0436:大聖女さまの困惑。
2022.08.27投稿 1/4回目
――どうしてこんなことに……。
昼下がりの午後。聖王国の大聖女として、執務室で先々代の教皇さまとゲーム三期の主人公である聖女さまと一緒に事務作業を淡々とこなしていた。さて、そろそろお茶の時間かなと顔を上げたその時、何の前触れもなくふっと景色が変わって、どこかへと飛ばされてしまった。
私の近くで響く声。どこかで聞いたことのあるような声が、それぞれがそれぞれの今の状況を呟いていた。くらくらとする頭を振り払って、左右を見る。
黒髪の聖女さまに、最近聖王国から旅立った銀髪オッドアイの犯罪者の青年。……どこかで見たことがあるようなと考えていれば、ピンクブロンドでその顔はゲーム一期のヒロインの子だ。
あと一人は誰だろう。くすんだ金髪の同じ年頃の少年だった。みんな呆けた顔をして、一段上に居る人たちへと視線を向けている。私も彼らに倣って、ホールの前の壇上へと視線を向けると凄い人たちが揃っていた。
あれは……あの人たちは!
セカンドIPのゲームのヒーロー十五人が勢揃いしていた。そしてこの場所はセカンドIP最初のシーン、主人公が召喚された際の場所であることに私は気が付いた。
「ようこそアガレス帝国へっ! 黒髪黒目の少女よっ!」
ゲームの導入部分だったからよく覚えている。アガレス帝国第一皇子殿下であるアインが、豪華な金色の鎧に身を包み両手を広げて主人公を迎え入れたこと。大人しい主人公は異世界へと召喚されたことに怒りもせず、目の前にある理不尽な現実を受け入れるだけ。
抵抗も抗議もしなかったのは、主人公の性格故。日本で孤児として育って、友人もなかなか出来なかった。そして十六歳となった主人公は異世界へと召喚され、アガレス帝国で黒髪黒目の少女として優遇され、皇子殿下方と一緒に切磋琢磨しながら少しづつ強くなって恋仲に落ちるシナリオだけれど。
「余計な者まで召喚したようだが、まあ、良いだろう……。――これでアガレス帝国の繁栄は約束されたも同然! 皆、喜べ! アガレスの栄光は此処に在りっ!」
第一皇子殿下が口にした余計な者は、私とピンクブロンドの主人公と銀髪の犯罪者にどこの誰とも知れない少年だ。
黒髪黒目を信仰しているアガレス帝国や東大陸の国々にとって、黒髪の聖女さまは崇めるべき存在。黒髪の聖女さまが帝国に保護されれば、きっとアルバトロス王国よりも良い待遇が受けられるだろう。
不味い、かも。第一皇子殿下がなにやら言っているけれど、それよりも危惧するべきことがある。
もし黒髪の聖女さまが帝国に保護を願えば、亜人連合国の方たちもアガレス帝国に付く可能性もある。どうするのかと黒髪の聖女さまに視線を向けていると、目端で動く人物が。ピンクブロンドのゲーム一期の主人公がふらりと立ち上がり、一歩二歩と前に進むのを黒髪の聖女さまが止めた手を振り払った。
――何てことをっ!
黒髪の聖女さまのご意思に背けば、本人よりも竜の方々や周囲の方々の機嫌が急降下してしまう。今はその方たちは居ないので危険はないけれど、彼ら彼女らが居ればこの場は絶対零度の空気に包まれていたに違いない。
彼女の行動を止めようとする人が居ないと歯を食いしばると、意外な人物が行動を起こした。くすんだ金色の髪を揺らし、必死な顔で少年が主人公の無謀な行動を止めたのだ。私は心の中で拍手喝采した。あのまま主人公が壇上に進めば、不敬だと言われて切られていただろうし、黒髪の聖女さまも道理の通らない行動は嫌いな方だから機嫌を損ねてしまうに違いない。
どこの誰とも知らないお方、感謝いたしますと拝み倒す。
主人公を一緒に止められなかったことは申し訳ないけれど、力が足りないだろうし。黒髪の聖女さまは主人公に目隠しを要求した。話を聞くに主人公は魔眼持ちなのだそうだ。魔眼の力でアルバトロス王国の第二王子殿下と側近の方々を篭絡したと。
これってファンディスクのハーレムルートかなと一瞬頭に過ったけれど、それだとジークフリードとハインツも一緒。
