0434:クロとロゼとヴァナル。
2022.08.26投稿 1/2回目
どうして気づかなかったと悔やむけれど、アレは儀式魔法の類になりナイを狙って放たれたもの。魔術陣も展開しない上に魔力感知も難しいもので、こっそりと誰かを攫う為に開発されたものだから、ナイが消えるまで分からなかった。
『ナイ』
ナイが居なくなった席に立つと、まだ温もりが残っている。
ボクが卵からずっと一緒だったナイが居なくなったことで、喪失感が凄いけれど自分の事を気にしている場合ではない。
『マスター……どこ行ったの?』
『!』
スライムのロゼとフェンリルのヴァナルは影の中から強制的に追い出された。守れなかったことを悔やんでいるのか、物凄く落ち込んでいる。ボクは彼らの気持ちも理解できる。ロゼは魔石から誕生した創造物であり、創造者であるナイは親や神さまと同然で。
ヴァナルも短い時間だけれど、ナイの魔力に惹かれて一緒に居る。子爵領へと視察へ向かった帰り道、運悪く馬車に同道する人が居なかった。
ソフィーアとセレスティアは休暇の為、珍しく同席していない。でも、良かったと思う。これで彼女たちが同席していれば、ナイが消えてしまった責任を取らなければならないから。外で護衛をしている人たちはまだ気付いていない。まさかこんなことになっているだなんて、思いもしないだろう。
『ジークとリンに知らせよう』
あとはアルバトロス王国のみんなに報告もしなきゃ。ジークとリンや護衛の人たちに咎が及べばナイは気にするから、上手く立ち回らないと。
『ロゼが行く!』
すっとロゼが消えた。魔力を発動させて魔力陣が浮かんだから短距離転移だ。
『ヴァナル、大丈夫だよ。ナイが攫われるだけで終わる訳がないから』
くーんと鳴いてナイが消えた場所の匂いを一生懸命嗅いでいるヴァナル。匂いで追いかけられるなら僥倖だけれど、ナイはかなり離れた場所へ転移しただろう。ボクが感知できる場所には居ないから、かなり離れた場所。黒髪黒目信仰のある隣の大陸が怪しいけれど確証がない。ただナイのことだから、攫われたくらいでへこたれるような子じゃないのはボクは良く知っている。
逆にナイを攫った人のことを心配するべきなのかも。少し不安なことは、ボクたちに迷惑が掛かるならば舌を噛み切って死ぬと言っていたことだ。ジークとリンが説得していたから大丈夫だと思うけれど、どうにもならなければ本当に行動へ移しそうだから。
「クロっ! ナイが消えたってどういうこと!!」
がたんといつもよりも乱暴に止まった馬車と同時に、扉が勢いよく開かれ慌てた様子のリンが姿を見せた。二人を呼んだロゼも一緒に馬車の中へと戻ってくる。
『ごめんね。ボクが気がついていれば良かったんだけれど……』
本当にごめん。いつも仲良さそうに笑いあっている君たちを見るのが好きだった。ボクもいつかはその輪の中に入れるようにと願っていたけれど……もう無理なのかなあ。
「リン、責めるな。守れなかった俺たちにも責任はある」
勢いよく馬車に乗りあがってボクに詰め寄るリンの肩を掴んだジーク。いつも通りに見えるけれど、腹の中は煮えくり返っているんだろうなあ。ジークもナイに対しては特別な思いを向けているようだから。当の本人が全く気付いていない所が、ちょっと可哀そうなくらいだけれど。
「……でもっ! ナイはっ!? ナイはどこかに消えちゃったんだよっ!」
『リン、ボクね、なんとなくだけれどナイの居場所は分かるんだ。だからナイの魔力を追ってみる』
ボクの探れる範囲外に居るようだけれど、なんとなくナイが居る場所の方角位ならば分かるんだ。凄く細くて、小さいものだけれどナイの魔力を追うことが出来る。でも今はまだ駄目だ。
「本当っ!? クロ教えてっ!」
『教えても良いけれど、少しやりたいことがあるんだ。アルバトロスの人たちに今回の説明をしないと』
リンに教えると、這ってでも一人で行っちゃいそうだから。ナイを誘拐した人を捕まえなきゃならないし、亜人連合国のオブシディアンにも説明しなきゃ、勝手に大陸や隣の大陸までナイを探し求めるだろう。
「城に行くのか?」
『うん。アルバトロス王に説明しないとね。ジークやリンたちが責められれば、ナイは悲しむだろうから』
それだけは回避しないと。ナイならどこに行っても大丈夫。ナイを攫うということは何らかの目的があるということだから、直ぐに殺したりはしないだろう。身に危険が迫れば防御魔術を展開すれば守れるし、攻撃系の魔術や魔法も身に着けたから、アルバトロスの副団長くらいの魔術師が居なければ苦戦はしない。
金銭目的なのか、ナイ自身に何かしらの価値を見出しているのか、ただ単純に偶々ナイが選ばれたのか。理由によっては身の危険に晒されることになるけれど。ナイが困っている所があまり想像できないんだよね。――もちろん凄く心配しているし、いつも居るナイが居なくて寂しいけれど。
『クロ、ロゼが城まで連れて行ってやる』
『ん、お願いできる?』
いつの間に転移を覚えていたのだろうか。ロゼが攻撃系の魔術を得意としていたけれど、副団長に教えを乞うていたのか。ちゃっかりしていると目を細めつつ、ナイのことを考えた上での行動だ。それに文句などない。
「すまない、俺も一緒に行けるか?」
『お前も?』
「ああ。説明役は多い方が良いだろうし、責任も取らんとな」
ナイが攫われただけで終わる訳がなく、攫われた先で暴れている可能性もあるから早く迎えに行きたいそうだ。ナイを信用しているからこその言葉だった。
「兄さん、私も。ロゼ、私も連れて行って」
『分かった。ロゼに寄って』
ロゼが展開した転移魔術陣の上へ乗ると、何とも言えない気分になる。ナイが魔石に魔力を込めて生まれたロゼだから、魔力の質が彼女と似ている。どうか無事で…………と思う気持ちと、割と無茶をしてしまうナイを攫った人の方が大丈夫なのか心配になりつつ、アルバトロスの王城へと向かうボクたちだった。






