守っていると、銀髪くんが第一皇子を見上げて好戦的な顔を浮かべた。
「お、やるのか? 足枷を付けた人間を斬ることは簡単だ。テメーの方が優位だもんなあ! その腰に下げてる高価そうな剣で斬ってみろよ!」
胡坐をかいたままやたらと煽る銀髪くんを、剣の柄に手を添えた第一皇子がしげしげと見降ろしている。
「………………お前、よく見れば顔も体も良いな。兵士として俺の下で働かないか?」
第一皇子が良い声で妙なことを口走って、顔を少し紅潮させている。もしかして男の人が好きな方なのだろうか。先ほどから展開の緩急が凄すぎて付いていけなくなっていっているし、なんだか碌でもなさ過ぎて怒る気力も削がれているのだけれども。
帝国の人たちも引いているので悪癖が出たくらいに考えているのでは。だって皇帝は好色家だから、息子である彼にもそれが引き継がれている可能性は大いにある。第一皇子殿下という立場ならば、婚約者か既に婚姻している方が居そうなものだけれど。そういえば彼に私が従っていれば、私がその座を担うことになったのだろうか。
「マジ? 俺を解放してくれるなら、アンタの下で力を振るうぞ!」
そう言いつつ、銀髪くんは逃げる機会を伺っていそうだけれどね。元冒険者だからある程度の腕っぷしは見込める。
ただ兵士というならば周りと協調しなくちゃならないし、特出した戦力を持っていても持て余すだけの可能性が。まあ近代の軍人に向けられる言葉だから、魔術や魔法がある世界ではあてはならないかもしれない。しかし彼の身柄は亜人連合国に所有権があるので、勝手は出来ないはず。
「おお、先ほどの無礼は不問にしよう! 誰か、この者の枷を解いてやれ!」
亜人連合国の所有物を勝手に持って行かないで頂きたいと、止めようとする私。
「っ」
言葉を口に出そうとしたその時、私の肩を大聖女さまが掴んで耳打ちした。その内容は第一皇子殿下はどちらでも愛せる方だと告げた。
嗚呼、やはりかと納得しつつも頭の中でいろいろと考えてしまう。彼の奥方さまはいろいろと大変そうだし、精神を病みそうだなあとか、同性を愛することもできると知っているのかとか。知らなければ問題にならないか。夫婦間の仲や関係性って大事だから、バレないように頑張っているかもしれないし。
そう、彼はまさしく男でも女でも愛せる慈悲深いお方なのだと、無理やり納得させた方が精神衛生上きっと良いはず。妙な光景が浮かびそうになるけれど、頭を大きく振って打ち消す。一応どちらもイケメンなので、喜ぶ人は喜びそうだけれどね。
――帝国民ですらない聖王国の大聖女さまが、そんな秘匿情報を知っているのだろうか。
疑問が過るが今はまだ置いておこう。気にしている場合ではないし、これから先がどうなってしまうのかの方が問題である。ただ時間が経てばお迎えが来ることは確実で。ただ距離があるので、数時間後なのか数日後になるのかが全く分からない。
召喚された所為で距離感が全くつかめていない上に、帝国の地理も分からないからなあ。大聖女さまとメンガーさまは野宿に慣れていないだろうし、知らない土地であてもなく数日さ迷うのは危険。
城下町に脱出して宿に泊まる方法もある。私の身に何かあった時の為にとソフィーアさまとセレスティアさまが、小さな宝石がいくつもついたブレスレットを身に付けておけと念を押され、寝ている時も起きている時も始終付けているので、ある程度のお金に換金できるし。
「久しぶりの自由だぜ。嗚呼、アンタの所為で俺は不味い飯を毎度食わされる羽目になったがなあ! あの赤髪の護衛も居ない今、ぶっ殺すチャンスだよ、なあっ!」
足枷を外された銀髪くんはせいせいした顔を浮かべて私に向き直って、ぐっと右腕を握りしめたことが分かった。気の短い銀髪くんのことである、次にどんな行動にでるのかは容易に想像がついてしまった。
「――"風よ、強固なる風よ"」
私は術式を詠唱して、銀髪くんの真正面に防御壁を張った。障壁なのだけれど、魔術陣も浮かばないタイプのもので、無色透明の分かり辛いものである。嫌がらせかと問われそうだけれど、単純に銀髪くんの拳の軌道が見えないので、正面に広く展開できるものをチョイスしただけ。
足を前後ろに開いて腰を入れ、右腕に伝わった勢いを全力で放ったであろう銀髪くんの拳が、障壁の正面に当たる。奇しくもその場所は私の顔面丁度の位置。なんの遠慮もなく放つつもりだったのだなあと、目を細めたその瞬間。
「があっ!」
銀髪くんが左腕で右手首を握りしめて痛みに耐えていた。銀髪くんの放った渾身の右ストレートは障壁に阻まれ私に届くはずもなく。骨が折れた音は聞こえなかったけれど、酷ければ骨に罅くらいは入っているのかも。素直にごめんなさいが出来れば慈悲の心で治してあげようと、苦悶の表情を浮かべている銀髪くんを見る。
「なんだよテメー……。やりゃあ出来るじゃんよ……なんでコイツらをぶっ倒さねえんだ」
そりゃ、やりたいけれどやり過ぎると面倒なことになるんだよねえ。帝国という大国が潰れてしまえば路頭に迷う人たちが出てくる訳で。後先考えないならば怒りに任せて出来ていたけれど、なんだか茶番で冷めてしまったし。皇帝はどうにか話が通りそうなので、あとは交渉でどうにかならないかなあ。
帝国から今回の顛末の保証をしてくれるならば、溜飲が下がる訳だし。一応、宰相閣下とか皇女さまたちはマトモそうだし何とかなるかもと踏んでいる。姉弟喧嘩になりそうだったので呆れて怒鳴り倒したけれど、第一皇子よりはまだマシだろう。下手すりゃ皇帝よりも。
「その必要がありませんから。ですが今回の事の責任はきちんととって頂きます」
私や国民が攫われた面子があるだろう。また性懲りもなく召喚する可能性もあるので大陸全土の魔石を壊すか、各国で条約を結んで召喚魔術を禁止事項にして貰うのもアリだしなあ。なんにせよマトモに交渉の席に就ける人が居ることを願おうと、皇帝と第一皇子と十四人の皇子に皇女殿下方五人と他の方々を見据えるのだった。