どうしてだろうと考える。ゲーム本来のハーレムルートは、第二王子殿下と側近四人にジークフリードとハインツである。そしてフェンリルを連れていたはずなのだけれど、居ないようだし。ゲームの時間軸に当てはめるなら西大陸の各国を、ハーレムメンバーと一緒に巡っているのに。彼女の情報も仕入れておくべきだったと悔やむけれど、もう遅い。黒髪の聖女さまが仰っていることに嘘はないから、主人公はアルバトロスの幽閉塔に捕らえられていた。
「申し訳ありません、目隠しをお願いできますか? 女性に安易に触れる訳にはいきませんので」
くすんだ金色の髪のお方が私に声を掛けた。主人公を抑え込んでいるので手を取れないし、貴族の男性ということなら問題がある。
まあ主人公は犯罪者なので、気にすることはないのだけれど念の為だろう。なんだろう、壇上に居る皇子殿下たちのような華やかさやイケメン度は低いけれど、それが逆に安心できるというか。圧のない声色だし、身形からお貴族さまと推測できる。
「はい。……本当ならご一緒に彼女を止めるべきでしたが、行動に移れずご迷惑を」
「気になさらないでください。これはアルバトロスの問題ですから」
ということは彼はアルバトロスのお貴族さまなのだろう。年頃も同じくらいだから、もしかすると黒髪の聖女さまと同じアルバトロス王立学院へ通っているのかも。であればゲーム一期主人公の凶行を知っていてもおかしくはないし、素早く対応出来ていたことにも納得できる。
銀髪の犯罪者は足枷の所為で、無茶な行動をとれず黙ったままだ。聖王国での様子を鑑みるに、いの一番に騒ぎ出しそうだけれど、逃亡の機会でも伺っているのだろうか。
どう足掻いてもこの場所から逃げることなど不可能だろう。ゲームの攻略対象である皇子殿下十五人が一同に集まっているのだ。警備もかなりものものしいものになっており、ネズミ一匹逃がさないという強い意志を感じ取ることが出来るから。
金髪の彼とやりとりを交わしていると、いつの間にか話が進んでいたようだ。
「アガレス帝国の為、その身をアルバトロスからアガレスへ移せ!」
無茶を言う。黒髪の聖女さまはアルバトロス王国に忠実だ。でなければ問題ばかりが降りかかるアルバトロスに居るはずがない。彼女ならば亜人連合国に保護を願うことも出来る。それをしていないのはアルバトロスに何らかの思入れがあると考える方が正解だ。
黒髪黒目伝承もゲームで知っていたけれど、今に生きている黒髪の聖女さまには関係ない事だし、アガレス帝国の都合でしかない。
アルバトロスの貴族家当主を攫ったこと、金髪の少年もアルバトロスの貴族子息のようだし、聖王国の大聖女を攫ったこと。アガレス帝国は大国故に、西大陸の小国ばかりが集まっている私たちを見下しているようだけれど……。
思いあがると痛い目を見る。
私もそうだったから帝国も同じような末路を……いや、それ以上の痛い目を見るのかもしれない。現に黒髪の聖女さまは馬鹿みたいな魔力量を練って巨大魔石に流し込んでいる。こんなことを余裕で出来る人なんて居ないと思っていたけれど、黒髪の聖女さまは凄くはっきりとした通る声で帝国の第一皇子へ告げながら、巨大魔石を五つ粉微塵にした。
飛空艇を飛ばすために必要な貴重な巨大魔石を五つ失ったことで、周囲に動揺が走る。第一皇子殿下も困惑した顔で、皇帝陛下を出せという聖女さまの言葉を受け入れるかどうか思案している。
「アイン、黒髪黒目さまの言葉を受け入れましょう。彼女の言う通り、我々アガレスは大国故の驕りに浸っていたのでしょう」
「ウーノっ、女の癖に出しゃばるなっ!!」
誰、と記憶を漁る。たしかウーノって第一皇女殿下のお名前だ。ゲームだと立ち絵も何もないモブキャラだった。
ゲームも文字だけの記述だけではあったが召喚の際に立ち会っており、この場に居るのは分かるけれど、まさか口を出すなんて。アガレス帝国は男性優位で女性の立場は低く、唯一男性と同じ立場になることが可能なのは黒髪黒目の女性のみ。
分かってはいたけれど。ゲームのシナリオから大きく外れていることに、また頭を抱える私だった。胃が痛い。誰か……この状況をどうにかして欲しいと願いかけて止める。
自分で考えて、正解を導き出すしかないんだよねと、黒髪の聖女さまの背を見上るのだった。
ちょっとここから先の話は視点がうろちょろします。なるべくわかりやすいようにサブタイか序盤で分かりやすいように心がけますが……。あと、一歩でも時間軸を進めたい……。