0435:ちょっとキレそう。
2022.08.26投稿 2/2回目
――殴りてぇその憎たらしい顔。
アガレス帝国万歳と叫ぶ人たちを両手を広げて受け入れドヤってる金ピカ鎧の金髪紅眼の青年を前にする私……いや、私たち。いきなりのことでぽかんとするしかないけれど、右隣に居るヒロインちゃんや足枷を嵌めている銀髪くんという問題児が気になって仕方ないし、左隣に居る大聖女さまや伯爵家のご子息さまも気になる。
どうしてこの場に呼ばれたのか。アガレス帝国ということならば、黒髪黒目である私を攫う為に儀式召喚でも執り行ったと考えると凄く納得できた。
でも、それだと他の四人が召喚された理由が付かない。銀髪くんは銀髪だしヒロインちゃんはピンクブロンド。大聖女さまは銀髪で、伯爵家のご子息さまのメンガーさまはくすんだ金髪。黒髪黒目に全くあてはまらない上に、私の近くに居て召喚に巻き込まれた訳じゃないし。
一緒に馬車の中に居たはずのクロとは別れてしまったようだし、ロゼさんとヴァナルの気配を影の中に感じられない。私が召喚された際に追い出されてしまったのだろうか。ロゼさんは魔石を核にして私の魔力で創造されたスライムさんなので、親和性が高いだろうから一緒に召喚されそうだけれど弾かれたようだ。
召喚された反動なのかくらくらする頭をどうにか耐え、膝に力を入れて立ち上がる。仕方なく巻き込まれてしまった彼らの為――約二名は例外だ――にも道化にでもなるしかないのかと前を見据えた。
私が立ち上がると、それに気が付いた目の前の金ぴか鎧の青年が片手を挙げ、アガレス帝国万歳と響くホールが静まり返った。
「黒髪黒目の者よ、名は?」
答えるべきか迷って、数瞬考えを巡らせる。私と一緒に召喚された四人の事を考えるならば、余り不遜な態度を取るべきではないし、ここはアルバトロスから遠く離れた異国。
無茶はできないので、なるべく時間稼ぎが出来る方向へ持っていきたい。もし私が帝国に攫われるようなことがあれば、必ず助けるとジークとリンが言ってくれた。もちろんジークだけではなくアルバトロスのみんなや亜人連合国の方たちも含まれる。リーム王国や周辺国は分からないけれど、陛下がこっそり根回しをしていたようだから何かしらの協力は得られるだろう。
「高貴なお方とお見受けいたします。――アルバトロス王国にて聖女を務めております、ナイ・ミナーヴァ子爵と申します」
話が通じる人ならばこれで分かってくれるはず。友好的な自己紹介が出来たならば、希望がある。妙な展開にはならないで欲しいと願いながら、頭を深く下げた。
銀髪くんとヒロインちゃんは余計なことをしてくれるなよと、右隣をちらりと見るとまだ展開に付いていけないのか呆けたまま。大聖女さまとメンガーさまも召喚の影響から立ち直れておらず、正面を見据えてはいるもののキツそうな顔を浮かべている。
「おお! アルバトロスの者が召喚されたのか! ――我が名はアイン・アガレス第一皇子である。此度は我が国の貴重な魔石を五つ使用し、貴殿を招き入れた」
強制的に招き入れたじゃないのか。言葉は言いようだねえと目を細める。貴重な魔石を五つ消費したのはアガレス帝国の都合。私の、私たちの都合は加味されていないようだ。
「……アイン」
小さく呟いてふらふらと立ち上がったヒロインちゃんが一歩二歩と進んでいく。あ、不味いとヒロインちゃんの肩を掴んで、こちらへと気を引いた。
「離してっ! アインが目の前に居るんだよっ!? どうして貴女は邪魔ばかりするの! リルの時もハインツもジークの時もっ!」
「痛っ!」
大きな声で叫び掴んだ肩の手をヒロインちゃんが力尽くで振り払った。邪魔をしたつもりなどないが、彼女の中では私は邪魔者らしい。
「おい、待て」
メンガーさまがいつの間にか私たちに近寄ってヒロインちゃんを止めた。彼女は魔眼持ちなのだけれど、メンガーさまは大丈夫か気になるが今は気にしている場合ではない。彼女から離れれば魔眼の効果が薄くなるのは、マルクスさまたちで実証出来ている。
どうにかヒロインちゃんを抑え込んだメンガーさま。彼女は彼に任せて前を向くと、第一皇子殿下は若干不機嫌そうではあるものの私に向き直った。
「そのような女を庇うことはなかろう。我が名を許可もなく呼んだ不躾な者に慈悲を見せるのは何故だ?」
「殿下、彼女はアルバトロス王国の者であります。この場に召喚された理由はわたくしには理解しかねますが、アルバトロスで罪を犯しました。彼女は罰を受けている最中」
話は出来そうな相手で安心した。ヒロインちゃんが犯した罪を明かすべきか悩んだが、事実を告げておいた方が穏便に済みそうなので、アルバトロスの王族に不敬を働いたことを告げ、魔眼持ちであることも告げた。
この場に居る男性陣を虜にしても厄介だから、物理的に目隠しをお願いしたいことを伝えると、少し考えたのちに布と手枷を用意してくれた。確かに庇う必要はないけれど誰かに死なれるのは後味が悪いから、なるべく穏便に済ませたいとは考えている。
ただ相手の出方次第ではあるけれど。守りに徹するならこの警備の中を抜け出す自信はあるけれど、みんなを守りながらとなると難易度が上がる。ヒロインちゃんと銀髪くんの行動が読めないので、その時はどうなるのやら。ただ交渉の余地があるのに、敵対するのは馬鹿がやること。向こうが全面的に悪いけれど、そこはぐっと堪えるしかない。
「……次にその女が貴殿や我々に無礼を働けば容赦せんぞ」
びくりと片眉を上げつつも、第一皇子殿下は一応私の言葉を呑んでくれたようだ。
「はい」
第一皇子殿下の言葉はヒロインちゃんにも届いただろう。これでまた彼女が身勝手な行動に移したというならば、もう助ける理由もなくなる。
「ナイ・ミナーヴァに告ぐ。アガレス帝国の為、その身をアルバトロスからアガレスへ移せ! 衣食住に其方が望むものがあるならば、金も名誉もくれてやろう!」
右腕を前に突き出して、私に告げる第一皇子殿下。爵位も領地も好きな場所を好きなだけとって良いそうだ。帝国に興味はないけれど……その言葉を私は確りと覚えていよう。
お金と名誉ならアルバトロスで受け取っているし、世話になった人たちや現在進行形で世話になっている人たちが居る。残念ながらそう簡単に切り捨てられるものではない。だから第一皇子殿下の言葉に頷けるはずもなく。大聖女さまとメンガーさまには申し訳ないが、私の我儘に付き合って頂こう。
「お断り致します! わたくしはアルバトロス王国の聖女であり貴族。その旨は貴国の使者の方にもお話し致しました」
「……」
私の出方を観察しているのか、言葉を遮る様子もない。周囲の一部は困惑しているので、全員が第一皇子殿下と意志を同じにしている訳ではないのだろう。ならばチャンスはあるし、言いたいことを全て言っておくべきだろうと、腹に力を入れて言葉を紡ぐ。
「ですが事実を曲解されアガレス帝国の皇帝陛下は書状でわたくしを必ず迎え入れると申されました。そして此度の件!」
腹に力を入れようとする所為か、勝手に魔力が練られて放出されているけれど、髪が揺れているし演出としては効果的かと更に練る。ついでに視界に入った巨大な魔石五つに意識を向けて、魔石から発する魔力を手繰る。
「黒髪黒目の者を崇めながらも、その者の意志を無視をした所業! アガレス帝国は黒髪黒目の者を自国の利益の為に犠牲にしていると考えてよろしいか!?」
あ、魔石に繋がった。えっと確か魔石は魔力を吸収しすぎると、限界を超えて割れちゃうんだよね。ロゼさんを創造した時の質の悪い魔石は直ぐに割れた。召喚儀式を執り行えるような魔石が五つなので、質の悪い魔石のようにはいかないだろうが、割れたら向こうの皆さまに心理的プレッシャーを与えられるだろう。
腹を決めれば私の行動は早かった。
私の言葉に動揺を浮かべる方たちに、怒りを露わにしている人。動揺は位の低い人たちに、怒りは位の高い方たちに。分かりやすい構図だねえと、ほくそ笑む。
「帝国をここまで繁栄させたのは初代皇帝陛下と皇帝陛下へ身を捧げた黒髪黒目の者の存在があったからだ! なれば、黒髪黒目の者が帝国に尽くす道理があろう!!」
至極真面目な顔で第一皇子殿下が告げると、他のイケメン顔の皇子方――身形が良いので、多分――がうんうん頷いていた。へー……。馬鹿げた行動を誰も止めないならば、致し方ないよね。まあ、私に気が集中しているようだから、魔力を練っていることは気づかないでね。魔力量が低いから気付かないかもしれないけれど。
殴りたい、そのドヤってる憎たらしい顔……でも出来ないので、目の前に居る青年を睨む。
「それのどこに道理がありましょうっ!? 此度の件は紛れもなく拉致でありますっ! 第一皇子殿下では話になりません、皇帝陛下をお呼び頂きたい!」
この国の頂点を出して欲しい。穏便に解決する一番の早道だろう。皇帝陛下が第一皇子殿下のような調子ならば、期待できないけれど。
今回はアルバトロスの面子や亜人連合国の方たちが乗り込んでくる前にある程度の道筋を作っておかないと、戦争まっしぐらだ。帝国の人間が死ぬのは勝手だけれど、身内が犠牲になるのは駄目。だからこそ今回は自分で考えて、暴れないと。
「っ!」
「黒髪黒目の者が初代皇帝陛下に身を捧げたというのであれば、わたくしが頭を下げるべきはアガレス皇帝! 第一皇子殿下ではわたくしを御すことは無理でございます! ――その証拠に…………」
ぶわっと魔力の奔流がホールに満ちると、探し当てておいた魔石五つに私の魔力を一気に流し込む。先ほどまではちょろちょろとだったが、吸い尽くせる限界まで大量に。私の魔力ならば、いくらでも持っていけばいい。
こちとら、クロやお婆さまに頻繁に吸い取られているし、最近はロゼさんやヴァナルにも吸われていたし与えてもいた。限界まで与えることもあったし、以前よりも総魔力量というか使える魔力量は増えている。
――にぃ、と口の端が伸びたその瞬間。
五つの巨大魔石に罅が入ると、きぃという硝子を爪で思いっきり擦ったような音が鳴り響いた後、粉微塵に割れた。
「なっ! 貴重な巨大魔石がっ!!!」
驚く周囲の人たちに、頭を抱える人たち。割れた魔石を見て私を睨んだ第一皇子殿下に向けて中指を立てようとしたけれど、そういえば一人じゃないので駄目だなあと思い止まる私だった。